38.罠に落ちたリビー
マドック帝国から魔石獣を攫った罪に問われ、ロニー=マレットは廃嫡され、ほぼ魔石が出ないとされる魔石鉱山での労役が課されることになった。
マレット伯爵夫妻の方は、この件について全く関与していなかったことが証明されたことにより罪には問われなかったが、社会的に死んだも同然だ。マドック帝国の怒りを買ったことで、ロランドの国民からは今後白い目で見られることになるだろう。
このことを知ったリビーは、部屋の中でほくそ笑んでいた。
ロニーの罪により、もちろん婚約は破棄されている。慰謝料もマレット伯爵家から支払われることになり、リビーは笑いが止まらない。
「あははははは! なんって無様なの! 帝国から魔石獣を攫うなんて、バレるに決まってるじゃない! 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に大馬鹿だったわね!」
ひとしきり大笑いした後、リビーは一通の封書を抱きしめる。
「はぁ……ナイジェル殿下……。ロランドと帝国、この距離が恨めしいわ」
リビーは、密かにナイジェルと文を交わしていた。
ナイジェルは、いつだってリビーの話に熱心に耳を傾ける。いまや、一番の理解者だと彼女は信じていた。
「それにしても、ロニー様ってば、本当におまぬけさんだったわね」
実は、リビーはロニーの犯罪を目撃していた。
ロニーと使節団の魔導士がしょっちゅう一緒に行動していることが気になり、注視していたのだ。
「何かやらかすんじゃないかと思ってたのよね……」
リビーはロニーの弱みを握り、婚約破棄に持っていこうとしていた。
帰国前日の深夜、ロニーと魔導士はこっそり離宮を抜け出し、明け方戻ってきた。二人とも興奮状態で、目を爛々とさせていたことを思い出す。
その時はただ気持ち悪いとしか思わなかったのだが、朝、使節団は落ち着きをなくしていた。団長と魔導士が帝国側に呼ばれ、何か話をしていたようだった。
結局、何事もなく帰国したのだが、どうにも気になって父親に尋ねてみた。すると、箝口令が敷かれていたにもかかわらず、クルーズ子爵は事の次第をリビーに教えたのだ。
帝国の魔石獣が、一匹行方不明になった──。
これを聞いた時、ピンときた。
何故なら、ロニーは魔石番の視察の後、魔石獣を独占すれば金が入り放題だと話していたのだ。そんなに簡単に見つかるのかと聞けば、含みを持たせた口調で「何とかなる」と笑いながら言っていた。
「だからって盗むかしら? お馬鹿さん!」
ロニーなら安易な方法を取る。それが例え危険であっても。
あの夜はそれを実行したのだとリビーは確信した。
だが、彼女は何も言わなかった。気づいていたなら父親に話すべきだった。そして、クルーズ子爵から使節団の団長、帝国へと連絡を取るべきだった。そうすれば、もっと早くに解決しただろう。それに、ロニーとの婚約破棄も早まったはずだ。
なのに、何故リビーは黙っていたのか?
「ナイジェル殿下に取り入る絶好のネタだし、なによりお姉様の悲しみが長引くもの」
エディスは魔石獣の世話をしている。異母姉の性格からすると、彼らのことをとても大切にしていたはずだ。いなくなり、さぞや心を痛めているであろう。
それがわかっているから、できるだけその苦しみを長引かせようとしたのだ。
「リビー! リビー!」
突如、淑女らしからぬ声をあげながら、母ヨランダがリビーの部屋に入ってきた。
「ちょっとお母様? ノックくらいしてくれないと困るわ!」
「そんなことを言っている場合じゃないのよ! 騎士団が突然やって来て、あなたを出せと言って……きゃあ!」
「ちょっと、なに? なんなのよ!」
騎士が数人入ってきたと思いきや、ヨランダを押しのけリビーを拘束する。
ヨランダは震えているし、リビーも何が何やらわからない。
「貴族令嬢にこんなことしていいと思ってるの!?」
気丈にもそう叫ぶが、騎士は平然としている。そうこうしていると、クルーズ子爵もやって来た。
「これはいったいどういうことだ!」
「リビー=クルーズ子爵令嬢を犯人隠避の罪で拘束する」
「なんだって!?」
「令嬢は、ロニー=マレットの犯した罪を知りながら見逃していた」
「なに言ってんの? そんなの知ってるわけないでしょう? いい加減なこと言わないで!」
(どうしてバレてるのよ? 意味わかんない!)