16.嫌な予感は当たるもの
「なら、エディスがイライジャに慣れるまで、毎日魔力譲渡しよう。言葉を交わせた方が、慣れるのも早い」
「そうですね。それなら、エディスもイライジャも安心でしょうし」
「え……? でも、いいんですか?」
魔力譲渡がどれほどの負担になるかわからない。
今回は嬉しい気持ちが優ってそこまで考えが及ばなかったが、毎日など大変なのではないか。
そう尋ねると、ヒューはたいしたことはないと言って笑った。
「俺は魔力量が多くてな。魔石獣と会話するための魔力くらいなら、全く問題ない」
「そう……なんですね。それじゃ、お願いできますか?」
「ああ」
こうして、エディスは仕事に入る前に、ヒューから魔力譲渡してもらえることになった。なので、魔石獣たちと会話ができる。
他の魔石獣たちも会話をしたがったが、エディスはできるだけイライジャと言葉を交わすようにしている。心の距離が近づけば、それだけ慣れも進むと思ったからだ。
イライジャの魔石の回収と房の掃除は、エディスが担当している。初日は魔石を回収するだけでもかなりの時間を要したのだが、最近はそうでもない。多少腰は引けているが、回収に手間取ることはなくなった。
イライジャとも少しずつ打ち解けてきている。
彼女は多少言いづらいこともはっきり口にするし、言葉がきつい。態度もツンツンしている。が、心根は優しい。
エディスが魔石を回収したり、掃除をしている時は、それなりに距離を取っておとなしくしている。動く時は、必ず一声かける。急に動くと、エディスが驚くことがわかっているのだ。怖がらせないようにとの配慮である。
そんな彼女だから、すでに他の魔石獣たちとは上手くやっている。ランディには嫉妬されているようだが。
『お前、いっつもエディスと一緒! ずるい!』
『アタシに慣れるまでの間はしょうがないでしょ! ウォルフやドロシーやラータは、ランディこそいつもエディスを独り占めしてずるいって言ってるわよ!』
『オレサマはエディスが大好きなんだ! だからいいの!』
『よくない』
『独り占めはだめだと思うの~』
『そうよそうよ! 私たちだって、エディスが大好きなんだからね!』
ウォルフとドロシー、ラータは、イライジャの味方になってランディを責める。そうなると、ランディはエディスに突撃してくる。
『エディスーーーーっ!』
「ああああ、はいはいはい、私が悪いの! もう、ほんっとうにごめんってば!」
エディスは皆に向かって、ひたすら土下座である。その姿を見て、ヒューはゲラゲラと笑い、メイは皆をよしよしと宥める。
これが、ここ最近の魔石番の毎日だった。
そして、今日も平和な一日を終える。
「メイ、エディス、連絡事項がある」
ヒューに呼ばれ、エディスとメイは寮に向かう足を止める。
ヒューは一つ溜息を漏らした後、こう言った。
「ロランド王国から使節団が来ることになった。歓迎の夜会に出席する」
「なるほど。エディスのドレスは?」
「必要なものは全て用意する」
「わかりました。その日の魔石番の仕事は、私の方でやっておきますので大丈夫です」
「俺はギリギリまで仕事する。だが、エディスがいない分の負担をかける。悪いな、メイ」
「いえいえ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! あの! 二人で勝手に話を進めないでくださいっ!」
ヒューはまだ一を言っただけだ。なのに、メイは十を理解し、話を進めている。意味がわからない。
「なんで私が休むことになってるんですか!」
エディスの言葉に、メイがきょとんとした。
「え? だって、ヒューさんのパートナーを務められるのはエディスだけでしょう? 私は既婚者だし」
「でも私は、未婚とはいえ、へいみ……」
「お前、一応元貴族令嬢だろう?」
「え? エディスって貴族のご令嬢だったの!?」
「うわああ! メイ、その話は後でちゃんと話すから!」
内緒にしていたわけではないが、メイにはまだエディスの過去を話していなかったのだ。
眉間に皺を寄せ、エディスはヒューに尋ねる。
「こ、婚約者とかっ……そうじゃなくても、他にパートナーがいらっしゃるでしょう?」
爵位を持っている未婚の男性、そして魔石番というエリート。しかも顔がいい。スタイルもいい。性格は……貴族にしては少々雑な気はするが、それ以外はいい。令嬢たちが放っておくはずのない優良物件なのである。
だが、ヒューは首を横に振った。
「そんなものはいない。それに、よく知らん女を相手にするのは面倒で嫌だ。だからエディス、お前がパートナーになれ」
「なれって……それは、命令ですか?」
ヒューは、クイと口角を上げた。
「そうだ。命令だ」
(ああああああ! お兄様の予言が当たってしまったじゃない! 夜会でリビーたちに遭遇したら……ああああ、嫌、嫌、嫌すぎるーーーーっ)
父よりも、義母よりも、元婚約者よりも、一番もっとも会いたくないのは、異母妹のリビー。
だが、上司命令とあらば逆らえない。
エディスはガクリと項垂れ、渋々了承するのだった。