表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/77

23.仮初の婚約者

 夜会が終わった後、再びマクニール侯爵家に戻ってきたエディスは、とりあえず軽装になってヒューを突撃する。


(これはもう、絶対にちゃんと説明してもらわないと!)


 ヒューの部屋に通されたエディスは、いの一番に婚約の件を切り出した。


「いったいどういうことか、説明していただきましょうか!」


 エディスの剣幕に圧され、ヒューは目を丸くした後、苦笑いになる。そして、少し言いづらそうにしながらも、こう説明した。


「まず最初に、うちの両親が勝手に誤解した。俺としてはそんなつもりはなかったんだが、わざわざ反論しなくてもいいだろうと放っておいた。で、夜会だ。思った以上に貴族たちに囲まれて、やれうちの娘がどーだの、会ってくれだのとうるさくてな……。全部を断るには、婚約者がいるとわからせるしかなかった」

「だからって!」

「エディスに断りなくあの場でああ言ったのは悪かったが、おかげで丸く収まって助かったよ。ありがとう」

「おおーいっ!」


 思わずつっこんでしまった。

 まず、マクニール侯爵夫妻が誤解したというのがおかしい。息子の相手が必要というのはわかるが、それが平民のエディスでいいわけがない。それに、いくら他の貴族たちがうるさいからといっても、相手がエディスでは納得しないだろう。


「そんなんで、皆が納得するはずないでしょう? 私、平民ですよ? へ・い・み・ん! わかってますか?」

「わかっている。だが、お前は魔石番だ。帝国ではそれで充分。むしろ、そこらの貴族より敬われる」

「……魔石番の地位って、そんなに高いんですか?」

「ああ。文官の上位と言われただろう?」

「言われましたが……。文官には不人気ですし、爵位とは関係ないですし」

「国から丁重に扱われる存在だぞ? 重要な資源を守るんだからな」

「そうなんですけど」


 なら、もっと人気があってよさそうなものだが。魔石番になれば、家を隆盛させることもできるだろうに。

 それでも、帝都と離れて暮らさなければならない本人にとっては、ありがたくないのだろう。エディスみたいな人間の方が珍しいのだ。


「なら、あの場にいた貴族たちは、私がヒューの婚約者ってことで皆納得したんでしょうか」

「ああ。相手が魔石番なら仕方ないってな。それに、あの場のエディスは、高位の貴族令嬢にしか見えなかった。ドレスだけでなく、姿勢や所作も、疑われる要素はなに一つなかったからな。両親や兄、妹も感心していた」

「それなら……よかったです」


 令嬢教育はあくまで最低限だったので、通用してよかった。最低限とはいえ、マレット伯爵家に嫁ぐ予定だったせいで、高位貴族用の教育を受けていたのだ。きっとそれが功を奏したのだろう。


(にしては、リビーの所作は令嬢っぽくなかったけれど)


 学園の勉強だけでなく、リビーは令嬢教育にも消極的だった。子爵令嬢なので高位ほど厳しくはないが、それでも首を傾げるほどだ。見た目ばかりにこだわり、令嬢として大切にすべき点には無頓着なのである。

 これまではそれでもよかったかもしれないが、今はロニーの婚約者である。伯爵家に嫁ぐのに必要な作法は、しっかり習得すべきだろうが……。


(ま、私にはもう関係ないし、どうでもいいわ)


 奪われた側として、奪った側の心配をしてやる義理もない。それに、奪ってもらってこれ幸い。エディスにとってはもう終わったことだ。


「俺と婚約するのは嫌か?」

「え?」


 いきなりそんなことを聞かれ、エディスは激しく動揺する。


(そ、そ、そんなこと言われてもっ! 嫌かって、今聞く? もう公表してしまったも同然なのに!)


 違う。本当は、そんなことを気にしているのではない。

 ヒューの真剣な眼差しに、エディスの鼓動はスピードを上げた。


「もし、どうしても嫌なら……」

「ヒューこそ! ヒューこそ……他にもっといい人がいるのでは? 私となんて……」


(いずれ、ヒューに相応しい人が現れるわ。その時、私の心が痛みを伴うようになっていたら、どうしたらいいの……?)


 ロニーとの婚約破棄は、何も感じなかった。最初から印象は最悪だったし、婚約してからも一切歩み寄れなかった。だが、相手がヒューとなると──


「俺は、エディスならいいと思っている」

「え……」

「両親もエディスを気に入っているし、何の問題もない」

「……」


 だが、そこに気持ちはない。他よりマシだから、それだけである。

 貴族の婚約だから、そこに気持ちがあるかどうかなど些末なことだ。これは、一種の契約なのだから。


(でも、せっかく平民になったんだから、今度はお互いに想いあって婚約したかったな……)


 しかし、夜会でのヒューの様子に気の毒さを感じたというのも正直なところだ。

 ヒューは頼りになる上司。それに、毎日魔力を譲渡してもらっている恩がある。


「エディス?」

「あ……はい。私に相手はいませんし、ヒューがいいなら構いません。いつか……ヒューが本当に好きな人ができるまでの間、仮の婚約者になります」

「……助かる。だが、エディスも好きな奴ができたら言ってくれ。その時は撤回する」

「はい」


 なんとなくもやっとしたが、気づかない振りをする。そんな気持ちを振り払うかのように、エディスは無理やり笑顔を作った。


「よろしくお願いします、婚約者様」


 ヒューの表情が和らぐ。彼はエディスに近づくと、その腕を取り、引き寄せた。そして、エディスの額にそっと口づける。


「こちらこそよろしく。……今夜はゆっくり休んでくれ。おやすみ」

「……おやすみなさい」


 そのまま、ヒューに部屋まで送られる。

 その後、エディスはヨロヨロとベッドに座り、突っ伏した。


(だからってあれは……いくらなんでも甘すぎるでしょう!)


 エディスは両手で額を抑え、小さな声で唸りながら悶えたのだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

いいな、面白いな、と感じていただけましたら、ブクマや評価(☆☆☆☆☆)をいただけますととても嬉しいです。皆さまの応援が励みになります!

どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