35-3.魔石鉱山枯渇の謎(3)
早朝に出発し、本来ならその日中に辿り着けるかどうかというクルーズ子爵領に到着したのは、当日の昼過ぎだった。
領地を訪れることは、もちろん子爵家には内緒である。というか、彼らは滅多に領地に踏み入らないので、バレる心配はあまりない。いまや、領地経営はエリオットに丸投げなのだ。
「それにしても、すごいスピードだった……」
「大丈夫? お兄様」
エディスたちの馬車に同乗したエリオットは、そのスピードにひたすら驚き、感心していた。そして、その乗り心地にも。
通常の二倍ものスピードで走れば、その揺れも半端ない。だが、車輪や座席に工夫が凝らされており、普通の馬車よりも快適だったのだ。
「帝国の馬車は進んでいる……」
「いや、さすがに帝国貴族でもこれほどの馬車に乗っている者はいないぞ。これは、皇族が使用しているものだ」
「は?」
「へ?」
ヒューの言葉に、エリオットとエディスが揃って素っ頓狂な声をあげた。
「え? え? 皇族が使用しているって……」
「エセルバート殿下が貸してくれた」
「……ヒュー様は、よほど信頼されているのですね」
「エセルバート殿下……気前よすぎでしょ……」
呆気に取られる二人をよそに、ヒューは目の前の鉱山を見上げる。
入口はすでに封鎖され、人の気配はない。まだ閉山して間もないだろうに、すっかり寂れてしまっていた。
「採掘量の推移を見せてもらったが、減少具合が急すぎる。盗掘されている可能性はなかったのだろうか」
「それも考え、採掘に関わる全員に聞き取り調査を行ったのですが、不審な点は見られませんでした。賊などが入った形跡もありません」
「そうか……」
考え込むヒューを横目に、エディスは小声でエリオットに囁く。
「魔石が取れるはずの場所を掘っても、取れなくなったってことよね?」
「そうだ。魔石が埋まっているかは、専用の魔道具で調べられる。それによれば、まだまだ取れるはずだったんだ」
「その魔道具が壊れてたって可能性は?」
「ない。……といっても、絶対じゃない。でも、他の鉱山で確認した時はきちんと動作したことから、故障ではないと思う」
「そうなのね……。なんだか嘘みたいな話だわ。中身だけごっそり抜かれたみたい」
「その可能性はあるかもしれないな」
「え!?」
突然会話に加わってきたヒューを見ると、なるほどといったように頷いていた。そして馬車に戻り、箱を抱えて戻ってくる。
「ヒュー、それは……」
「実は気になっていたのです。それはいったい何ですか?」
「魔力を探知する魔道具だ」
エディスがこそっと「皇族所有のものを借りてきたの」と言うと、エリオットは目をむいていた。
「エリオット殿、この魔道具をここで起動させてもいいか?」
「それは構いませんが、何を……」
ヒューは、ニヤリと口角を上げる。
「魔力を感知すれば、魔導士が魔石盗掘に関わった証拠になる」
「ええ!?」
エリオットとともに、エディスも驚きの声をあげた。
(中身だけ抜かれたみたいだとは言ったけど……まさか、本当に?)
そうこうしているうちに、ヒューは魔道具を起動させる準備を終える。そして、両手を構えた。魔道具に魔力を注ぐのだ。
「いくぞ」
「お願いします」
ヒューが魔力を注ぎ始めると、魔道具が反応する。しかし、起動は完全ではない。
(ヒュー……!)
エセルバートはいとも簡単に起動させていたように見えたが、その後、随分と疲れていた。ヒューも言っていたが、この魔道具はかなりの魔力を必要とするのだろう。
ヒューは、諦めずに魔力を注ぎ続ける。次第に額から汗が流れ落ちていく。
そんな彼の様子を見て、エディスは思わず両手を組んだ。
(ああ、私にも魔力があればいいのに! ヒューみたいに魔力譲渡ができれば、力になれるのに! 神様……どうかヒューに力をお与えください……!)
「起動した!」
森で起動させた時のように、光が周辺に飛び散っていく。
額の汗を拭い、ヒューがその場に膝をついた。エリオットがすかさず彼を支える。
「申し訳ない」
「いいえ。今、何か飲み物を……」
「ヒュー、これを」
エディスがそっとカップを手渡す。ヒューは、なみなみに注がれた水を一気に飲み干した。
「はぁ……。ありがとう、エディス」
「もう一杯飲みますか?」
「頼む」
再びカップに水を入れる。今回も溢れそうなほどの量。しかし、ヒューはまた一気に飲み干す。
そんな二人を見て、エリオットは小さく笑みを漏らした。
「お兄様?」
「いや……なみなみに注ぐエディスに驚いたが、それを飲み干すヒュー様にも驚いて……。でも、何の違和感もなくて、分かり合ってるんだなと思ったんだよ」
「そ、そんなこと! だって、あんなに汗かいてるんだから、たくさん水が欲しいでしょ? そんなの、誰だってわかるし!」
「それでも、普通はあんなにギリギリまで入れないだろう。かえって飲みにくいじゃないか。なのに、ヒュー様は当たり前のようにそれを飲み干すのだから」
(そうか……そうね。お兄様の言うことも一理あるわ。うーん、令嬢生活から離れて以来、やることなすこと適当というか、豪快というか、気遣いがないかも……)
エディスが内心冷や汗をかいていると、魔道具を調べていたヒューが、切羽詰まった声で二人に声をかけた。
「魔力反応があった。かなり大きい。帝国にも照会を依頼するが、エリオット殿、ロランドの方も照会を願えるか?」
エディスとエリオットは息を呑む。
エリオットは驚愕のあまり呆然としていたが、すぐに我に返り、頷いた。
「承知いたしました」
エリオットの力では、それが実現するかどうかわからない。
だが彼の表情は、必ず成し遂げてみせるという決意に満ちていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!
どうぞよろしくお願いします!