17.面白い部下
これまで、魔石番はたった二名でやってきた。
魔石番は重要な任務とはいえ、皇宮に仕官する者たちにとっては意にそぐわない仕事だ。
発足当時は文官だけでなく、騎士団の人間も魔石獣たちに認められるかを確認されたが、今では文官のみ。騎士団は軍務で手一杯で、また魔石獣に認められる者がずっと出なかったこともあり、やがて排除されることとなった。
他にも、皇宮勤めをする女官や侍女なども検討されたが、彼女ら、両親ともどもに強く反対され、頓挫した経緯がある。
それ故、文官のみに絞られたのだが、そうそう認められる者は出てこなかった。
最初に魔石獣に認められたのは、ヒューだった。次に、皇太子エセルバートだ。
そして、しばらく間があいたが、ようやく文官の一人が認められた。それがメイだ。彼女は平民ながら優秀で、文官試験も上位で合格した。
この頃からすでに魔石番は不人気であったが、メイは嫌な顔一つせずに引き受けた。すでに夫がいたので、離れて暮らさせるのは忍びなく、戸建ての寮を用意して、夫にも新たな仕事を与えた。元々野菜を作っていたというので、移住も快く了承してくれたのは僥倖だった。
メイは、神域の森へ移住後、愛娘のエミリーを出産。一時仕事を離れていたが、すぐに復帰した。だが、その後数年、再び魔石獣に認められる者は出なかった。
そして、ようやく認められる者が現れる。
エディス=クルーズ。隣国ロランド王国の子爵令嬢だが、実兄以外の家族に冷遇されており、家の中では令嬢として扱われていなかったようだ。
しかし、彼女は気丈にも、家を出ようと行動を開始した。家には内緒で金銭を得ようと、冒険者になったのだ。
「普通の令嬢が考えることじゃないよな」
エディスについて調査した内容を思い出し、ヒューは笑みを漏らす。
普通の令嬢なら、その境遇に抗おうとはしない。いや、できないのだ。彼女らは、そのような術を持たない。嘆き悲しみながらも、現状に甘んじるしかないだろう。
それなのに、エディスは家を捨てる決心をした。十歳かそこらの年で、そんなことを考えるとは。
そして、家を出るためには金が必要で、それを自ら稼がねばならない。だから、冒険者になって金を稼ごう。──まだ幼い貴族の令嬢が、果たしてそのような考えに至るものだろうか。
「思い至ったんだから、大したものだ」
考えれば考えるほど面白い。
彼女は成人した後、すぐさま独り立ちをして、マドック帝国の文官試験を受けに来た。出奔先は最初から決めてあったのだろう。その後、どうやって身を立てるのかも、きっちり考え抜いていたからこその行動だ。
幸いなことに、貴族令嬢としてのマナーや教育は施されていた。婚約者もいたことだし、さすがにおざなりにはできなかったのだろう。マナーはともかく教育がいい加減では、試験に合格することはできなかった。
「婚約者、なぁ……」
調査によると、エディスと元婚約者のロニー=マレット伯爵令息の仲は、冷え切っていた。
婚約が結ばれたのは、エディスが五歳で、マレット伯爵令息が七歳の時。どうやら彼は、最初からエディスを気に入らなかったらしい。
聞くところによると、マレット伯爵令息は金髪碧眼の見目麗しい容姿で、幼い頃からずっと周りからちやほやされていたようだ。容姿に自信がある者は、相手にも同じものを求める傾向がある。彼もそうで、エディスの容姿は彼の好みから外れていたのだろう。
「まったくもってくだらんな」
エディスは、栗色の髪に黒の瞳で、華やかさには欠けるかもしれない。が、知的で思慮深く、落ち着きを感じさせる。
「頭はいい。でも、思慮深さと落ち着きは……」