05.魔石番
(なに……? なんだかべとべとする……)
目を開けて、エディスは吃驚仰天した。
いきなり目に飛び込んできたものは、猛獣の顔だった。大きく開いた口から鋭い牙が覗いている。
「きゃ……」
「大声を出すな。……まぁ、お前の気持ちもわかるけどな」
叫び声は、ヘインズ子爵によってすぐさま阻止された。大きな手で力任せに抑えられては、声など出せるわけがない。
そして、エディスはどうやら自分は生きていたらしいと気がついた。
「がう!」
「お前も落ち着け、ランディ。入れろ入れろってうるさいから入れてやってるんだぞ? そして、いい加減彼女から離れろ」
「がうっ! がるうぅぅぅ!」
「だから落ち着けって! 嫌われてもいいのか?」
「ぐるぅ……」
(なんか、会話してるみたい……?)
大きな体をベッドに乗り上げ、興味津々といったようにエディスを覗き込んでいたのは、獅子だった。しかも、金色の。
「うううう……」
「あ、悪い。落ち着いたか? 大声は出すなよ。こいつは体はでかいが、まだ子どもなんだ。ちょっとしたことですぐに興奮する」
エディスがコクコクと頷くと、ヘインズ子爵はエディスの口から手を放す。
息苦しさから解放され、エディスはようやく、現在置かれた己の状況を確認することができた。
「ここは……? ベッド? え? どこ? 皆は?」
エディスがいたのは簡素な一室で、ベッドに寝かされていたようだ。周りに同僚たちの姿はない。あるのは、ヘインズ子爵と、いまだベッドから下りようとしない獅子が一頭。
「がうっ!」
「ヒィッ!」
「こら、急にしゃべるな。あー……エディス=クルーズ、面倒だからまずはこいつを紹介する。こいつは、ランディ。見てのとおり、金色の獅子だ。森の中で突然現れたのはこいつだ」
「がう」
さっき突然吠えた(?)のを咎められたせいか、先ほどよりも抑えた声で、金色の獅子ランディが再び吠える。いや、ヘインズ子爵曰く、話しているとのことだが。
森の中で感じていた気配は、彼のものだったのだろう。こんなに大きな体なのに、どうやって姿を隠していたのだろうかと不思議になる。二十メートルなんて近距離に接近されるまで捕捉できなかったのだから、驚きである。
「ランディ、もう満足しただろう? 他の皆のところへ戻れ」
「がうぅ……」
ランディは残念そうな声をあげ、エディスを見つめる。
ヘインズ子爵は、彼をまだ子どもだと言っていた。それを踏まえると、こちらを見つめるランディの瞳はどこか名残惜しそうで、心なしかうるうると潤んでいるように見える。
(やだ、ちょっと可愛く見えてきたんだけど!)
エディスはランディに笑顔を向け、彼に自己紹介をした。
「はじめまして、ランディ。私はエディス。マドック帝国の文官になったばかりの新人なの。よろしくね」
「がう! がうがうがうっ!」
ランディの尻尾がぶんぶんと勢いよく左右に揺れている。可愛い。
エディスから声をかけられたことで満足したのか、ランディはやっとベッドから下りる。そして、ヘインズ子爵の方を見た。
彼はランディと一緒に歩き出し、部屋の扉を開ける。ランディはこちらを振り返り、またね、というように「がう!」と言って去っていった。