33.ロランド王国へ
エディスの提案に、ヒューはすぐさま乗った。
一緒に聞いていたメイは、即決するヒューにあんぐりと口を開けていた。それが最善であるのはわかるが、一考する素振りも見せなかったことに驚いていたのだ。言い出したエディスでさえ、ポカンとしてしまったほどである。
そして、ヒューはエセルバートに許可をもらいに行く。さすがにこれには時間がかかるだろうと思いきや、その日中にもぎ取ってきたのだから更に驚きだ。おまけに、魔力探知の魔道具まで借りてきた。
それからも、ヒューは怒涛の勢いで諸々の差配を終え、次の日には二人はロランド王国に向けて出発していた。
「その魔道具……エセルバート殿下でないと使えないのでは?」
魔力探知の魔道具を見つめながら、エディスが尋ねる。
先日使用した時は、ヒューではなく、エセルバートが起動させていた。
「この魔道具は精密さ故に、かなりの魔力を食うんだ。だから、魔力量が膨大な皇族か、高位の魔導士くらいしか使えない。だが、俺も一応魔導士だし、魔力は多い方だ。何とかなるだろう」
「……」
ヒューは、緑手持ちで、高位貴族の血筋である。魔力は多いと思っていた。しかし、魔導士だとは思わなかった。
「帝国では、魔力の多い方は全員魔導士とか……?」
「さすがにそれはない。だが、エセルバート殿下も魔導士だぞ」
「! ……やっぱり、筆頭ですか?」
「いや、筆頭ではない。帝国は徹底した実力主義だ。身分は関係ない」
「ということは、更に上がいるってことですよね……」
「そういうことだ」
マドック帝国の意識は高い。それを痛感した。
ロランド王国の王族も、魔力量は多い。だが、魔導士は一人もいない。英才教育を施せるのだから、一人くらいいてもよさそうなものだが、いないのだ。
(魔導士の数は、国力にも匹敵するというのに……)
帝国が徹底した実力主義なら、ロランドは魔力至上主義だ。なのに、魔導士の数は少ない。魔力だけ多くても、意味はないというのに。いわば、宝の持ち腐れだ。
(ロランドには魔石鉱山が多くあるから、小さな国でも独立していられるのよね。でも、それも怪しくなってきた……。だから、魔石獣の運用に着手しようとしているんだと思うけど、一朝一夕にはいかないわ。魔石獣を見つけるのは大変だし、魔石番だってすぐには見つからないだろうし)
エディスは、魔力なしが故に、国にも貴族にも、そして兄以外の家族にさえ馬鹿にされてきた。だから、今後のロランド王国に興味はない。生まれた国ではあるが、思い入れなどなかった。
(お兄様さえ無事で、そして幸せであれば、他はどうだっていい)
冷たいようであるが、これが本音だ。
(私はもう、マドック帝国の国民。帝国が私の居場所なのよ。そして、私は文官であり、魔石番。だから、魔石獣は……ううん、魔石番だからじゃない。あの子たち皆が可愛いから、大切なの。私にとって、あの子たちは家族。だから守りたい。ラータを……救いたい!)
「エディス」
「あ……。あの、ちょっと考え事を……」
「あまり思いつめるな」
「……」
「もしくは、久しぶりの帰国に緊張しているとか?」
「それはありません!」
即座に否と答える。それだけはない。
眉根を寄せるエディスに、ヒューが笑った。
「そうか。そんなにムキになって否定するほどか」
「はい。それに……帰国じゃありません」
「帰国じゃない?」
今度は、ヒューが眉根を寄せる。
エディスは、そんな彼に言ってやった。
「私はマドック帝国民です。なので、今回のは帰国じゃなくて、訪問? です!」
表現が合っているのかわからず、疑問符がついてしまったのはご愛敬である。
ヒューは一瞬に呆気に取られ、その後、優しげに目尻を下げた。
「そうだな。お前が帰る場所は、マドック帝国だ。マドック帝国の、神域の森だな」
「はい」
ドギマギしながらエディスは答える。
(ああ……またそんな顔で! ちょっとは自分の見目麗しさを自覚してほしいわ!)
なんとなく、馬車の中の空気が甘やかなものになる。
それに堪えられず、エディスは視線を馬車の外に移した。しかし、ヒューが気になってチラリと見遣る。
(ヒュー……)
同じように外を眺めているヒューの表情は、先ほどと変わらず優しかった。しかし、どこか物憂げである。
(いつもは私たちのために気を張っているのよね……。心配なのはヒューだって同じ。だから、今回のロランド行きも、すぐに同意して動いてくれた)
本来なら、こんなにすぐに許可は出ない。かなりごり押ししたのだろう。それだけ、ヒューも本気なのだ。
(ラータ、もう少しだけ待っていて。絶対に助けるからね)
空を見上げ、エディスは心の中で呟いた。
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