40.帰国
ラータは、攫われたロニーの元から逃げ出していた。
ヒューがすぐにエセルバートに報告すると、指示を待つようにと言われ、二人はそのままロランドに滞在している。
その間にも事は動いていた。
ロニーは、マレット伯爵家から廃嫡され、鉱山労役囚に。
クルーズ子爵家でも大きな動きがあり、リビーはロニーの犯罪を知りながら隠していた罪に問われ、僻地の修道院に入れられることになった。そして、子爵夫妻も娘の監督不行届、また領地経営をおざなりにしていたことにより、隠居が決まった。これにより、クルーズ子爵家の当主は、父ダニエルから兄エリオットに引き継がれることとなった。
ラータを攫った者たちへの刑罰は決まったが、肝心のラータの行方は、依然としてわからないまま。
エディスは元気を装っているが、憔悴している。ヒューはそんな彼女を注意深く見守りつつ、ジリジリしながらエセルバートからの連絡を待っていた。
そんな時だった。
応接室の窓に、一通の封書が差し込まれる。エセルバートから転送されたものだろう。
ちょうどエディスとヒューがお茶をしている時だったので、二人でその内容を確認した。
「よし、すぐに帝国に戻る準備をしよう」
「はい。……それにしても、なんだかすごいことになってきましたね」
「魔石獣が行方不明なんだ。攫われてからもうひと月以上経つし、一刻を争う。最終兵器を出すのも頷ける」
「最終兵器……」
エセルバートからは、二人は帝国に戻ってくること、戻り次第、帝国筆頭魔導士の魔力探索に協力することが指示されていた。
帝国の筆頭魔導士は、莫大な魔力量を誇る皇族をも凌ぐ。魔力量だけでなく、魔法を扱う技術も他の追随を許さない。この技術を争いに転用すれば、途轍もない力を発揮するわけで、「最終兵器」というのもあながち間違ってはいないのだ。
そして、魔力探知は魔道具を使わずともできる。しかも、相当広い範囲だ。
神域の森からだと、ロランド王国の辺境領辺りまでは余裕。ただし、魔力とはいえ無断で国境を越えると、バレた時が面倒だ。なので、ロランドに許可を取る必要がある。エセルバートはそこまでを完了させた上で、二人に指示を送ってきていた。
二人は帰国の準備を進め、次の日の朝には、荷物を全て馬車に運び終えていた。
「アントン、ドーラ、滞在中は世話になった」
「いえ、とんでもないことでございます。道中、お気をつけて」
「アントン、これからもお兄様を支えてね」
「もちろんでございます」
「ドーラ、いろいろありがとう。短い間だったけど、また一緒に過ごせて嬉しかったわ」
「私もです、エディスお嬢様。魔石獣様はきっと無事です。大丈夫ですよ」
「ドーラ……」
胸に飛び込んでくるエディスをしっかりと抱きしめ、ドーラは彼女の背をさする。ドーラはエディスの不安を誰よりも近くで感じており、とても心配していたのだ。
そんな二人を穏やかな表情で見つめていたヒューは、アントンとドーラに改めて頭を下げる。
「二人とも、ありがとう。エリオット殿にもよろしく伝えてくれ」
「かしこまりました」
「ヒュー様、どうかエディスお嬢様をよろしくお願いいたします」
「ああ、大切にする。安心してくれ」
ヒューはそう言って、優しげに目を細める。
ドーラはそんなヒューを見て、嬉しそうに何度も頭を下げ、瞳を潤ませる。
エディスはというと、ドーラの胸に顔を埋めながら、頬を赤く染めていた。
(「大切にする」って……な、なんだか、本当に婚約者っぽくない……?)
「エディス、行くぞ」
「は、はいっ」
二人が馬車に乗り込むと、御者が手綱を握って馬に合図を出す。軍馬のように逞しい馬は、最初はゆっくりと、そして段々スピードを上げていった。
「アントン、ドーラ、また会いましょう!」
「エディスお嬢様、お元気でーー!」
エディスは、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続ける。アントンとドーラも、馬車が見えなくなるまで見送った。
馬車のスピードは速く、あっという間に互いの姿が確認できなくなる。エディスは椅子に座り直し、小さく息をついた。
「会いたいと思えば、いつだって会える」
「ヒュー……」
ヒューを見ると、彼は大きく頷いていた。
(言うほど簡単じゃない。魔石番は、普通の時でもお休みするのは大変なのに)
生き物相手の仕事なのだ。よほどのことがなければ、長期で休むことは難しい。しかし──
(ヒューの、その気持ちが嬉しい)
エディスは微笑み、元気よく返事をする。
「はい!」
その笑顔に、ヒューはふわりと表情を和らげた。