24.視察の日・早朝
ロランド王国の使節団が視察にやって来る日、エディスとメイはいつもどおり魔石獣たちの世話をしていた。
「ヒューさん、いつもの格好で行っちゃったけど、本当に大丈夫なのかしら?」
「使節団だけじゃなく、エセルバート殿下も来られるって話なのに……」
「うーん……でも、いつもの魔石番を視察してもらうんだから、いいと言えばいいのかもしれないけどね」
「それもそうですね」
今朝、ヒューは朝礼をし、エディスに魔力譲渡してから皇宮に向かった。視察団をここに案内するためだ。
その際、なんとつなぎを着たまま向かった。視察団を迎えるのにそれでいいのかとエディスとメイは頭を抱えたが、ヒューはいいと言い張るばかりだった。だめなら、エセルバートが一言物申すだろう。後は彼に任せるしかない。
『エディス、ヒューがいないようだが?』
「今日はね、前に話した隣国からの使節団が来るのよ。ヒューはお迎えに行っているの」
不思議そうな顔で尋ねてきたウォルフに、エディスは視察のことを説明する。
彼らに伝えてはいたが、今日だとはまだ言っていなかったことに気づいたエディスは、慌てて他の皆にも話をした。
『えー、嫌だな。オレサマ、知らない奴らが来るの、嫌だ』
『我儘言ってんじゃないわよ。決まってたんだからしょうがないじゃない』
『イライジャの言うとおりよ~。そりゃあ、ワタシだって嫌だけど』
『ワタシも! でもでも、もし嫌なことされたらやり返してやればいいのよ! ランディ、そういうの得意でしょ?』
『ラータ、ランディを煽るな』
『もぉ! ウォルフったら真面目なんだから!』
『わかった! 嫌な奴が来たら、オレサマが追っ払ってやる!』
魔石獣たちは警戒心が強く、見知らぬ人間を嫌う。だから、彼らの言うこともわからなくはないのだが、ランディが使節団を追い払うなんてことになるのは困る。
「ランディ、だめよ。少しくらい嫌なことがあっても我慢して。皆もよ。頑張ってくれたら、後でご褒美をあげるから」
エディスの言葉に、皆が目を輝かせる。
視察のことを話した際の魔石獣たちの反応を見た時、三人で相談したのだ。嫌なことを強いるのだから、見返りは必要だ、と。
『なになに? なにくれる?』
『わぁ! 楽しみ~』
『ワタシ、チーズが食べたいっ』
『オレは……いつもより長めにブラッシングしてほしい』
『別に、何か貰えるから我慢するわけじゃないわ。でも、貰えるものは貰うわよ』
皆の反応に、エディスとメイが微笑む。
言葉がわかるのはエディスだけだが、メイも雰囲気で皆が了解したことを察した。
「皆、もうすぐ使節団の皆様がいらっしゃるわ。普段のあなたたちと、私たちのお仕事を見てもらうからそのつもりでね。魔石は見てもらわなきゃいけないから、今日は回収は後回し。先にお掃除するわね!」
メイがそう言うと、皆はわかったと返事をし、それぞれの獣房でおとなしくなった。
そして、エディスとメイは獣舎の掃除を始める。メイがランディとドロシー、ラータを担当し、エディスがウォルフとイライジャを担当する。
ランディがエディスを恨めしそうにじっと見ているが、なるべく目を合わさないようにする。
(かわいそうだけど、相手をしちゃうとキリがないのよね……。視察が終わったら、思い切り甘やかしてあげるから許して、ランディ)
心の中で謝るが、背中にランディの視線を感じる。胸が痛い。
『エディス、端に寄るわ』
「あ、いつもありがとう、イライジャ」
相変わらず、動く前に声をかけてくれるイライジャは優しい。
彼女はスルスルと獣房の端に寄り、邪魔にならないようとぐろを巻いた。
最初、この姿を見た時は叫びそうになったエディスだが、今はかなり慣れた。それにこれは、体が長いままでは掃除の邪魔になるだろうというイライジャの気遣いなのだ。
コンパクトになったイライジャに笑いかけ、エディスは彼女の房の掃除を手際よく済ませた。