34.思わぬ再逢
数日後、エディスたちはロランド王国に入国した。
これくらいの日数で到着できたのは、旅が順調だったことと、普通の馬よりも丈夫で体力があり、また走るスピードも速い特別な馬を用意してもらえたからだ。通常なら一週間以上かかる。
「兄君にはもう連絡しているのか?」
「はい。王都の端になりますが、使っていない小さな邸がありまして、そこで待っているそうです」
「そうか」
「その邸を自由に使っていいとのことです。父もその存在を忘れているような、ほんと邸と呼べるような立派なものではないんですが……」
「いや、ありがたい。宿はそれなりに人の目があるし、気兼ねなく過ごせる場所を提供してもらえるのは助かる」
「……はい」
エディスでさえ、その家の存在はすっかり忘れ去られていた。
そこは、母が生前に購入したらしい。息の詰まる生活に疲れた時、その邸で自由に過ごしていたのだという。
エディスはチラリと聞いた程度だったのだが、エリオットはその場所に連れていってもらったことがあったらしい。母は、いつかエディスも連れてきたいと言っていたようだが、その願いはついぞ叶わなかった。だから、エリオットに言われるまで思い出しもしなかったのだ。
(お母様の隠れ家……私もお兄様のように、お母様に連れてきてもらいたかったな)
そんなことを考えているうちに、その家に到着した。
住宅が密集している王都中心地とは違い、外れともなるとまばらである。周りの家よりも多少広い敷地の中で、その家はポツンと建っていた。
人が住まない家は、すぐに傷んでしまう。だが、外観にそれほど傷みは見受けられなかった。おそらく、エリオットが気をつけていたのだろう。
「エディス!」
門の前で家を眺めていると、エリオットが外に出てきた。一組の男女も一緒である。彼らの姿を見て、エディスは思わず叫んでしまった。
「ドーラ! それに、アントンも!」
「エディスお嬢様!」
「お久しぶりでございます、エディス様」
二人の姿を見て、エディスの瞳に涙が浮かぶ。
そんなエディスに微笑みかけた後、エリオットはヒューに向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかります、ヘインズ子爵。私はエリオット=クルーズ、エディスの兄でございます。そして、こちらの二人は、以前うちで働いていた執事のアントン、エディスの乳母を務めていたドーラでございます」
アントンとドーラは、揃って深く頭を下げる。
この二人は、義母と異母妹が子爵家に来たすぐ後、クルーズ子爵に解雇されてしまったのだ。
アントンは極めて有能であり、クルーズ子爵を諫めることも多かった。だから、それを忌々しく思っていた彼に辞めさせられたのだ。ドーラの方は、エディスの味方をなくしたかったヨランダが、クルーズ子爵に言って解雇させた。
この辺りの事情は、エディスがそれを理解できる頃になってから初めて聞かされたことだ。だが、前世を思い出したことにより、それよりずっと前からすでに察してはいた。
それでも、実際に聞いた時は腸が煮えくり返った。自分たちの都合だけで、非のない人間を切り捨てることが許せなかった。
それに、解雇されたのはこの二人だけではなかった。ヨランダとリビーの機嫌を損ねる者は、ことごとく追い出されていったのだ。なので、現在のクルーズ子爵家の使用人は、母が生きていた頃とはほぼ入れ替わっている。
「はじめまして、クルーズ子爵令息。……エリオット殿と呼んでいいだろうか? 私のことも、ヒューと呼んでほしい」
「もちろんです、ヒュー様。どうぞお好きなようにお呼びください。マドック帝国では、エディスが大変お世話になっており、感謝しています」
「いや、こちらこそだ。エディスはよくやってくれている。とても助かっているんだ。そして、今回はあなたにも助けられている。……ありがとう。感謝する」
「とんでもないことでございます」
エリオットは照れ臭そうに微笑み、エディスとヒューを邸の中へと促す。御者は、馬車に乗ったままアントンに案内されていった。
「こちらには、アントンとドーラが常駐しております。また、生活に必要なものは全て揃えておりますが、欲しいものがあれば二人に言ってくださればご用意いたしますので」
「そこまで甘えるつもりはないよ」
「ですが、使用人がいないと不便でしょう?」
「いいえ。魔石番は、森の中で生活しています。自分のことは全部一人でやれますよ」
「そうなのですか?」
ヒューに尋ねた後、エリオットが驚いたようにエディスを見る。
魔石番の住居がとんでもなく整っており、快適な一人暮らしだとは伝えていたのだが……。
(そうか。私は一人暮らしでも、貴族であるヒューには使用人がついていると思っていたのね)
エディスは小さく笑い、それに対して頷いた。
「魔石番は、貴族であろうとなかろうと関係ないの。ヒューの家は少しだけ大きめだけど、別に使用人がいるわけじゃなくて、私と条件は同じなのよ」
「なにせ、帝都からは離れた僻地なので。申し訳なくて、使用人など連れてこれませんよ」
気さくに話すヒューに、エリオットは表情を和らげる。微笑んではいても、やはり緊張していたのだろう。
エリオットは、ヒューの人となりを見て安堵する。そしてそれは、側にいたドーラもだった。
エディスの出奔を聞いて、彼女は胸を痛めていたのだ。帝国で元気にやっていることはエリオットから聞いてはいたが、やはり心配だった。それがようやく払拭され、彼女の表情も晴れ晴れとしていた。
「ですが、せっかくなので、彼らを使ってやってください」
エリオットがそう言うと、ドーラも、そして戻って来たアントンも、口を揃えて言った。
「よろしくお願いいたします」
エディスはヒューを見上げ、観念したように肩を竦める。
「ヒュー、ここは頷いてもらえませんか?」
「……そうだな。それじゃ、頼もうか」
ヒューの言葉に、皆がホッとしたように微笑んだ。