41-2.帝国筆頭魔導士(2)
神域の森の端まで、歩いて行くには時間がかかる。
どうするのかと思っていたら、少し歩いたところでビショップ侯爵は立ち止まり、詠唱を始めた。すると、突然目の前に転移門が現れる。
「え? 転移門?」
驚くエディスに、侯爵が楽しそうに笑う。
「神域の森は、皇族に管理されています。詳細な地図があり、座標がわかるのですよ。なので、この森のどこへでも転移できるのです。ですが、一応秘匿されていることなので、内密に願いますね」
「転移……でも……」
それができるのは、ビショップ侯爵だけなのでは? と尋ねる前に、ヒューが言った。
「侯爵なら、俺とエディスくらい一緒に転移できる。その証拠が、この転移門だ」
「もしかして、皇宮と森を結ぶ門も?」
「ああ、侯爵が設定した」
(あの転移門を使って、新人文官全員が森に入ったわよね? 何人いたっけ? ええええーーー!?)
今更ながらそのことに気づき、エディスは腰を抜かしそうになった。そんなエディスを見て、ビショップ侯爵は穏やかに微笑んでいる。
(なんだか……この微笑みが恐ろしくなってくるわ……)
優美で、華奢で、守られているのが当然かのようなその姿の内には、とんでもない力が秘められている。下手に手を出せば、国一つが簡単に滅ぼされてしまうような、恐ろしい力が。
しかし、今はそれが必要なのだ。
「ビショップ侯爵、ありがとうございます」
エディスが深々と頭を下げると、侯爵は彼女の背を優しく押す。
「さぁ、行きましょう。早く魔石獣の行方を特定しなくては」
「……はい」
三人は転移門をくぐり、ロランド王国にもっとも近い森の端に場を移した。
*
門を出ると、先ほどとは違った景色が広がっていた。
いつもの生活圏内よりも鬱蒼と生い茂る木々。太陽の光もあまり届かず、薄暗い。空気もどこかひんやりとしていた。
「ここからだと、一番広い範囲を探せます。お二人とも、今から魔法陣を展開するので、少し離れていただけますか?」
ビショップ侯爵の言葉に、エディスとヒューは彼と距離を取る。
侯爵はそれを確認し、身を屈めると、地に手の平を翳して呪文を唱えた。すると、複雑な文様の魔法陣が浮かび上がり、そこから光が溢れ出す。その幻想的な光景に、エディスは鳥肌が立った。
(なに、この不思議な光は……。それに、何か途轍もない大きな力を感じるわ。私には、魔力を感じる力なんてないのに)
隣を見ると、ヒューも圧倒されているようだった。額から汗が流れ落ちている。
魔法陣から溢れ出た光は、地を這って広範囲に広がっていく。森の中に、そして、数十メートル先にあるロランド王国の辺境領まで──。
魔力が多く、魔導士なれる才を持つ者なら、この魔法を感知できるかもしれない。だが、そんな人間は大抵魔導士になっているはずで、辺境にいるはずなどなかった。だから、この魔法はおそらくロランドの誰にも気づかれていない。
だが、帝国魔導士なら感知できる者も多いだろう。どんなに離れていても、これほど巨大な力を感じないはずはない。彼が今日、探知魔法を展開することは、帝国の全魔導士に周知されていた。
(すごい……すごいわ。魔法がどんどん大きく広がっていくのが、私でさえわかる……)
帝国筆頭魔導士の実力に、ただただ圧倒されるばかりである。まるで神のような御業に、エディスは思わず指を組み、祈りを捧げた。
(この魔法で、どうかラータが見つかりますように。ラータの居場所まで、この魔法が届きますように……!)
すると、ビショップ侯爵がおもむろに立ち上がった。気づくと、魔法はすでに消えている。
「侯爵」
「うん、魔石獣の居場所がわかった。ここから一番遠い、国境沿いだね。攫われた場所から逃げて、こちらに向かっているんだろう。でも、魔石獣自体の魔力が弱まっている。衰弱しているのかもしれない」
「ラータ……!」
エディスの目に涙が浮かぶ。
居場所がわかったのは嬉しいが、危険な状態にあるとは。もうすぐにでも駆け付けたい。
そう思っているのはエディスだけでなく、ヒューもその場所の詳細を必死に尋ねていた。
「焦る気持ちはわかるけれど、まずはエセルバート殿下に報告しよう。動くのはそれからだよ」
ビショップ侯爵は逸る二人を落ち着かせ、皇宮への道を繋げる。
「行こう。殿下もお待ちだ」
「承知しました。……ありがとうございます、侯爵」
「ありがとうございます」
二人はビショップ侯爵に一礼し、彼の後に続いて皇宮へと向かった。
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