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第十三話 ほっ。 

10   その日ふたり目の人間


「まて、みなのもの」


 おり立ったてんぐさまは、すぐさま声をかけました。

 輪がとけて、おおかみ男も人間も戦闘たいせいをとるのをやめました。

 どうやらにらみあっていただけで、まだ戦ってはいなかったようです。

 それでもきゅうびは、てんぐさまにいわれたとおり、人間のおとなとコトミちゃんのあいだに立って、コトミちゃんを守ろうとしていました。

 てんぐさまはききました。


「コトミちゃん、あのひとはコトミちゃんのお父さんかい?」

「ちがいます」


 コトミちゃんはみじかく答えました。


「人間よ。われらはおぬしらが妖怪とよぶそんざい。そしてわたしはこのやまのおさ、てんぐだ。知ってここにきたのか、それとも知らずに迷いこんだのか。おぬしがわしらをきずつけるというなら、あいてになろう。しかし、きずつけるつもりがなく、ただ迷いこんでしまっただけなら、このやまでのきおくをけしてから、おぬしらの世界へと帰そう。きがいはいっさいくわえないとやくそくするが、どうだ?」

「てんぐさま」


 その男はひれふしました。

 よく見るとその男、迷いこんだ人間のおとなは、さんがく信仰の宗派にぞくする、修行僧のかっこうをしていたのです。


 その男にとっては、てんぐさまは神さまだったのです。

 おおかみ男も、輪をつくっていたやまのお友だちも、目の色が変わりました。

 なあんだ、悪いやつじゃなかったのか。

 みんなそう思いました。

 てんぐさまが


「人間よ、頭をあげなさい。どういういきさつでこのやまにきたのか、教えてはもらえぬか?」


 と、声をかけました。


「はい。じつは……」


 頭をあげて話しはじめた人間のおとなは、話し声よりも大きな音を鳴らしました。

 ぐううううううっというおなかの虫の鳴き声です。

 やまのお友だちは、みんなわらいました。

 人間のおとなも、きまりが悪そうに頭をかきました。

 おにババ食堂に場所をうつして、話すことにしました。


「わたしが信仰している宗教では、さんがく修行をする修行僧というものがいます。わたしもそのひとりです。三か月間、やまに入って、からだとこころをきたえます。食べ物は、山菜や果物、野生の動物などです。そうすることでやまの神といったいになり、霊力をつけ、一人まえの僧になるのです。

 わたしはいま、二か月、せいかくには五十八日、やまで修行していたのですが、なさけないことに、一週間、なにも食べることができなかったのです。足がふらつき、目がかすみ、しかしこれも修行のうちと、木から木へとびうつっていたとき、目測をあやまってえだをつかみそこね、地面におちて気を失ってしまいました。

 目がさめて、あたりをみわたすと、やはりやまのなか。ああ、わたしは気を失っていたんだと、立ちあがりまた修行をさいかいしようとしましたが、はらがへってはらがへってちからがでないのです。とりあえずなにか食べよう、とにかくなにか食べ物をさがそう。そう思って歩いていると、おおかみがいたではありませんか。よし、あのおおかみを食べよう。わたしはあとをつけて、おおかみがすきをつくるのを待っていました。しかしおおかみはなかなかすきを見せてはくれません。おおかみは歩きます。わたしはそのあとをつけていきます。そうしていると、いつのまにか、いくつかの家や、畑らしきものがでてきたではありませんか。

 わたしははらがへりすぎて幻覚を見ているのではないかと思いました。それか、あのおおかみはじつはいぬで、やまのなかからどこかの村にまでおりてきてしまったのではないかと思いました。それでは修行になりません。わたしはおおかみのあとをつけるのをやめて、森に帰ろうと思いました。

 するとなんと、おおかみはおおかみからむくむくと大きくなって二本足で立ちあがり、人間の言葉を話しはじめたではありませんか。これにおどろかない人間はいません。わたしは声をあげました。それに気がついたおおかみは、くるりとふりむくと、人間だ、みんな、やまに人間がきたぞ、とどなりました。それをきいたものたちがなんにんも集まってきて、ぐるりとわたしのまわりをとり囲み、わたしは戦わなければ喰われてしまう、そう思ったのです」


 おにババのつくった料理をたいらげてから、人間のおとなはそういいました。

 まどからは、へりからはんぶんくらい顔をだして話をきこうとしている、人間というめずらしいいきものをひとめ見ようとしている、ばんざいやまのおとなたちがわんさかといます。

 みんな仕事はほっぽらかしているのです。

 子どもたちは、おとなたちの足もとをすり抜けてさいぜんれつにいきます。

 まえに人間がやまにあらわれたのは、子どもたちがうまれるまえなので、おとなたちよりも興味しんしんです。


 なかにいるのは、人間のおとな、てんぐさま、おにババ、きゅうびにコトミちゃんの五人です。

 正確にはふたりの人間と三人のお友だち、ですけどね。


 コトミちゃんも、ばんざいやまのお友だちがめったに見ることのできない人間の子ども。

 そとにほうっておくわけにはいきません。

 きゅうびはそとで待たせてもいいかもしれないとてんぐさまは思ったのですが、コトミちゃんが落ちついていられるようにと、そばにおいたのです。


 きゅうびは、人間の話すことばのなかにはじめてきく、意味のわからないことばがまじっていたので、半分以上なにをいっているのかわかりませんでした。

 でも、おおかみ男を食べようとしたというぶぶんは理解できたので、はらがいっぱいになったこの人間がいつおそいかかってくるかもわからないと、いつでもコトミちゃんを連れてにげられるように準備していました。


 きゅうびはけいかいしんをといてはいませんでしたが、てんぐさまはすっかり安心したようです。

 男がおにババのさしだしたお茶をのんで、ひと息つくさまを見て、


「一週間ぶりの食事は、どうだ?」


 とやさしくききました。


「はい。まんぷくです。こんなにおいしいごはんは、うまれてはじめて食べました。てんぐさまもおにババさまも、ごちそうさまでした。ありがとうございます」


 男は頭をさげました。

 くり返しになりますが、この男にとっててんぐさまは神さまなのです。


「でも、わたしは修行がまだたりません。こうしておにババさまのほどこしをうけてしまいました。ほんとうは、三か月の間、自分で食べ物をどうにかしないと、一人まえの修行僧とはみとめてもらえないのです。いや、お気になさらないでください。わたしが悪いのです。くうふくに負けてしまいました。それに、おにババさまの料理、とてもおいしかったです。禁をやぶってでも食べる価値のある料理でした」

 人間の男は、ちゃんと頭をさげて、おにババにもちゃんと礼をいって、すっかりやさしい顔になりました。これではきゅうびも、この人間は悪い人間ではないんだと、思わざるを得ません。男は続けました。

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