12.3 黎明の疾風団の人気
少し長めの文章量です。
マオゲヌ山が噴火するかもしれない。そのことが周知されてから、テフィヴィの街はどこかどんよりとした空気を纏っていた。
そんな中、リオナの周囲には将来の注文予約をしに来る人が殺到している。
「今年の研磨師試験に挑戦するのか」「あんたが噴火の可能性を発見したんだってなあ」「将来はどこで工房を持つんだ」「君を専属の研磨師にするにはいくら支払えばいい?」「ふざけんなよ、お前。専属なんてなったら」
「わたしは、ノキアでお店を持つ予定です!! 専属にはなりません!!」
噴火するか、しないか。どっちつかずの状況では人々の身体的疲労も溜まるらしく、小さなことがきっかけで諍いになることがある。
リオナはそんな面々へ将来のことを叫び、人混みの中から抜け出た。
言い争いをしていた人達は、リオナがいなくなったことに気づいて追いかけてくる。どこへ逃げればいいのかわからず闇雲に走っていると、路地裏の方からさっと手を引かれた。
「しっ。今は黙って」
まるで路地裏で愛を育む恋人同士のように抱きしめられ、リオナは思わず叫びそうになった。しかし聞こえた声がブライスのものだったため、人の波がなくなるまで待つ。
「……行ったみたいだ。急に抱きしめて申し訳ない」
「い、いいえっ。ブライス様はわたしを助けて下さっただけなので」
さっと離れたブライスに頭を下げ、アルフォンスはいないのかと周囲を窺う。
「アルは今も、テフィヴィの様々な場所で修繕をしているよ」
「あ、そ、そうなんですね。アルフォンス様も大変だ」
(……そんなにわかりやすいかな、わたし)
アルフォンスのことを捜す癖がついてしまっている。そしてそれが、周囲に筒抜けになってしまっていた。それが恥ずかしくて、リオナは火照った頬を手で仰ぐ。
そんなリオナを見るブライスの顔は、路地裏という場所のせいか。それとも夕方だからか。陰っていてよく見えなかった。
「……アルは、かつての近衛に守られながら街の修繕をしているんだ。そろそろ宿に帰る頃かもしれない」
「そ、そうなんですね」
「アルが、今回のことで王族だとばれてしまったからね。リオナ嬢への紳士的な対応や、その後の修繕作業がアル本人への好感度を上げたらしい」
「へ、へぇ……。アルフォンス様は優しいですもんね。人となりがわかれば、誰にでも好かれると思います」
発言しながら、リオナは苦しくなった胸を掴む。
(……アルフォンス様に気持ちを伝えていないから、わたしが嫉妬する権利なんてない。ないけど……)
ブライスには以前、恋とは何かを聞いた。だから何となく、アルフォンスへの気持ちを隠さなくて良いかなと思ってしまっている。
「……リオナ嬢は? アルのこと、どう思ってる?」
「へぇぃっ!? え、えーと……そ、その、とても素敵な方だと思います、よ?」
突然の質問に変な声を出してしまったが、その質問に答えているだけなのに体が熱くなってしまった。両手で顔を仰ぎながら、路地裏を出ようとする。
「あ、あれ? まだ冬なのに暑いですね?」
「……リオナ嬢!」
「は、はいっ」
名を呼ばれる。それがブライスらしくない強い呼びかけだったため、リオナも驚いて振り返った。
しかし、ブライスは何か言いたそうな顔をしているのに、何も言わない。まるで言葉を探しているように見える。
「……リオナ嬢。アルにはリオナ嬢が必要だ。もしおれがいなくなっても、アルと一緒にいてほしい」
「それは当然です。けど……どうしたんですか、ブライス様。アルフォンス様と一緒にいるのは、ブライス様だってそうですよね? 今はモニカもいますし、まだまだ黎明の疾風団として活動したいです」
「あ……いや、そ、そうだね。こんな所にいつまでもいないで、宿へ戻ろう」
「は、はい……」
ブライスの様子がおかしい。まるで、何かつらいことがあって、それが耐えられなくなったかのように感じる。
何かあったのなら話してほしい。そう伝えようとして、ブライスは結婚適齢期の令嬢を持つ貴族の関係者に追われてリオナの元から離れた。
リオナもまた誰かに追いかけられるかと思ったが、逃げてきた集団の中に置いてきてしまった警護担当の警吏がリオナを発見する。その後はまた警吏がリオナの周辺を警戒し、宿まで送ってもらった。
モニカもモニカで、生家がハルトレーベン家であり、あの容姿だ。これまで外へ出る機会がなかったために注目されていなかったが、今や冒険者となっている。溌剌とした健康美人は、嫁いでもらいたい貴族が多くいるだろう。貴族だけでなく、冒険者や庶民にも、モニカの熱心な支持者がいると聞いた。
「お帰り、リオナ。今日も大変だったみたいだね」
「アルフォンス様こそ、お疲れ様です」
黎明の疾風団は、今や注目の冒険者となってしまっている。それは四人の容姿や、リオナの戦い方、研磨技術、アルフォンスのリオナへの対応等々。人々の注目を常に集めている状況だ。男女で分かれて二部屋取っていたが、女性側へ侵入者が出るという騒ぎも起きた。
そんな状況のため、黎明の疾風団はテフィヴィの宿の大部屋にパーティーで宿泊している。とは言っても部屋は二部屋あり、二部屋の間には食事を取ったり話し合いをしたりできる部屋があった。再び侵入騒ぎもあったが、男性陣がすぐに駆けつけられるような場所にいると知られてからは落ち着いた夜を送れている。
部屋にはバルコニーもついていて、時々モニカとブライスが何かを話していた。
が、今はまだ二人とも宿に帰ってきていない。
(……モニカに指摘された。ブライス様にも、ばれてしまっている。それならいっそ、今言っちゃう?)
ブライスと路地裏で話したことを思い出し、顔を赤くする。
そんなリオナを見たアルフォンスに、少し外の風に当たろうかと誘われた。火照った体を冷やそうと、リオナが先にバルコニーへ行く。
バルコニーから外を見ると、冬らしい冷やっとした風が頬を撫でた。後から来たアルフォンスが、リオナに肩掛けを掛けてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「リオナが寒いかと思って」
「アルフォンス様は寒くないですか」
「ぼくは、問題ない。少し、暑いくらいだ」
リオナと二人きりということを、アルフォンスも意識してくれていたらいい。そんなことを思いながら、リオナはアルフォンスを見つめていた。
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「早く、急いでっ」「この時間を逃すと、次は明日よ!」「ほら、あなたもっ」
きゃぁきゃぁとはしゃぎながら駆け足になっている少女達に促され、ササラは宿のバルコニーが見える茂みの近くにいた。ササラが混ぜられたグループの他に、いくつかのグループが全員バルコニーを見ている。
(何がそんなに楽しいのか、まったくわからないんだけど)
リオナ達一行は、貴族御用達の宿に泊まっている。片や、近づくことすらできないササラ。
「きゃぁぁぁっ」「やっぱりあのお二人はお似合いよねぇ」「はぁ……尊い」
リオナとアルフォンスがバルコニーへ出てきた。二人の姿を見ることが目的だった、茂みに隠れていた面々は一斉に声を上げる。中には、ササラには到底理解できない理由で倒れる人もいた。
裏切り者のリオナに恨みを晴らそうと機会を窺っていたら、いつの間にか不審者グループの仲間にされてしまったのだ。ササラとしては不本意だったが、今では簡単には近づけないリオナを観察する時間になっている。
(……明日、ぐらいかな)
ササラが夜空を見上げる。新月が近づく夜は、星が輝いていた。
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