28-3.平穏は突如崩れる(3)
ランディとウォルフは、足を使って広範囲を捜索する。ドロシーは空の上からだ。そしてイライジャは、エディスとメイとともにラータを探す。
聞けば、仲間の気配をもっとも強く察知できるのが彼女なのだという。
『アタシ、この森の中なら気配を辿れるって思ったんだけど……』
「イライジャ?」
『ずっと探してるんだけど……ラータの気配を感じられないの』
イライジャの言葉に、二人は愕然とする。だが、捜索をやめようとは思わなかった。それは、気配を感じられないと言ったイライジャもだ。
『アタシは、もうちょっと先を探してみる!』
イライジャは移動スピードを上げ、二人から離れていった。
エディスもメイもお互いが見える位置ではあるが、分かれて探す。もう日も暮れてきたので、あまり離れるわけにはいかない。
そうこうしているうちに、ヒューがエセルバートを連れてエディスたちと合流した。
「まだ見つからないか」
「エセルバート殿下……申し訳ございません」
エディスとメイが頭を下げようとするのを制し、エセルバートはヒューの持っているものを指差す。
「あまり考えたくはないが、ここまで探して見つからないとなると、攫われた可能性を考えるべきだ。その場合、ただの人間にそれは不可能だろう。十中八九、魔導士が噛んでいる。これで魔力を探知する」
ヒューが持っていたのは、両手で抱えるほどの箱だった。
「これは、国が所有している魔力探知ができる魔道具だ」
ヒューは二人に説明し、その箱を地面に下ろす。そして、上面を外して逆向きにはめる。その面は、鏡のようになっていた。
「殿下、よろしくお願いします」
「わかった」
エセルバートは、その面に向かって魔力を流し込む。すると、鏡から光が放たれ、四方八方に飛び散っていく。その範囲はかなり広い。森全体を包み込むほどである。
「俺たちの魔力以外が検知されたら、その第三者にラータは攫われたということになる」
「誰の魔力か、わかるんですか?」
「わかる。……ただし、帝国の魔導士ならな」
ヒューの言葉に、エディスは心臓を掴まれたような気がした。
(帝国の魔導士に該当しなければ……帝国の貴族か、もしくは他国の人間ということになる。でも……)
おそらくだが、エセルバートもヒューも、検知される魔力は帝国の者ではないと考えている。何故なら、利がないからだ。
魔石獣を奪ったり、傷つけたりすることは重罪である。それに、奪ったところで魔石獣を御することはできない。帝国の人間なら、子どもでも知っていることだ。
ならば、他国の人間。
この神域の森に、他国の人間、例えば冒険者や盗賊が入り込むことは、珍しいがなくはない。彼らが魔石獣を狙うこともあり得るだろう。
しかし、高ランクの冒険者なら魔石獣についてもよく知っているので、手を出すことはほぼないと見ていい。そして、低ランクの者や盗賊ごときでは、魔石獣を捕らえることは不可能だ。
となると、他国の魔導士──。
(ロランドからの使節団にも魔導士はいた……。お二人は、その人が怪しいと思っているんじゃないかしら。でもきっと、その人単独でやったんじゃない気がする)
嫌な予感がする。
使節団は、勤勉で帝国の技術を学び祖国に生かそうという、熱意溢れる者たちで構成されていた。だが、例外もいた。
(考えれば考えるほど怖いんですけど! ああ、もう何も考えたくないわ。もし、身内が関わっていたらどうしよう……私、魔石番でいられなくなる)
万が一にでも、クルーズ家の者が関わっていたとすれば、いくら縁を切ったと言えど、ただでは済まないだろう。それに、もう関係ないから大丈夫と言われたところで、エディス自身が割り切れない。
エディスがあれこれ考えている間に、魔道具は魔力を検知したらしい。
帝国の魔導士は国に魔力が登録されているので、照会すれば誰のものかはすぐにわかる。
そして、判明した。
「帝国の魔導士に該当者はいない」
「……ロランドの使節団は、明朝帰国ということですが」
「代表と魔導士には事情を明かし、話を聞く」
エセルバートの言葉に、ヒューが頷いた。
「他国の魔導士の魔力を登録、もしくは照会するというのは難しいだろうが……協力を仰ぐ」
「よろしくお願いします」
頭を下げるヒューに、エディスとメイも後に続く。
(魔力は、個人情報の中でも特に扱いが難しいもの。いくら帝国でも、ロランドの魔導士の魔力を魔道具が検知したものと照会するのは難しいわ。でも……)
エセルバートは、ラータのために全力を尽くすのだろう。
(どうか……どうか、ラータが無事でありますように……。早く見つかりますように……!)
エディスは空を見上げ、輝く星々に強く願った。