30.助けを求める
魔石獣たちは夕食が終わると、そのまま就寝となる。彼らの食器を片付けるエディスに、イライジャが声をかけた。
『エディス』
「どうしたの? イライジャ」
『……アタシたちの仲間が、もっともっとたくさんいたらよかったのに』
「イライジャ……」
『……こんなこと言っても、仕方ないってわかってるんだけど』
イライジャの言葉を聞いて、すぐ隣にいたドロシーもしんみりと呟く。
『そうなのよねぇ……。たくさん仲間がいれば、もっと手分けもできるし。それに、他の梟たちにも助けを求められたらよかったのにって思うわぁ』
魔石獣は、同じ種族であっても別物扱いだ。ほとんどの場合は仲間から弾き出されてしまう。
エディスは、イライジャとドロシーに優しく微笑んだ。
「もどかしい気持ちは皆一緒よ。……大丈夫。ラータはきっと無事だから。私はそう信じて、ラータを探し続けるわ」
『エディス~』
『そ、そんなの、アタシだってそうよっ』
エディスの言葉に感激したのか、ドロシーはエディスの肩にとまって額をすり寄せてくる。イライジャはプイと横を向くが、声が少し震えていた。
「さ、もう休みましょう。おやすみなさい、ドロシー、イライジャ」
『エディスも休んでね。おやすみなさい~』
『おやすみなさい……エディス』
一羽と一匹はエディスから離れ、自分の房へと戻っていく。
それを見送って獣舎を出ると、そこにメイがいた。
「メイ」
「……ドロシーたちはなんて? 心配で眠れないって?」
「いいえ。……もっと仲間がいればいいのにって。そうしたら、助けを求め……」
「エディス?」
急に話をやめてしまったエディスに、メイは不安げな顔で覗き込む。
「どうしたの、エディス。大丈夫?」
「メイ……私、ちょっとヒューに相談してきます!」
「え? え?」
訳がわからずあたふたするメイを置いて、エディスは事務所に向かって駆け出した。
(そうよ、その手があったわ! ……助けを求める。自分の手に余るなら、人の手を借りればいい。そして、それに最適な人がいるじゃない!)
ドロシーとイライジャの話を反芻して、思いついたのだ。
ただ、ラータの失踪は機密事項である。エディスの独断で、他の者に話すことはできない。
事務所に到着すると、エディスはノックと同時に扉を開けた。
「……エディス?」
ヒューが目を丸くしている。
ノックと同時に中に入り、目を爛々とさせてこちらに向かってくるエディスの迫力に、彼は僅かに仰け反った。
「ヒュー!」
「な、なんだ? どうした?」
「相談があるんです!」
「お、おぅ……なんだ?」
「ラータの捜索ですが、兄の協力を仰ぎたいんです!」
「兄……? エディスの、ロランドにいる?」
「はい!」
突然の申し出に目を白黒させるが、エディスの真剣な様子に、ヒューは姿勢を正し、彼女を見つめる。
「……聞こう。話してみろ」
「ありがとうございます」
ヒューから許しを得ると、エディスは自分の考えを話し始めた。
思いつきなので、話が前後したり飛んだりとまとまりがない。しかし、ヒューはずっと辛抱強く耳を傾け、最後にはエディスの話を要約してみせた。
「お前の兄に使節団にいた魔導士の行動を見張ってもらい、ラータの手がかりを得るってことだな。で、連絡手段はその……ネックレスか。エディスからも連絡ができるというのは、かなり高性能だな。そんな付与技術を持っているにもかかわらず、魔導士認定を受けていないとはなんて勿体ない……」
エディスも同意見だが、あの身内にはとても明かせない。
「そうなんですが、今は父や義母、異母妹にいいところを全部持っていかれてしまうので……」
「ああ、それもそうだな。彼らにいいように利用されるだけだろう。それにしても、独学で魔法を使えるようになり、おまけに付与まで……かなりの努力家だな。尊敬する。いつか、会ってみたい」
「ありがとうございます。緑手を持っているヒューにそんな風に言ってもらえたと知ったら、兄も喜ぶと思います」
「……そういえば、エディスにはまだちゃんと話していなかったな」
「そうですね。夜会で他の貴族たちが話しているのを聞いて、初めて知りました」
緑手のことを聞いてから、ヒューに直接尋ねようと思いつつすっかり失念していた。緑手について全く知らなければそうしただろうが、ある程度知っていたからこそ忘れてしまっていたのだ。
「なのに、今まで俺に聞いてこなかったのは、緑手について知識があるからだな?」
「はい」
ヒューは笑みを浮かべ、腕を伸ばす。
「兄妹揃って、優秀なんだな」
「……っ」
そう言って、ヒューはエディスの頭をやんわりと撫でた。「いい子だ」とでもいうように。
子ども扱いのようなそれだが、エディスの頬にじわじわと熱が集まってくる。
(子ども扱いしないでって言いたいのに、ヒューの顔がなんか……甘いんですけど!)
仮初の婚約者になったとはいえ、普段は以前と何も変わらない。
だが、ふとした瞬間に婚約者の顔を見せるのだ。それが毎回不意打ちなものだから、心臓に悪い。
(ヒューは……どんな気持ちでこんな表情をするんだろう……?)
ドキドキと高鳴る鼓動。その中に、ほんの少しだけ鈍い痛みを覚えた。