18.ヨランダとリビー
ロランド王国から使節団がやって来た。代表が皇帝と謁見し、他の者たちは離宮の各部屋に案内される。
「すごい、すごいわ! やっぱりマドック帝国は、何もかもレベルが違うわね!」
「本当に。この部屋も、なんて立派なのかしら。家具も装飾品も、全て一流の品ばかりね」
「あーー、もう! 私、マドック帝国で暮らしたいわ! 帝都の華やかさも、うちの王都とは比べ物にならない! ここを知ってしまうと、ロランドが色褪せて見えるわ!」
「そうね。せめてこちらにいる間は、思う存分楽しみましょう」
「ええ、もちろんよ! あぁ……私、この国の高位貴族の方と結婚したいわ。こっちの爵位って、ロランドよりも一つ高いんだっけ? それだけ、うちと帝国の差は大きいってことよね」
クルーズ子爵の随行者としてついてきたヨランダとリビーは、部屋に通されるなり大はしゃぎだ。
侍女や従者は人数分つけられており、ヨランダの侍女、リビーの侍女が部屋の隅で控えているにもかかわらずである。
クルーズ子爵は、使節団としての仕事があるので、別部屋となっていた。
「うちは子爵家だから、こっちでは男爵家と同じ扱いになるのかしら。もしうちが男爵家なら、こっちでは貴族扱いされないってこと? わぁ、子爵でよかったぁ!」
ロランド王国とマドック帝国では、確かに爵位の基準が違う。だが、男爵家は男爵家だ。それに、仮に平民だったとしても、使節団としてやって来た人間を粗末に扱うなどありえない。
リビーの乱暴な決めつけに、侍女らがほんの僅か眉を顰めた。それは、よくよく見ないとわからない程度だが。
「明日の夜は、夜会があるんでしょう? 一流のドレスメーカーで仕立てた、最高に素敵なドレスを持ってきた甲斐があるってものよねぇ! 美しく輝く私に皆が見惚れるはずよ。お母様、もし素敵な方と出会えたら、そっちに乗り換えてもいいかしら?」
「そうねぇ。ロニー様より爵位が上なら、いいんじゃないの?」
「どうせなら、侯爵令息とかを狙っちゃおうかしら? 婚約者がいても関係ないわ! うふふ、楽しみ!」
「上手くやるのよ、リビー。あなたならできるわ!」
「当然よ!」
話の流れで、侍女は彼女たちの背景を推察する。
このはしたない令嬢には婚約者がいる。にもかかわらず、この国の高位貴族の令息と、結婚を前提とした親密な関係になろうと企んでいる。しかも、母親もそれを咎めず、むしろ勧めている──。
侍女二人はチラリと目配せし、小さく頷き合った。
<クルーズ子爵夫人と子爵令嬢は、要注意人物である>
これは、至急報告すべきだと判断したのである。
そうとも知らず、ヨランダとリビーは、相変わらず好き放題なことを話し続ける。彼女たちにとって、侍女とは自分たちのために動く道具。それらに、目と耳と口があるとは思い至らないのだ。
「ねぇお母様、皇太子殿下には、すでに妃殿下がいらっしゃるのよね?」
「そうよ。でも、第二皇子殿下や第三皇子殿下は、まだご結婚されていないわ」
「婚約者はいるのかしら?」
「それはいるでしょう。確か……第二皇子殿下が二十一歳、第三皇子殿下が十九歳だったかしら。その年齢で、婚約者がいないのはありえないわ」
「あら、どっちの皇子も私の年齢とつり合うわね! ねぇ、ちょっと!」
唐突に呼ばれ、リビーの専属となった侍女が前に出る。