09.ヒューの提案
ヒューは、白蛇を連れたまま事務所に入る。エディスはメイの肩を借りながら、後に続いた。
(な、なんであの蛇も一緒なの!? あああああ、どうしようどうしよう! 私、蛇は超絶苦手なんですけど!)
大抵の動物は平気なエディスだが、蛇にだけはどうにも苦手意識があった。それはもう、トラウマレベルで。
前世、田舎に住む祖母の家に遊びに行った際、草むらに何やら動くものを見つけ、手を突っ込んだ。前世のエディスは、怖いもの知らずの子どもだった。
そうしたら、噛みつかれた。動いていたものは、蛇だったのだ。
幸いなことに、毒のない種類だった。しかし、大人たちが大騒ぎをし、自身も噛まれたショックで大泣きをしたしで、怖い思い出として脳に刻み込まれ、それ以来、蛇がだめになったのだ。
そして、今世でもあった。
冒険者として薬草採取に勤しんでいると、近くでガサガサという音がした。前世の記憶もあり、咄嗟に距離を取る。が、一歩遅かった。害獣認定されている毒蛇で、そいつが襲い掛かってきたのだ。ものすごいスピードで、とても避けきれるものではなかった。
エディスはその毒蛇に足を噛まれ、倒れる。毒は遅効性だが、強力である。早く処置を思うが、身体が上手く動かない。誰かいればよかったのだが、エディスはソロで活動している。
もうだめだと思った時、奇跡が起こった。冒険者が偶然通りかかり、それで救われたのだ。
前世でも今世でも蛇に噛まれた。とことん相性が悪い。
(あの蛇に罪はないけど、私、お世話できる自信がない……)
ランディの魔石に巻き付いていた白蛇は、魔石獣なのだという。
魔石獣は、一見しただけではわからない。どこで判断するのかというと、魔石を生み出せるかと、人と変わらぬ知能を持っているかどうかだ。それは、魔石番の証であるブローチをつけていれば、意思疎通ができるのでわかる……はずなのだが、魔力のある者に限定されるのが玉に瑕である。
このブローチが作成された時、魔石番になれるのは貴族だけだろうと言われていた。
貴族ならば、多少は魔力を持っているものだ。持っていない者もいるが、むしろ希少。それに、貴族なのに魔力を持っていない者など、魔石獣に認められるわけがない、という理由からそう作られた。
しかし蓋を開けてみると、ヒューは貴族だが、メイは平民、エディスは貴族の血統だが魔力はない。
「このブローチ、作り直した方がいいんじゃないか? 使えねぇ」
と、ヒューがぶつぶつ文句を言っているが、密かに同意するエディスである。きっと、メイも同じ気持ちだろう。メイも魔石獣を愛しており、彼らと意思疎通できることを夢見ているからだ。
「……お前、よほどのことがあったんだな」
「はい……」
へっぴり腰のエディスを見て、ヒューがやれやれと溜息をついた。
「それじゃあ世話もままならないだろう。仕方ない、こいつと話させてやる」
「へ?」
「がうっ! がうーーーーっ」
知らぬ間に、ランディまで事務所に入ってきていた。そして、何やら主張している。
「え? いや、そうしたら他の奴らも……」
「がうううっ! がうがう、がううーん、がうっ!」
「……仕方ねぇな」
「がう!」
がっくりと肩を落とし、ヒューが言った。どうやらランディに説得されたらしい。
「獣舎に行くぞ。あぁ、メイ、サムに了承を取ってきてくれ」
「はい!」
メイは、嬉々として事務所を飛び出していく。支えを失ったエディスはよろけそうになるが、それを支えたのはランディだった。
「がうっ」
「……ありがとう、ランディ」
ランディに支えてもらいながら、えっちらおっちらヒューについて行く。そこそこの距離を取りながら。
(獣舎に行くのに、どうしてサムの許可がいるのかしら? それにしても、ヒューってばすごいわ。首に白蛇巻き付けて平気って、どういうことよ……)
白蛇はその場所が気に入ったのか、動こうとしない。見ているだけで身震いするが、動かないだけありがたい。にょろにょろと動かれたら、今度はエディスが動けなくなる。
(魔石獣に蛇がいるなんて、聞いてないからーーーっ!)
心の中でそう叫びながら、エディスはランディにぎゅう、としがみついた。