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2.2 失態の結果②

少し長めの文章量です


「ああ……こんなに酷い目にあって。ぼくがもっと早くリオナを見つけてさえいれば、こんなことには……誰にやられた?」

 抱きつかれた後、リオナの顔を覗くように両頬を触られる。突然の出来事と、急変した態度に戸惑う。どうすればいいのかわからず、自然と体が震えた。

「こんなに震えるほど怖い体験だったんだね。今は無理に言うことないよ。これから結納金を持参して、リオナを解放する。そうしたらもう、リオナは酷い目に遭うことなんてない。怪我をしたらすぐにぼくが治療するし、色んなものからも守るから」

 がしっと、強く抱きしめられる。否、抱き締められる。息をすることすら苦しい。

「アル! 一回離れろ!」

「ネイサンはぼくの気持ちを知っているのに、リオナから離れろなんて、よくそんな酷いことを言えるな? 十年間会いたかったリオナが目の前にいるんだぞ? 離れられるわけがない!」

「いや、だからっ! リオナ嬢の顔色が悪いから、一回離れろって」

 半ば強引に、ブライスによってリオナは男性から解放された。ようやくまともに呼吸ができるようになったリオナは、瞬時に男性から距離を取る。

「リオナ、ごめん。苦しませたかったわけじゃないんだ。リオナと会えたことが嬉しくて」

「……アル。とりあえず落ち着け。その場を動くな」

 男性は、ジリジリとリオナに近づいてきている。リオナと男性の間に入るようにしてブライスが立つ。

「アルの反応からして、リオナ嬢が十年前に出会った相手だとわかった。でもまずは、自己紹介だろう? この部屋に入ってきたときはアルのことを紹介できなかったんだから」

 ブライスの言葉にハッとなった男性は、しゃきっと背筋を正す。

「アルフォンス・アドルフ・アディントンだよ。年は十八、白魔術師をしている冒険者だ。よろしく、リオナ」

「は、はぁ……あの、わたしはなんて呼んだらいいですか」

「アルフォンスと。アルでも良いけど、それだとネイサンと同じになっちゃうからね。アルフォンスって、リオナの張りのある声で長く呼ばれたい」

「は、はい。では、アルフォンス様と呼ばせてもらいます」

「んっんー、呼び捨てが良いけど、その呼ばれ方も捨てがたい!」

 上機嫌だ。にこにこと笑っていて、アルフォンスはとても幸せそうに見える。

「よし、とりあえず終わったな。おれも改めて。おれはネイサン・ブライス。ネイサンでも、今までのようにブライスでもどちらでも構わない」

「ネイサンはブライスで! リオナに名前を呼んでもらうなんて許さないから」

「……心が狭い男は嫌われるぞ」

「えっ!? リオナ!! ぼくのこと嫌い!?」

 リオナの元へ駆け寄ろうとしたアルフォンスを、ブライスが止める。体格の違いで全く抜け出すことができず、ネイサンの腕の下でジタバタとアルフォンスが暴れていた。

「……えぇと……」

「リオナ嬢。正直に言ってくれていい。こいつには今の状況をはっきりとわからせたい」

「は、はい。わかりました。えぇと、正直な気持ちを言いますと、恐ろしいです。さっきまで名前も知らなかったのに、過剰な接触は恐怖です。あと、目の周囲の治療がされた瞬間に態度が変わって、怖いです」

「三回も言われた! そうか、でも……そうだね。ごめん。ぼくはずっとリオナに会いたかったけど、リオナはそうじゃないもんね」

 しゅん、とアルフォンスが悲しそうな顔をした。そんな顔をさせたかったわけではないため、慌てて弁解する。

「あ、あの、でも、こ、怖いというだけで、別に嫌いというわけではないです」

「本当に!?」

「は、はい。その、アルフォンス様は人としては良い方だと思います」

「人として、かあ……。そうだね。まずはそこからだ」

 リオナの話で納得してくれたらしい。ブライスから離れて椅子に座り直したアルフォンスは、隣の席にリオナを手招きする。

 隣に行くべきかとブライスを見ると、力強く頷かれた。失礼しますと言いながら、アルフォンスの隣の椅子に座る。

 するとすかさず、アルフォンスがリオナの目を真っ直ぐに見ながら聞いてきた。

「リオナに酷い目に遭わせた奴を殺……いや、死…………痛い目………………文句を言いたい。誰にやられたか教えてくれる?」

 何度か言葉を言い換えたが、アルフォンスの中では怒りが収まっていないらしい。眉間に皺を寄せながらリオナには笑顔を見せるという複雑な表情で聞いてきた。

「えぇと……確か、アルフォンス様はゆいのう金というお金でわたしを自由にしてくれるんですよね?

