04.走馬灯が駆け巡る
門をくぐる瞬間、ほんの少しだけ違和感を覚える。空間が捻じ曲がった気がしたが、すぐに治まる。
「うわ……あ」
エディスは思わず声をあげた。エディスだけではない、他の新人文官たちも辺りを見渡しながら、驚きの声をあげていた。
目の前には広々とした景色が広がっている。先ほどまで文官棟にいたというのに、門の先は屋外だった。
「今から魔石獣のいるエリアへ向かう。遅れずついてこい」
ヘインズ子爵の声に、皆が返事をして歩き出す。
神域の森は、木々が適切に間引きされており、人間の通り道が確保されていてとても歩きやすかった。しかし、こういった道を歩き慣れていない者もいて、彼らは数分で息が上がる。
(冒険者をやっていたことが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったわ)
文官の中には女性も数人いたが、彼女たちはすでに足元が覚束ない。エディスは彼女たちの安全を気遣い、後ろについた。
「私はっ……こんな道……歩いたことなんてっ……」
「文官になったのに、どうして……」
「目的地は……まだなのっ……?」
今年文官に合格した女性は、エディスを入れて四人。エディス以外の三人は、皆マドック帝国の貴族令嬢だった。彼女たちは息を切らしながら文句を言っている。
(彼女たちには酷よね……)
気の毒に思いながら歩いていると、不意に目の前が開ける。ようやく目的地に着いたようだ。
「魔石獣たちは警戒心が強い。姿を見かけても騒ぐな。絶対に大声をあげるな。でないと、襲い掛かってくるぞ」
その言葉に、全員の顔色が真っ青になる。
(いやいや、そこは責任者なんだからなんとかしてよ!)
心の中でそうつっこみつつ、エディスは辺りをぐるりと見回す。
気配はある。おそらく魔石獣が近くにいる。それはわかるのだが、場所が特定できない。
(かくれんぼが上手ね。どこにいるのかわからないわ。魔石獣って小さいのかしら?)
冒険者は、危険と隣り合わせの稼業である。気配を察知するのは必要最低限の技能と言えよう。
エディスは冒険者を七年ほどやっていたので、それなりにはできる。しかし、ここまではっきりと気配がわかるのに、場所がわからないというのは初めてだった。
付近を注意深く見渡していると、二十メートルほど先にある草むらの陰が、微かに光っているのが見えた。
(あそこに何かいる! たぶん、魔石獣のはず……)
そう思った時だった。
ものすごい勢いでそれが飛び出してきて、一目散にエディスの元へ駆けてきた。そして、大きな体をグンと伸ばし、エディスに覆いかぶさろうとする。
(あ、死んだ。これ、私、死んだ)
エディスはそう確信した。と同時に、身体に重みを感じる。段々と意識が遠のいていく。
(死の直前、思い出が走馬灯のように駆け巡るっていうけど……本当だったのね)
エディスのこれまでの人生が、映画のフィルムのように流れていく。
(映画……最後に見たの、いつだったっけ……)