13.1 ネイサンの気持ち
シャドウルに腕を持たれているリオナは、無抵抗のまま運ばれる。
「リオナ!!」
運ばれた先は、アルフォンス達の元だ。ブライスも立ち上がっている。
ブライスの頬に殴打の跡があった。しかしリオナはそのことよりも、役目を果たしたと消えていくシャドウルにすがる。
「ダメッ」
シャドウルを生み出したのは、ササラだ。そのシャドウルが消えてしまったら、もう二度とササラに会えないような気がした。
シャドウルは、気の抜けるような鳴き声を上げながら地中へ入っていく。
「なんで……なんでよ、ササラ……」
ガクッと肩を落として落ちこむリオナを見て、アルフォンスらは何かあったのだと察した。
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まだ地震が発生していなかった頃。
結婚適齢期の令嬢がいる貴族の関係者らから、ネイサンは逃げていた。
(ここなら見つからないかな)
路地裏に逃げこみ、一息つく。
黎明の疾風団は、今や誰しもが注目するパーティーになった。一時はアルフォンスの身分がばれて敵意を向けられていたが、マオゲヌ山の噴火はそれ以上の脅威だ。そしていつ噴火するかわからないから、恐怖を払拭するために娯楽のような対象になってしまっている。
(ふう……そろそろ)
人がいない方へ進もうと思ったが、逃げ回っているリオナを発見した。リオナが近付いた時、ネイサンは迷わず路地裏へ引きこんだ。
「しっ。今は黙って」
リオナの顔が表から見えないように、ギュッと抱きしめる。
(あ、やばいかも)
蓋をしたと思っていた感情は、こうして腕の中に愛しい存在がいるとすぐに溢れ出す。
今リオナを助けられるのは自分だけ。そんな欲望も出てきてしまう。
(早く、早くいなくなれっ)
ネイサンが自分の欲望と戦っていると、表の人々はいなくなった。
「……行ったみたいだ。急に抱きしめて申し訳ない」
「い、いいえっ。ブライス様はわたしを助けて下さっただけなので」
リオナが礼を言ってくれる。しかし次の瞬間には、ネイサンの周囲を窺っていた。
(……ああ。やっぱりアルには敵わないな)
リオナの心は、もう決まっているのだろう。
「アルは今も、テフィヴィの様々な場所で修繕をしているよ」
「あ、そ、そうなんですね。アルフォンス様も大変だ」
リオナが、アルフォンスを捜していたとなぜばれた、というように顔を真っ赤にしている。
衝動的に抱きしめてしまいそうで、そうしないために半歩後ろへ行く。
それから何度も、リオナのアルフォンスに対する気持ちが見えた。その度に胸が苦しくなり、思わず気持ちを言ってしまいそうになる。
(おれの幸せは、アルが笑顔でいること。だからこの気持ちは、絶対に伝えてはいけない)
悩んだあげく、まるで気にかけてほしいと言わんばかりの言葉を告げてしまった。このままリオナといると、それ以上のことを言ってしまうと思った。
だから、リオナと一緒に路地裏を出る。リオナを警護していた警吏が近くに来ていたことを確認した。また追われ始めたことを幸いに、ブライスはリオナから離れる。
「ブライス卿! こちらですわ!」
また逃げていると、モニカに呼ばれた。そこはハルトレーベン邸で、門から入ってすぐの壁の裏に隠れた。ネイサンを追いかけてきた面々は、門衛に阻まれて諦めたようだ。
「お互い、大変ですわね」
「ハルトレーベン嬢も大変だね。あれから家の方はどう?」
「おかげさまで、ようやく普通の家族になろうとしていますわ」
曰く、ハルトレーベン夫妻は初めての大喧嘩をした後、夫婦仲が深まったらしい。遠慮ばかりだった関係から、何でも言い合える間柄になったようだ。
モニカへ正式に謝罪もあり、ハルトレーベン夫人は夫からの信頼を勝ち取るべく、従者教育に熱心になっているという。
「お母様も、年相応の格好をするようになりましたわ。お父様も、お母様をきちんと見るようになった。だからか、両親の仲は今が一番熱いように思えますわ」
「ハルトレーベン嬢に新しい弟妹ができるかもしれないね」
「弟妹……そ、そうですわね。お母様の年齢的には難しいかもしれませんが、可能性はありますわ」
ネイサンからの話題提供に、ポッと顔を赤くした。
(……ハルトレーベン嬢を好きになれたら、ほとんどの問題が解決するんだろうな)
ネイサンからの視線を受けたのだろう。モニカが不思議そうに首を傾げる。
門の外の様子を確認して、ネイサンはモニカから離れた。
(……これで、アルの幸せが確保された)
リオナがアルフォンスへ告白した。その先のことは聞きたくなくて、ネイサンはリオナ達から少し距離を置く。
「ネイサン!」
「……良かったな。初恋が叶ったじゃないか」
「リオナには、返事を保留にしてもらってる」
「は? 意味がわからない。両思いになったんだ。なぜ保留にする!?」
「忘れたの? ぼくは、ネイサンの気持ちを蔑ろにしたくないって」
それはアルフォンスの優しさだとわかっている。しかし告白する前に振られるとわかっている今、その優しさは残酷だった。
「ふざけるなっ! 両思いに踏み出せない理由におれを使うな!」
「なっ……別に、そんなんじゃない! ぼくは、ネイサンの幸せを願って」
「は? おれの幸せ? おれの幸せは、お前が笑顔でいることだ! それ以外はない!」
清々しいほどの敵前逃亡。告白して振られる痛みよりも、アルフォンスが幸せになることを選んだ。
(……そう。これが、おれの真理だ)
改めて自分の考えに気づいてから、アルフォンスに暴言を吐いたと自覚する。
「……他の門の様子を見てくる」
「ネイサン! 待てっ、一人で行くなっ!」
アルフォンスの声を無視して、ネイサンは黎明の疾風団から離れた。
「ネイサン」
その後、テフィヴィの街が混乱している中、リオナを恨んでいるというササラが現れた。近づいてきたことに警戒したが、ササラの計画を聞く。リーラベルグにいる弟達に避難するように言ってから、ササラの計画に乗ることになった。
危険な人物を見張る、という気持ち。
アルフォンスがネイサンを気にして両思いになれないのならいっそ、鉱魔となって討伐された方がいいのでは。という、気持ち。
そんな二つの気持ちを持ちながら、ササラに従った。
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第十三話。長いエピローグだと思っていただければ。
……長いとエピローグと言わないかもしれないですが、ここではそういうことでお願いします。




