08.新しい仲間
怒涛の勢いで走ってきたエディスを受けとめたのは、メイである。抱きついてきたエディスの背をポンポンと軽く叩きながら落ち着かせ、何があったのかを聞き出そうとする。
「エディス、どうしたの? ものすごい悲鳴をあげていたけど」
「てっ……敵がっ」
「敵? 敵って?」
ここは魔石獣を管理する森で、許可された人間しか立ち入ることができない。とはいえ、間違って入り込む者も皆無とは言えないし、魔石獣を盗もうとする不届き者が忍び込むこともなくはない。
ここで「敵」というのは、そういうものを指す。
「誰か忍び込んだの? もしかして、ランディの魔石が奪われたとか?」
そう言ったすぐ後で、メイは考え直す。
(……それはないわね。エディスって、こう見えて強いもの)
見た目は華奢だし、容姿もどことなく品がある。姓がないので平民だろうが、それでもいいところのお嬢様といった感じだ。
しかし、彼女は冒険者をしていた。ランクはそれほど高くはないが、ただのお嬢様に冒険者は無理だ。害獣などの討伐依頼はほとんど請け負っていなかったというが、ある程度は戦えないと冒険者などやっていられない。パーティーを組むならまだしも、エディスはソロだったそうだから。
そんな異色の経歴を面白がって、一度ヒューと手合わせをしたことがあった。その際、負けはしたけれど、なかなかいい勝負をしていたのだ。
(まぁ……ヒューさんは、かなり手加減していたでしょうけど)
だが、それはエディスもわかっているだろう。なにせヒューは、皇太子付きの護衛にスカウトされるほどの実力を持っている。そのことは、すでに彼女も知っているのだから。
しかし、それを踏まえてみても、エディスもそれなりに腕が立つのは素人のメイでもわかったし、ヒューも驚いていたほどだ。
そんなエディスが、そういった敵を目の前にして、逃げ帰るようなことをするだろうか。
「エディス?」
「そ、そうじゃなくて……」
「そうじゃない? でも、敵なんでしょう? ヒューさんが撃退してるの?」
エディスの悲鳴を聞き、ヒューがすぐさまそちらへ向かった。それはもう、すごいスピードで。
だから、仮に魔石獣を害する者が入り込んだとしても、ヒューが戦うだろうし、エディスもそれに加わりそうなものだ。
(エディスは、魔石獣たちをとても慈しんでいるものね)
狭き門を突破してせっかく文官になったというのに、動物の世話係というのは大抵嫌がられる。魔石番が高位の仕事と位置付けられてはいるが、人気がないのは周知の事実である。
それでも、エディスはどんな仕事も嫌がらずに積極的に行っている。むしろ楽しそうに。
そんなエディスだから、魔石獣たちもすぐに彼女に懐いた。その筆頭がランディだ。
「ち、違うんですけど、あの、天敵が……」
「天敵?」
全く意味がわからない。
どうしたものかと悩んでいると、ヒューがランディとともに戻ってきた。
「あ、ヒューさん! いったい何があったんですか? エディスがさっきからずっと震えているんです」
メイがそう言うと、ヒューが大袈裟に肩を竦める。
「エディスがそこまで怯えるとはな。エディス、諦めてこっちを向け!」
「っ!」
エディスがビクビクしながらヒューの方を見ると、そこには彼女の天敵がいた。ヒューの首に巻き付いている。
「ひぃぃぃぃっ!」
「きゃあああっ! ヒューさん、首! 首!」
そういった状態なので、メイも思わず後退りながら叫ぶ。エディスは再びメイに抱きつき、顔を背けた。
「……ったく。そんなに怖がってやるな。別に毒なんてない……のか?」
言ってから、はて? といったように首を傾げるヒューは、首に巻き付いている白蛇に尋ねる。
「お前、毒は持っているか?」
「シューッ シュシューッ」
蛇から息のような音が聞こえ、エディスは腰が抜けそうになる。だが、メイは目を大きく見開き、小さく手を叩いた。
「なるほど、そういうことですか」
「そういう……こと?」
エディスが涙目でメイを見上げると、メイはにっこりと笑いながらこう言った。
「あの蛇、魔石獣ですよ」
「え、ませっきっ……」
「こいつ、毒は持ってるそうだ。本気で攻撃する時は、噛みついて毒を注入して敵を倒すって」
「シャーーーーーッ」
クワッと大きな口を開ける白蛇を見て、エディスは完全に腰が抜けてしまったのだった。