「そう!!」

「それなら、それで問題ないです」

「……ちなみに、リオナ嬢は結納金はどういうものか知っているか」

「どういう……?」

 リオナが首を傾げると、ブライスはどこか気まずそうに微笑む。

「結納金はね、ぼくとリオナが一緒にいられるお金!」

「一緒に……わたしを、オルゴーラ工房から連れ出してくれるということですよね?」

「そう。リオナを助けるよ!」

 リオナは一度ブライスを見て、アルフォンスに視線を戻す。

「ん!? どうして今、ネイサンを見たの!?」

「あの、アルフォンス様。オルゴーラ様から、ブライス様を籠絡してでも工房へ出資させろと指示を受けているんですが」

「籠絡!? 駄目駄目! リオナはネイサンに渡さない!!」

「いえ、目的はそこではなくて、工房への出資を求めているんです。それが、ゆいのう金ということで話を通せないでしょうか」

「通す!」

 工房へ向かう準備をしてくると、アルフォンスが慌ただしく部屋を出ていった。

 ブライスと二人きりになったリオナは、カールト隧道で出会った後のことで頭を下げる。

「ブライス様。カールト隧道ではありがとうございました」

「あの時はびっくりしたよ。デューオルチョインを瞬殺していた子が、急に倒れたから」

「あの後、わたしが持っていた鞄も一緒に届けてくれたんですよね?」

「ああ。工房主の隣にいた男に渡した」

「良かった。あの鞄、ちょっと古いんですけど、五年前に亡くなった方から頂いたものなんです。オルゴーラ様の隣にいたということは、今朝の様子からするとオトコルさんかな? 戻ったら確認してみます。それで、あの……話は変わるんですけど、ブライス様は工房で話していたときと比べて、話し方が違うような気がするんですが」

「ああ、まあね。そこはほら、人前では一応ちゃんとするよ」

「なるほど。それなら今の話し方の方が本来の話し方なんですね」

 話していると、アルフォンスが戻ってきた。小さな箱型の鞄から、重たそうな布の袋を引き出す。

「あ、こら、アル! 容量箱から出すな」

「リオナ! これがぼくの気持ちだ!」

 容量箱という言葉も気になる。そうか、あれがたくさん物が入る容量箱か。小さいからジャッジベアに四回会いに行ったのだろうか。

 そんなことを思ったが、リオナの目はアルフォンスが引き出した布の袋の中へ向けられている。

(……うそ。一回ぐらいしか見たことがない黒紙幣がたくさん。それに、その奧には噂でしか聞いたことがない青紙幣まで……)

 ふらふらと、アルフォンスが持つ布の袋に近づく。重たそうということは、貨幣の中で一番大きな大鉄貨もたくさん入っているのだろう。

「百万ガルドある。本当はもっと貯めたかったんだけど、容量箱の大きさが小だから、これしか貯められなかったんだ」

「……わたしに、こんな大金の価値ありますか」

「ネイサンから結納金は月の収入の二、三ヶ月が妥当だって言われたけど、リオナの価値はそんなもんじゃない。もっとだよ」

「あ、ありがとうございますっ……」

 自分は無価値じゃない。そう言ってもらえて、リオナは思わず泣き出してしまった。

 そんなリオナを見て、アルフォンスは抱きしめようとした。しかし怖いと言われたばかりだったため、自制する。

「……住まわせてもらっているとはいえ、今まで無償で働いてきました。誰からも感謝されず、準備をしても遅いと罵られ、オルゴーラ様の機嫌によっては暴力を振るわれて……」

 一度泣き出してしまうと、堰を切ったように涙が溢れてくる。ブライスがリオナを労るようにぽんと頭を撫でてくれるものだから、さらに涙が溢れた。

 ようやく泣きやんだのは、せっかく治療してもらった目が涙のせいで赤く腫れる頃だ。

 治療してくれようとしたアルフォンスを、ブライスが止めた。



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