46-2.叙爵(2)
「マクニール侯爵のお姿を確認する余裕はなかったのですが……」
「いたな。気持ち悪いくらいに上機嫌だった」
「まあ、ヒューったら! あなたも伯爵に陞爵されたんだもの。父として誇らしかったのでしょう。息子とお嫁さんが揃って陛下から褒賞を賜るだなんて、これ以上の誉はありませんよ」
(……侯爵夫人がさっきから「お嫁さん、お嫁さん」って連呼するんだけど、反応に困るわ)
「お二人にそんな風に思っていただけて、とても嬉しいです」
若干頬を引き攣らせながらエディスが微笑むと、マクニール侯爵夫人はキラリと瞳を輝かせた。そこはかとない圧を感じ、エディスは仰け反りそうになる。
「で! 結婚式の準備は進んでいるのかしら? ウェディングドレスはどういったものを? まだなら、私もぜひ一緒に選ばせてもらいたいのよ! ジョシュアの時はあまり口を出させてもらえなかったし、ディアナはまだ先だし……。ウェディングドレスは女性の夢よね! 何度だって選びたいわ!」
ジョシュアとはヒューの兄であり、ディアナは妹である。ジョシュアは次期マクニール侯爵だが、侯爵夫妻が引退するまでは別邸で暮らしているのだという。ディアナは現在学生とのことで、寮に入っている。なので、この二人とはまだ顔を合わせたことはないが、写真は見せてもらった。美男美女の夫婦から生まれただけあり、二人とも端正な顔立ちをしていた。
婚約については、ジョシュアにだけは本当のことを話しているそうだ。兄は面白がって静観しているのだという。妹のディアナについては、しきりにエディスに会いたがっているそうだが、学校が長期の休みに入らない限りはなかなか家に戻ってこられないので、ヒューが手紙で適当にお茶を濁しているとのことだった。
「母上、先走りすぎですよ」
「あら、そんなことはないわ! 婚約は突然で驚いたけれど、私は本当に嬉しかったのよ。女嫌いだなんて周りから言われて、あなたも一向に婚約者を決めようとしないし、一生独り身でいるかもしれないと思っていたのだもの。それが……こんなに可愛らしいお嬢さんを連れてきてくれて……!」
(あは、あはははは……。ますます「仮」とは言えない雰囲気だわ……)
エディスは、内心冷や汗ダラダラである。
いったいどうするつもりなんだとヒューを窺ってみるが、相変わらず飄々としている。
(こんなに喜んでもらって、今更嘘でしたなんて言えないわよ)
「嘘」その言葉に、エディスは密かに項垂れる。
マクニール侯爵夫妻をがっかりさせたくないという気持ちも大きいが、それよりも、このことをはっきりさせてしまった際の自分へのダメージを、いまやエディスは恐れていた。
(高位貴族なのに平民を見下すこともなくて、ちゃんと一人の人間として尊重してくれて、頼りになって、優しくて……そんな人、好きにならない方が無理よ)
エディスは、無意識にヒューを見上げる。すると、ヒューもこちらを向いており、二人の視線が交差する。
ヒューは柔らかく微笑み、侯爵夫人に向き直った。
「母上の期待を裏切らないよう、努めますよ。なので……申し訳ありませんが、エディスと二人きりにしていただけないでしょうか?」
(え? え? 何を言ってるの!?)
エディスは驚きで目を丸くし、侯爵夫人は感激したように両手を胸の前で組んだ。その瞳はまるで少女のようである。
「まあ、まあ、まあ! いいわ、構わないわよ! それじゃ、お邪魔虫は退散させてもらうわね」
「え? あ、あの……!」
「いいのよ、エディスさん。ごゆっくりね!」
夫人はいそいそと立ち上がり、侍女とともに去っていった。その際、息子にこっそりと耳打ちすることも忘れない。
「……真実にするチャンスよ。ちゃんと掴まえておきなさい」
ヒューは、僅かに目を見開いた。そして、彼女に向かって小さく頷く。
(どうやら、両親にはバレていたようだな)
兄がバラしたのではない。それはわかっている。それでも、両親は見通していた。
敵わないな、と苦笑しつつ、不思議そうにこちらを見遣るエディスに視線を向ける。
ヒューは、静かに深呼吸をした。