28-2.平穏は突如崩れる(2)
「ランディ! 獣舎に戻る時間よ!」
『ええーっ。エディス、もうちょっとだけ!』
「だーめ! 皆はもう戻ってきてるわよ。……あら? ランディ、ラータを見なかった?」
ランディは辺りをきょろきょろと見回し、首を傾げた。
『見てないぞ。オレサマ、蝶と追いかけっこしてたから、よくわからないけど』
「そう。……もう戻ったのかしら」
『そうじゃない? なぁ、エディス! オレサマと追いかけっこしよう!』
「だめよ、ランディ。いい子だから一緒に帰りましょう」
『うう~……獣舎に帰ったら、遊ぶ?』
「遊ばない。ご飯はいらないの?」
『いる! オレサマ、腹減った!』
「でしょう?」
ランディはエディスに身を寄せ、腹減った腹減ったと言い募る。
エディスに言われて思い出したのだろう。ランディがぐるぐると回りながら歩くので、エディスは歩きづらくてしょうがない。
エディスは念のため、花畑を一周してラータを探し、いないことを確認してからランディと獣舎に戻る。到着すると、ランディを房に入れてから、ラータの房を見に行った。
「いない……」
彼女の姿はない。
エディスが呆然としていると、メイが魔石獣の食事を持って獣舎へやって来た。
「おかえりなさい、エディス」
「あ、メイ! ラータは? 房にいないみたいなんですけど」
「え? ランディと一緒にお花畑にいたんじゃないの?」
「いなかったんです。だから、もう戻ってきてるのかと思って確認してみたんですけど、いなくて……」
二人は、とりあえず食事の用意だけ先に済ませ、ヒューが戻ってきた時のために事務所に書き置きを残す。そして、ラータを探しに出た。
「ラーター! どこにいるのー!」
「ラータ! いるなら返事をして!」
エディスとメイは手分けをして必死に探すが、ラータは見つからない。
ラータは鼠なので、小さくて見つけづらい。しかし、彼女は音や振動に鋭敏で、二人がここまで声を張り上げて呼んでいるにもかかわらず、返事がないのはおかしい。ラータの行きそうなところはあらかた探した。なのに見つからない。
ラータは、行動範囲も交友関係も広い。だが、時間も忘れて夢中になって……ということは、これまでに一度もなかった。獣舎に戻る時間はわかっているので、彼女はいつも呼ばれる前に自分で戻ってきていたのだ。
「おかしいわ。ここまで見つからないなんて」
「そうですよね。ランディなら、夢中になって遠くまで行っちゃうこともあるかもしれませんが……」
それでも、エディスの気配を感じた時点で駆け寄ってくるだろう。獣、特に魔石獣は気配に敏感だ。
「一度事務所に戻りましょう。すぐにヒューさんに報告しないと」
「はい」
心配でたまらないが、二人では埒が明かない。できるだけ早くヒューに相談した方がいい。
二人はそう判断し、急ぎ足で事務所に戻った。
エディスとメイが事務所に着くのと、事務所からヒューが出てくるタイミングとが重なる。
ヒューの顔を見た瞬間、エディスは思わず涙腺が緩みそうになった。
(だめ! しっかりしなさい、エディス!)
エディスは自分を奮い立たせ、冷静を保つ。
メイがラータの件を報告すると、ヒューはすぐさま獣舎に向かった。
「え……」
「他の子たちに協力してもらうのよ」
エディスの戸惑いに、メイが答える。
「魔石獣同士は、お互いの気配を察知できるわ。ほら、イライジャも気配を辿ってここに来たって言っていたでしょう?」
「あ……そうか。そうでしたね」
冷静でいたつもりだが、やはりかなり動揺しているらしい。獣舎の方を見ると、他の面々がこちらに向かってきていた。
『エディスー! 大丈夫だ、オレサマがラータを見つけるから!』
ランディが一目散に走ってきて、エディスを励ます。エディスはランディの背を撫で、ぎこちない笑顔で頷いた。
「ありがとう、ランディ」
ふと横を見ると、メイがヒューから魔力譲渡されていた。
「緊急事態だ。サムには目を瞑ってもらおう」
「大丈夫ですよ、ヒューさん。ありがとうございます」
これで、全員が魔石獣たちと意思疎通ができるようになった。
「メイ、エディス。二人は彼らと一緒にもう一度ラータを探してくれ。俺は、殿下に報告に行く」
「わかりました!」
ヒューは転移門に向かって走り出す。それを見送った後、エディスとメイは、ランディたちと再び森の中へラータの捜索に向かった。