04-2.走馬灯が駆け巡る(2)
『エディス! いつまで掃除しているの! さっさと昼食に取り掛からないと間に合わないでしょう!』
『お姉様って本当にのろまねぇ。他のメイドたちを見習いなさいよ』
『まったくだわ。ほら、早くなさい!』
『はい、かしこまりました!』
一応は貴族令嬢だというのに、義母と異母妹がやって来てから、そんな地位などなくなった。
最初はいないものとして扱われ、そのうちネチネチと、時には激しく罵詈雑言を浴びせられ、使用人のようにこき使われるようになった。エディスが普通の令嬢なら、心身ともに参ってしまっただろう。
だが、エディスにはエリオットという味方がいた。それだけでも心強いが、更にもう一つ強みがあった。それは──エディスには、前世の記憶があったのだ。
エディスの前世は、日本人の社畜OLだった。真面目一辺倒の性格だったせいか、あれやこれやと仕事を押し付けられ、それらを全て完璧にこなしていたせいで、ますます仕事漬けになっていき、最後には過労死してしまったというなんとも物悲しい人生だった。
思い出したきっかけは、義母と異母妹が家にやって来た時。リビーが異母妹だと知った時に、一気に全ての記憶が蘇った。
前世のエディスは真面目ではあったが、負けず嫌いで気の強い性格だった。前世を思い出した途端、その性質が引き継がれたことによって、義母や異母妹に虐めにも耐えられたのだろう。
『言いたい放題言いやがってぇ! むかつく! じゃあ、お前らがやれよって話だよ、ったく!』
心の中で悪態をつくほど元気があれば、壊れたりはしない。壊れてなどやるものかと歯を食いしばった。
反抗したいと何度も思ったが、それはなんとか堪えていた。何故なら、子どものエディスには何の力もなかったからだ。そんな状態で家から放り出されてしまえば、たちまち野垂れ死んでしまうだろう。
力をつけるまで、自立できるまで、そうしたらこんな家などさっさと出て行ってやる。そんな反骨精神で、毎日厳しい生活に耐えていた。
独り立ちするには、先立つものがいる。
どうやって稼ぐか。それを家には内緒で行わなければならない。何をすべきか。
導き出したのは、冒険者になることだった。
エリオットに相談した時は散々反対されたが、エディスの意思が固いと見るや、できる限りの範囲ではあるが、剣術や体術を叩き込んでくれた。
それと同時に、薬草などの知識を深めていく。薬草採取の依頼は常にあるし、比較的安全だ。見分けが難しい薬草や珍しいものなどは、報酬も高い。エディスは、隙間時間に必死に勉強した。
武術と知識、これらはエディスを助け、冒険者としてやっていく糧となった。
『お金を貯めて、隣国のマドック帝国へ行く!』
エディスは独り立ちしようと考えた時、そう決めた。というのも、マドック帝国はロランド王国とは全く違っていたからだ。
ロランド王国は、男性が大切にされる。家を継ぐのも必ず男性で、女性は能力があっても継げない。
また、貴族女性は高位貴族に嫁ぎ、婚家のために尽くすのが当然とされていた。貴族女性が働くなどもってのほかなのだ。働くとすれば、低位貴族の次女以降だったり、貧しい家の娘だったりする。そういった女性たちが、貴族家の侍女やメイドとして働くのだ。
また、ロランド王国では、成人していても除籍や婚姻が本人の意思でできない。必ず当主の承認が必要となる。
つまり、エディスが家と縁を切りたい、好きな相手と結婚したいと願っても、父の承認がいる。だが父は、エディスの自由を決して認めないだろう。
『なんって時代錯誤なの!? 男尊女卑って、いつの時代の話よ!』
などと、現代日本の感覚で腹を立ててみてもどうにもならない。
だが、マドック帝国は違うのだ。
マドック帝国は実力主義で、性別など関係ない。身分でさえもだ。マドック帝国では、平民から侯爵の位まで成り上がった人物もいる。
また、女性が働くのも容認されている。能力があればトップに立つことも可能だし、家を継ぐことだってできるのだ。それに、成人していれば、除籍も婚姻も本人の希望で行うことができる。
そして、マドック帝国の国民になれば、ロランド王国の戸籍は不要となる。父が何を言おうと、もっと言えば、ロランド王国の国王が何を言おうと、その命を聞かずに済む。マドック帝国の庇護下に入るということは、そういうことなのだ。
──この家を出て行き、選択肢のあるマドック帝国に行く! そして、仕事で身を立てる!
そうすれば、結婚しなくても生きていける。仕事をするなら、前世やっていたことでもある事務関係、ならば文官だ。
『エディス=クルーズ、私は、クルーズの名を捨てる』
ロランド王国において、クルーズ子爵家は子爵家の割に、高位貴族からも一目置かれる存在だ。裕福であり、母が亡くなるまでは、それなりに贅沢をして暮らしていた。
クルーズ子爵領には、魔石鉱山が複数ある。これが最大の収入源であり、認められている理由だ。採掘量も多い。これが尽きない限り、黙っていても金が入ってくる。
(魔石鉱山に頼ってばかりの領地経営……いつかは尽きるのに、その対策はしていなかったわよね。お兄様がいくら言っても聞かなかったし、お兄様もそのうち諦めたのか言わなくなった。黙っていてもお金が入ってくるから、ヨランダもリビーも贅沢三昧だったわ。ドレスや宝石でクローゼットはいつもパンパン。一度も着ないまま捨てたドレスだってたくさんあったわ。……本当に勿体ない)
そこで、ふと気づく。
(あれ? まだ走馬灯は続いているの? それとも、死んだ後もこんな風に過去を思い出すものなのかしら?)
不思議に思った時、エディスの顔面に何かがべっとりと貼りついた。