06-2.魔石番の仕事(2)
魔石番の朝は早い。
日の出とともに起床、作業着を着て向かうは獣舎である。そこで、各魔石獣の寝床を掃除し、食事の準備をする。魔石獣たちが食事をしている間に、彼らが生み出した魔石を回収し、倉庫へと運ぶ。彼らの魔石は様々な色をしていて、しかも日によって違ったりする。それを、色別に分ける作業もあった。
魔石獣たちは、自分の寝床の決まった場所に魔石を置く。だから、魔石番はその魔石を回収するだけでいい。
しかし、最近のランディは勝手に獣舎を抜け出し、いろんな場所に魔石を置くようになったのだ。宝探しを一緒に楽しんでいるんだろう、とはヒュー談である。ランディは、とにかくエディスに構ってもらいたいのだ。
そう言われると、むやみに怒れない。なので、エディスは文句を言いながらも、ランディに付き合っている。
獣舎には、ランディの他に、銀狼のウォルフ(落ち着きと貫禄がある)、漆黒の梟ドロシー(のんびり屋)、銀灰色の鼠ラータ(せっかちで噂好き)がいる。ランディは一応リーダーだそうだが、一番子どもでもある。
子どもなのに、何故リーダーなのか。それは、単純に個の強さ。一番強い者に従う。これは、魔石獣にも当てはまるらしい。
魔石の回収が終わったら、当日分を含む在庫チェックだ。魔石は重要な資源なので、厳重に保管されている。しかし、数に相違がないか、毎日必ず確認するのだ。
それが終わったら、出庫依頼に応じた魔石を用意したり、日々細々と発生する書類仕事が待っている。魔石獣の世話以外は、普通の事務仕事とそう変わらない。
エディスは前世でも似た仕事をやっていたし、元々几帳面でこういった仕事に向いている。ここでの事務仕事はあっという間にマスターし、苦手なヒューをよくサポートしていた。
同じ立場の仕事仲間は、先輩であるメイただ一人。魔石番は、上司であるヒューと、先輩のメイ、そしてエディスの、たった三人だけの部署だった。
「私が入るまでは二人でやってたのよね……。休みなんてあったのかしら? 事務仕事はメイに丸投げだったんだろうなぁ……。ヒューは大雑把すぎて、任せると二度手間になるし」
エディスが魔石番になって、およそ一ヵ月。メンバーがたった三人しかいないので、どうしたって関わりは深くなる。普通なら、仕事仲間の人となりを把握するまでもっと時間がかかるだろうが、すでに大体は把握できるまでになっていた。
ここの責任者であるヒューは、決断力があり、何事にも対応が早い。魔石獣の言葉を理解できるので、何かあった際にも頼りになる。これだけを見れば理想的な上司なのだが、欠点もあった。
書類などは適当で大雑把。片付けも苦手なようで、机の上は常にいろんなもので溢れかえっている。それらが雪崩を起こすことも多々あった。エディスはそれがどうしても気になり、片付けてもよいかと聞くと、いいと言われたので、ちょくちょく片付けるようにしている。
先輩のメイは、しっかり者の母親だ。戸建ての寮に、夫と娘の三人で暮らしている。メイの夫であるサムは、魔石番で管理する馬の世話と、畑で作物を育てている。
こんな森の中なので、作物や調味料等の食品の支給はちゃんとあるのだが、馬番だけでは時間を持て余すので、まだ幼い娘のエミリーの世話をしながら畑仕事もしているのだ。自給自足分だけなので、収穫したものは皆で消費している。
サムの作る野菜は味が濃厚でとにかく美味だし、彼はメイが鍛えたおかげで料理もできるので、昼食を差し入れてくれたりもする本当にできた夫だ。エミリーも皆に懐いていて、とても愛らしい娘である。
そして、エディス。エディスにも戸建ての寮が与えられた。
ヒューの家より小さめだが、それでも十分である。部屋数も一人にしては多くあるし、生活魔道具も充実していて不便はない。森の中とはいえ、コンロを捻れば火がつくし、蛇口を捻れば水や湯が出る。冷蔵庫もあるし、必要な調理器具も揃っている。浴室もあり、冷暖房も完備されている。なんて贅沢なのだろうか。
(前世では、電気やガスがないとどうにもならなかったけど、この世界は魔石と魔道具があれば、どこにいても生活に不便はないのよね。これってすごいことだわ……)
ここで不便なのは、買い物くらいだろうか。とはいえ、欲しいものがあれば取り寄せればいい。どうしても急ぐものだったり、気分転換に出かけたい時は、申請すれば転移門を使って皇都に行くことも可能だ。
こう考えると、他の同僚たちが言っていたように、この職場は「ハズレ」ではない……とエディスは思っている。
「がうっ! がうがうっ! がおーっ」
「ああ、はいはい。ここね」
ランディの強い主張に、エディスは苦笑いを浮かべながらその場所を覗き込んだ。
「相変わらずランディの魔石は大きいわね! そして、今日は白なのね。綺麗! ……って、あれ?」
ランディが隠していた白い魔石に、何かが巻き付いている。回収するには邪魔なので、解こうとした途端それは動いた。
「い、い……いやあああああああっ!」
エディスの悲鳴が、辺り一帯に響き渡った。