21.望まぬ再会
エディスがヒューの緑手のことを尋ねようとするが、普段滅多に顔を出さない彼がいるとのことで、あっという間に他の貴族たちに囲まれてしまった。
ヒューは各々に塩対応するも、次から次へと声をかけられてしまう。きりがない。
仕方がないので、エディスは壁際に一旦退避し、考えに耽っていた。
(緑手は、別名「神の手」とも言われるのよね……。緑手を持つ者は、あらゆる薬草や毒草を自由に育成できて、自在に扱える。そして、絶滅してしまった草花まで生成できると言われている。どんな怪我や病も治すことができて、死んでから24時間以内なら蘇生も可能という特級エリクサーも作成できるんだから、神の手と言われても頷けるわ)
そんなとんでもない能力を、ヒューは手にしているというのだろうか。
緑手を持つ者は、国が丁重に保護すべき対象である。
その能力は、国に莫大な恩恵をもたらす。それ故、他国から狙われるからだ。
また、緑手を持つ者の意思に反する行動を強要してはならない、という暗黙の了解もある。
遥か昔、その能力を悪用、酷使した国が、神の怒りに触れて滅ぼされたそうだ。おとぎ話のようだが、緑手を持つ者が本当に存在するのだから、決して迷信などではなく、事実だと考えられている。
(というのが、大陸全土に伝わる緑手に関する話だけど……。たぶん、ロランドでこれを知ってる人は少ないわね。学園の薬草学の授業でも習わなかったもの)
エディスが緑手について知っているのは、冒険者としてやっていく上で、薬草学をより深く学んだからだ。
そんなことをつらつらと考えながらヒューを眺めていると、突然耳障りな声が聞こえた。
「お姉様! やっぱりお姉様だったのね! 出奔したかと思えば、こんなところにいるなんて」
(げ……)
思わず顔を顰めてしまう。
絶対に会いたくなかった者たちが、エディスの目の前に立っていた。
「おい……まさか、エディスなのか?」
「ええ、ロニー様。私もまさかと思ったの。同じ名前の令嬢が呼ばれたなぁと思って見てみたら、本当にお姉様だったんですもの! びっくりしてしまったわ!」
「帝国にいるなんて、いったいどういうことだ?」
「そうよ。お姉様、どういうことなの? それに……そんな豪華なドレス、お姉様にはちっとも似合わないわ。お相手の方がお気の毒ね」
(はぁ!? このドレスは、そのお相手が用意してくれたんだっていうの!)
リビーの甲高い声に気づいたのか、クルーズ子爵夫妻、それにマレット伯爵夫妻までこちらにやって来る。そして、彼らはエディスの姿を見て一様に目を丸くした。
「エディス、お前……勝手に家を飛び出して、こんなところで何をしている!」
「まったくだわ。せっかく旦那様が次の縁談をご用意してくださっていたのに、あなたがいなくなってしまって、そのお話もなくなったわ。どうしてくれるの? 貴族令嬢としての役目も果たせないなんて、本当に役立たずなこと!」
マレット伯爵夫妻はさすがに何も言ってこないが、父と義母は言いたい放題だ。
心配などしていないと思っていたが、まさにそのとおりである。彼らにとって、エディスは家族ではない。それなのに、どうしてあれこれ言われなくてはならないのか。
エディスは、怒鳴りたいのをなんとか堪える。
「……私はもう、クルーズ子爵家の人間ではありません。帝国籍を取得しておりますので、いつでも除籍していただいて結構です」
「まぁ、なんてことを……!」
「お姉様ったらひどいわ! そんなことを言ったら、私たちが悪者みたいじゃない! それに、お父様はお姉様のために、婚約破棄されても受け入れてくれる方を必死に探していたのよ? そして、ようやく見つかったっていうのに!」
(どうせ、ロクでもない縁談でしょうに。相手は難のある人よね。いい縁談なんて用意できるわけがないもの。仮にそうだとしても、子爵家に戻るなんてまっぴらごめんだわ)
「おい、帝国籍を取得したってどういうことだ?」
ロニーが居丈高に問う。
彼はいつもそうだった。エディスに対し、常に偉そうに振舞う。婚約者として扱われたことなど一度もなかった。だから、婚約破棄され、リビーに乗り換えられても、エディスとしては痛くも痒くもなかった。
しかし、ロニーが破棄を言い渡した時、エディスが平気な顔をしていることに腹を立てていた。まったくもって意味がわからない。どうでもいいような扱いをしていたくせに、どうして好意を持たれていると思えるのか。
「……あなた方に説明する義理はありませんが、こうして顔を合わせてしまったなら仕方ありませんね。私は、マドック帝国の文官です」
エディスの言葉に、皆が驚きの眼差しを向ける。
マドック帝国の文官試験は誰でも受けられるとはいえ、レベルが高く、合格率もかなり低い。エディスがそんな試験を突破したなど、彼らには到底信じられなかった。
「お前、どんな手を使ったんだ?」
「そうよ! お姉様のことだから、裏で手を回したんじゃなくて? お姉様はいつもずるいんですもの。学園の成績だって、あんなの嘘よ。先生に取り入って、成績を改竄してもらっていたに決まっているわ!」
「リビーのように優秀な家庭教師はつけていなかったんですもの。それなのに、常に五位以内をキープするなんて信じられないわ。先生方を誑し込むなんて、まるで悪女ね!」
悪女に悪女と言われ、エディスはふきだしそうになった。
(いやいやいや、それをやろうとしたのはリビーなんですけど。まぁ、当然上手くいかなかったけどね。というか、仮に学園でそれができたとしても、帝国の文官試験に受かるわけがない。そんなこともわからないなんて)
彼らは認めたくないだけだろう。それもよくわかっている。
ごちゃごちゃと言いがかりをつけてくる彼らに、やがて注目が集まり始める。それを察し、エディスはどうやって逃げようかと考えあぐねる。すると──
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