45.招集
レーヴが仲間になり、はや一週間が過ぎた。
彼はノリのいいお調子者といった感じで、魔石獣たちのムードメーカーになりつつある。心根の優しい彼は、すぐに輪に溶け込み、毎日楽しく過ごしているようだ。
と、すっかり日常を取り戻したと思っていたところに、再び嵐がやってきた。
ヒューとエディスが皇宮に呼び出されたのだ。
呼び出したのは、エセルバートではない。なんと、皇帝からのお達しである。
「ど、どうしよう、私、なんかやらかしちゃった……?」
「エディス、落ち着いて!」
「だって、皇帝陛下からのお呼び出しなのよ? しかも、他にもお偉方がたくさんいるって……。どうしよう、メイ! もしかして、吊るし上げられる!?」
「……覚えがあるのか?」
「ないですよ!」
「なら、問題ないだろう? ……どうして悪い方に考えるんだか。たぶん、これはいいことだぞ」
「いいこと……?」
エディスはすっかり取り乱しているが、ヒューは飄々としている。
「ヒューは、今回の招集の理由を知ってるんですか?」
「知らん」
(知らんのかーーーい!)
がっくりと肩を落とすエディスだが、ヒューの言うとおり、何もやらかしてない以上いいことだと思うしかない。
それにしても、皇帝に目通りすることになるとは思わなかった。
平民であるエディスがその姿を見られるのは、大体的に催される国民行事の時くらいなものである。貴族であるヒューは、夜会などで会う機会もあるのだろうが。
(緊張するけど、いい記念になると思えば! って! あああああ……また正装しなきゃいけないのね……)
使節団歓迎の夜会の時にヒューから贈られたドレスが一番上等なのだが、あれは夜会用のもので、今回にはふさわしくない。その他に、ドレスは持っていない。
クルーズ子爵家から出て行く際、一着も持ち出さなかった。といっても、あの頃は使用人扱いだったので、そもそもちゃんとしたドレスを持っていなかったのだが。持ってきたのは、ラフな普段着と、一応よそゆきにもなりそうな紺色のワンピースくらいなものだった。
「こういう場合、ワンピースとかでもいいんですか……ね?」
「平民の私に聞かないで……と言いたいけど、だめじゃないかしら?」
「……ですよね」
メイとのこそこそ話を耳ざとく聞いていたヒューは、笑いながら言った。
「心配するな。そこは、またうちの実家を頼る」
「ええええ……。なんだかそれは、すごく申し訳ないような……」
「むしろ、両親は喜ぶ。前の夜会の時に、他にもいろいろ仕立てたようだしな。それに、婚約者の実家を頼るのはおかしなことじゃない」
「なるほど!」
「なるほどじゃないです、メイ!」
(婚約者といっても、仮なのに。マクニール侯爵夫妻を騙しているようで申し訳ないわ。……いくら魔石番だからって、平民の私と子爵のヒューが婚約なんて普通はありえない。侯爵夫妻も、いくらヒューにその気がないからって、どうして私みたいなのを許容されているのかわからないわ……)
ヒューは、子爵といってもただの子爵ではない。緑手を持つ子爵だ。そして、実家は侯爵家。本来ならば、相手は選り取り見取りなのだ。
「何かごちゃごちゃと考えているんだろうが、時間の無駄だ。当日は全部俺が何とかするから、エディスは何も考えなくていい」
「ヒュー……」
「ヒューさんもこう言ってることだし、全部お任せするといいわよ。エディスはいつも自分一人で何とかしようとするでしょう? それは素晴らしいことだけど、悪い癖でもあるわ。人を頼ることも大事よ。それが、婚約者ならなおさらね」
「……っ!」
最後に小声で付け足されたメイの言葉に、ドクンと心臓が鳴った。
(メイには……きっとバレてるのね。私の中で、ヒューの存在がどんどん大きくなっていることを)
想いを自覚する度、これは仮初なのだからと言い聞かせている。期待するな、してはいけない、と。
それでも、「婚約者」という言葉を聞くだけで、こんなにも心は乱れてしまう。
「……はい。あ、今日の魔石の在庫チェックがまだでした! 私、倉庫に行ってきますね!」
エディスは動揺を押し隠すようにそう言って、少々不自然な動きで事務所を出て行った。
「ヒューさん」
「なんだ?」
「二人は「仮」の婚約者って聞きましたが、私はそう思っていないんですよね」
「……」
「だって、ヒューさんもエディスも、そのよけいなものを取っ払ってしまいたいって思っているでしょう?」
確信を持ったメイの表情に、ヒューは苦笑するしかない。さすが既婚者、よくわかっている。
ヒューは、倉庫に向かって走っていくエディスを見つめる。
「先に一歩を踏み出すのは、ヒューさんでないと」
「……わかってるよ」
(この表情、エディスにとくと見せてあげたいわ)
どこまでも優しく、穏やかな表情で微笑むヒューを見て、メイはひょいと肩を竦めるのだった。