12.2 デューオルチョイン
リオナがモニカと宿を出る。
「ササラ!? テフィヴィに戻ったんじゃないの」
まるで夜が明ける前から待っていたかのような顔色を思わせるササラが、宿の前にいた。
「……別に、あたしがどうしようと勝手でしょ」
「……そうだね、わたしには関係ない。モニカ。先を急ぎましょう。順調に進んでも、レヴテナ地下道は歩いて二日かかります」
ササラに構っている暇はない。早々に考えを切り替えたリオナは、モニカと一緒にレヴテナ地下道へ向かう。
ササラは、リオナに邪険にされても構わず後に続く。
レヴテナ地下道は、ロンガースとオルハルガルを繋ぐ街道だ。馬車が通れない狭さで、デューオルチョインも大量に出てくる。
だから、本来ならデューオルチョイン狩りに専念しなければいけない。
「ちょっとササラっ。冒険者でもないのに、どうしてついてきたの!!」
鉱物眼を発動しているリオナは、デューオルチョインを前にして動けなくなっているササラに怒りをぶつけながら戦っている。
「別に、あたしのことなんてほっとけばいいじゃん」
「わたしは冒険者なの! 戦う術のないササラを放置できないのはわかってるでしょ!?」
モニカの挑発にも助けてもらいながら、現れたデューオルチョインの腰の辺りについた鉱石を殴る。男のデューオルチョインから、褐色の鉱石がドロップした。
ドロップ品を拾う暇なく、湿気ているレヴテナ地下道では次々とデューオルチョインが湧いていく。
「もぅっ……前に来たときよりも数が多いんだけどっ」
アルフォンスとブライスと通ったときも多かったが、今回はそのときよりも多い。倒しても倒してもどんどんデューオルチョインが出てくる。
もしかして、プリア川の水位が下がっていたことと何か関係しているのか。そんなことを思ったが、次々と現れるデューオルチョインを討伐することで精一杯だ。
「ちょっとササラ! せめてわたしとモニカの間にいてっ」
フロゴパイトを持っていたササラの手を引き、デューオルチョインの攻撃が当たらないようにする。
前に後ろに、忙しなく移動しながら少しずつレヴテナ地下道を進んでいく。クリオライトで照らしている暇もない。
独自の技を編み出したモニカも、馬車が通れないような狭い地下道ではあまり力を発揮できていなかった。
休息時間のないデューオルチョイン狩りは、リオナにもモニカにも疲れが見え始める。アルフォンスやブライスがいない今、戦闘中の回復も見込めない。
わらわらと湧いてくるデューオルチョインがいるせいで、天幕を張って休むこともできなかった。
「……リオナ、ちょっと、これ以上は……」
「そうですよね。どうにかしないと……」
どれぐらいデューオルチョイン狩りを続けただろうか。一日中戦っていたかもしれない。目がかすむほど戦いを続けたリオナとモニカは、ササラと意識的に取っていた距離が縮まってしまっていた。
足下がふらつき、しゃがんでいたササラを巻きこむようにして転ぶ。
「っ、ササラ、ごめん。大丈夫?」
疲労の前には敵対関係なんて、あってないようなもの。子供時代のように、ササラを心配する。
リオナはすぐに立ち上がり、手を引いてササラも立たせようとした。
「ちょっと、ササラ。血が出てるじゃん」
地下道内の石か何かで切ったのだろうか。手の平越しに感じた温度のあるぬめりに、リオナがササラを心配する。
「リオナ、今はその子よりもデューオルチョインを」
モニカから言われて周囲を警戒するが、あれだけ大量に出ていたデューオルチョインが一体も出なくなった。
「なんで、急に……」
鉱魔のことはまだ判明していないこともある。それにしても、こんなに急に湧かなくなるなんてことがあるのだろうか。
考えたが、今しかないとササラの手当をしようと手を掴む。
「……もう、乾いてる?」
「あたしは血が止まるのが早いの。だから気にしないで」
ササラはリオナに掴まれた手をさっと引き、まるで身を守るかのように胸元へ持っていく。
ササラとは幼馴染みだ。昔ジェイコブと一緒にシャドウルから助け出したとき、ササラはケガをしていた。しかし、今ほど早く血は止まっていなかったはず。
疑問に思ったが、デューオルチョインが湧かなくなった今が好機と、レヴテナ地下道の先を急ぐ。
地下道を抜けるまで、ササラに休みたいと文句を言われた。デューオルチョインの襲撃の波が引いてから出てきていなかったため、モニカと交代で見張りをしながら体力を回復する。
平時であれば徒歩で二日かかるレヴテナ地下道。抜けたのは、倍の四日後だった。
それから、オルハルガルの冒険者ギルドで守護石を研磨した。オルハルガルの守護石も問題なく、リオナ達は宿で一晩休んでからまたレヴテナ地下道を行く。
不思議だったのは、オルハルガルへ向かうときにあれだけ大量に出ていたデューオルチョインが、帰りは一切出てこなかったことだ。
何かが、起きている。そう確信したリオナは、ロンガースへ戻ってギルドが手配した馬車に乗り、テフィヴィへ帰ってからアルフォンスへ報告した。
リオナとモニカがテフィヴィを離れてから十日。その間に各地の調査が進められた。ルイ島にある三つの川、及びマオゲヌ沼の水位は全て下がっている。
それからさらに十日。ルルケ国は七つの諸島群からなるため、ルイ島以外の活火山を要する島を調査した。しかし不思議なことに、水位が下がっていたのはルイ島内だけ。
マオゲヌ山が噴火する可能性はまだ拭いきれていない状態だ。むしろ、高まっている。しかしその日がいつ来るかもわからない。可能性がある以上、ルイ島の住民に警戒してもらうべき。そう判断が下され、マオゲヌ山噴火の可能性が周知された。




