20.歓迎の夜会
ロランド王国使節団歓迎の夜会に、続々と人が集まり始める。
エディスは、会場である皇宮に向かう前に、マクニール侯爵夫妻やヒューの兄と妹に会い、挨拶を交わした。
マクニール侯爵は少々強面ではあるが、話してみれば物腰柔らかな人だった。夫人は若々しく、とても朗らかだ。女性とは距離を置き、婚約者も決めない息子が、初めて女性を家に連れてきたと大はしゃぎだったという。兄や妹も穏やかな人物で、エディスにも気さくに接してくれた。
マドック帝国のマクニール侯爵家といえば、名門中の名門である。大貴族ともいえる彼らが、この国では平民であるエディスに対し、とても丁重に扱ってくれたことに驚きであった。
彼らは早々に名を呼ばれ、入場していく。
ヒューはすでに子爵を継承しているので、順番は後になる。他の者が粛々と入場していく中、エディスの心臓は、ドクドクと嫌な音を立てていた。
「どうした? 柄にもなく、緊張しているのか?」
ヒューの声に飛び上がりそうになる。
エディスはヒューを見上げ、力なく微笑んだ。
「どうやらそうみたいです。……祖国では、ほとんど参加していなかったもので」
「病弱設定にでもされていたか?」
「さぁ……そうかもしれません。とりあえず、学園には通わせてもらえましたが、社交についてはお前はやらなくていいと言われていました。一応、デビュタントはしているのですが」
十歳までは、母がエディスも一緒に茶会などにも連れていき、他の貴族たちに顔見せしていたこともあり、父はエディスの存在を隠しておくことはできなかった。だから、貴族令嬢として最低限のことは怠れなかったのだ。そうでなければ、デビュタントなど無視だったろうし、学園にも通わせてもらえなかっただろう。
母は、自分がいなくなった時のエディスの未来を予見していたのだろうか。
その後のことを考えると、そう思わざるを得なかった。
「夜会にほぼ参加していないのは俺も同じだ。……それほど緊張することはない。今日は通常の夜会じゃないから、皇族に挨拶する必要もない。美味いものを食って、適当に踊って、さっさと退散すればいい」
「ほぼ参加していないんですか? その割に、ダンスがお上手でしたよね?」
必須ではないだろうが、万が一ということもある。踊れと言われて慌てないよう、二人はダンスの練習もしていた。
エディスは令嬢教育を最小限度受けていたこともあり、ひととおりは踊れる。が、それほど上手くはない。なにせ、パートナーと踊ったことなど数えるほどしかないし、夜会での経験も少ない。
しかし、ヒューをパートナーとした時には、驚くほど滑らかに踊ることができたのだ。それはひとえに、ヒューのリードの巧みさ故だろう。まるで自分がダンスの名手であるかのように錯覚するほどだった。
「そうか? ……そろそろ呼ばれる。行くぞ」
「はい」
ヒューと会話したことで、少し肩の力が抜ける。
ヘインズ子爵家が呼ばれ、ヒューとエディスが並んで入場する。中に入った途端、光の洪水に飲み込まれそうになった。
「エディス」
「す、すみません。あまりにも眩しくて」
会場の煌びやかさに眩暈を起こしそうになり、一瞬だけバランスを崩す。それをさりげなくフォローし、ヒューが声をかけなければ、エディスはみっともなく倒れてしまったかもしれない。
「ゆっくり呼吸しろ」
「……はい」
ゆったりと、長く息を吐き出す。そうすることで、今度吸った時には、多くの酸素を取り入れることができる。
呼吸で大切なのは、吸うより吐くこと。これは、前世の記憶から得た知恵だった。
深呼吸することで、気持ちが落ち着いてくる。すると、周りを見渡せる余裕も出てくる。
(もしかして、注目されてる!?)
「あの方が夜会に出てくるのは珍しいな」
「緑手子爵も、さすがにこの夜会をキャンセルすることはできなかったようだな。なにせ、使節団をもてなす側だ」
「きゃあ、ヘインズ子爵よ。素敵……。隣にいるご令嬢はどこの家の方なの?」
「私があの方と代わりたいわ!」
他の貴族たちのひそひそ話が耳に入ってくる。
(緑手子爵……? ヒューのことよね? ヒューが……緑手を持っているってこと?)
「あの、ヒュー……」
尋ねようするが、エディスの声はラッパの音に搔き消された。
華々しい音が鳴り響いた後、会場の一番高い位置に皇太子エセルバートと、第二皇子のニコラス、第三王子ナイジェルが勢揃いする。
皆が話をやめ、そちらに注目する。そんな中、エセルバートが一歩前に進み出た。
「マドック帝国皇太子、エセルバート=マドックの名において、この宴を開く栄を賜りしこと、身に余る光栄である。今宵は、隣国ロランド王国からの使節団を招いての夜会となる。お互い交流を深め、有意義な時間を過ごしてもらいたい。また、使節団の皆が今宵喜びに満ちたものとなるよう願っている。それでは、ロランド王国使節団、歓迎の夜会の開幕をここに宣言する!」
エセルバートの開会宣言の後、宮廷音楽団による音楽が奏でられ、使節団歓迎の宴が始まったのだった。