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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第十一話 悪意は成功への道しるべ

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11.4 禊ぎ:水辺の三鉱魔 準備編

 そこそこ長めの文章です。


 黎明の疾風団は悪い集団ではない。それを印象づけるために、まずは受注している水辺の三鉱魔の依頼を達成することになった。

 牢屋には、黎明の疾風団と警護の警吏が四人いる。彼らは建前上監視役のため、話し合いに参加はしないが内容は聞くらしい。

「テフィヴィにいるので、水辺の三鉱魔を討伐する場所を変えないといけません」

「そうだね。監視の人達もいるし、夜を水辺で過ごすとユウトピアラも出る。対応が難しくなるから、夜はここへ戻ってこよう」

「ここから行ける範囲の川ですと、プリア川ですわ」

「あそこは比較的穏やかな川で、ヴェルセ滝もあって観光地にもなっている。一般の人がいるかもしれない」

「観光地、ということですけど、川や滝のすぐ近くまで行けるんでしょうか」

「いいや? プリア川はもちろん、ヴェルセ滝も鉱魔が出る。それらの影響が届かないくらいの距離はあったはずだ」

「なるほど。それなら問題なく討伐できそうですね」

「本当に、そうかしら」

「と、言うと?」

「わたくし達は今、街の人達から憎悪の対象として見られていますわ。だから、縄もかけられないで自由に動けたら、その場に居合わせた人に睨まれないかしら」

「あー……なるほど」

 警吏の人達を見ると、そのことを話しているようだ。ここにいる四人の警吏は、アルフォンスの元近衛。柔軟に対応してもらえているが、他の人の目があるなら難しいだろう。あくまでも投獄された集団を監視する、という役回りだ。

「水辺の三鉱魔相手に縄で繋がれた状態なんて、難しいと思います」

「三鉱魔は、コープスが司令塔だ。だからコープスを討伐できればすぐに終わるかもしれないが……」

「ウォープランカーは、コープスやウォーチャーが負けると水中に逃げてしまいます。今回の依頼は、三鉱魔のドロップ品全てを納品すること。日を跨ぐよりも、なるべく同じ日に三つの鉱石を得たいです。そうなると、ウォープランカーを先に討伐しないといけません」

 ササラが出した依頼とはいえ、依頼は依頼だ。達成しないと冒険者の評価に関わる。今、黎明の疾風団の評価が下がるのはよろしくない。

 ウォープランカー自体は、ただの陽動要員だ。しかしその陽動に引っ掛かってしまうと、ウォーチャーが水の矢を放ってくる。近距離に持ち込むと水の剣で対応されてしまうため、やっかいな相手だ。

「そうだ。わたしたちは縄で繋がれていますが、鉱魔と闘っているときにブライス様の魔法が当たって縄が切れる、というのはどうでしょう? 杖は魔法を収束させる役割があるんですよね? それを持たせたら何をするかわからないと思われるかもしれないので、あえて杖を持たずに」

「……リオナ嬢の案、使えるかもしれない。ただし、おれの魔法というよりかは、ウォーチャーの攻撃が当たる、という方が説得力があるかもしれない。居合わせた人達に鉱魔は攻撃してくるとわかってもらえると思うし、何よりその人達を庇うことによっておれ達の評価を上げてもらえるかもしれない」

「えっ……冒険者ではない人達を、危険に晒すんですか? わたしは賛成できません」

「あくまでも、そうなれば良い流れができるんじゃないかってところだ。相手は鉱魔だし、そんな簡単にはいかないと思うから」

「……ということは、わたくし達は縄で繋がれたまま三鉱魔と対峙しないといけないということですわね?」

 恐る恐る、というようにモニカが確認した。しかしその意見を聞いたアルフォンスが、警吏らを見ながら言う。

「例えばだけど、縄で繋がれた状態っていうのを、二人ずつっていうのは駄目かな」

「二人ずつ?」

「そう。四人で繋がれている方がそれらしいけど、二人が繋がれている状態でも、十分動きづらいでしょ?」

「確かに。実践したことはありませんけど、想像しただけでも動きづらそうです」

 アルフォンスの提案に、ブライスが悪そうな笑みを浮かべた。

「丁度良いかもな。憎しみを持っている相手が、苦しめば多少は溜飲が下がるかもしれない」

「そんなものですか? 誰かの苦しんでいる様子なんて、良いものじゃないと思いますけど……」

「まあ、人の気持ちなんてぼく達には計り知れないことだよ。ひとまず組み合わせを決めよう」

「あの、一応ウォープランカーが逃げてしまったときのために水中眼鏡も作っておきたいんですが……」

「そうだね。先にそっちにしようか」

 リオナ達が話していると、警吏らが水中眼鏡に興味津々のようだった。お前知っているか? いや? というようなやりとりをしている。

 そんな警吏らの様子を見ていたアルフォンスがポンと手を打ち、何かを思いついたようだ。

「ねぇ、リオナ。水中眼鏡を作るのって、外じゃ難しいかな」

「いいえ? 材料さえあればできると思います」

「それならさ、人が集まりやすそうな……噴水広場が良いかな。そこでリオナの技術を街の人に見てもらうのはどう?」

「名案ですわ! リオナはこんなにすごい技術を持っているのだと、街の人達に知ってもらいましょう!」

「今は自由に動けないが、将来のためにも良いんじゃないか」

「わたしはまだ、資格を持っていません。落ちこぼれ研磨師の技術なんて、見たいと思いますか?」

「リオナは、ただ単に資格を取れていないだけの凄腕研磨師だよ。ハルトレーベン嬢に眼鏡を作った時だって、みんな注目してたよ」

「えっ、そうだったんですね。モニカの眼鏡を作ることで精一杯でした」

「よしっ。そうと決まったらすぐに動こう。ぼく達は縄で繋がれないといけないから、リオナの容量箱は誰かにもってもらおう」

 アルフォンスの号令を持って、黎明の疾風団と警吏ら四人が動き出した。

 ささっと縄をかけてもらい、全員で外へ出る。繋がれている順番は、リオナ、モニカ、アルフォンス、ブライスだ。

 後でまとめて支払いをするということで、紐やクオーツなど必要な材料を警吏に買ってもらった。長革靴もついでに購入。すぐに布靴を卒業した。

 縄で繋がれた、黎明の疾風団。そして警吏が四人。街中で人目を引かないわけがなく、噴水広場には一定の距離を開けて人々が集まっていた。

 警吏らに連れられて噴水に近づく。噴水の土台に容量箱を置いてもらい、入手したばかりのクオーツと幅広の紐、アポフィライトを並べる。

「きょ、今日は良い天気ですね。先にモニカの水中眼鏡を作っちゃいしょう」

「お願いするわ」

 あくまでも偶然この場で作業するかのように見せるため、それらしいことを言ってみる。がちがちに緊張しているリオナとは違い、モニカは至って自然だ。

 リオナは透明なアポフィライトを二つ持った。

研磨(グラインドポリッシュ)。二段階薄く、薄く。造形(フィグレイティブ)。ステップカット、オーバル」

 リオナが詠唱を終えると、手に持っていたアポフィライトは湾曲するような形に変わった。しかし眼鏡のレンズと違うところは、湾曲部分が緩やかな階段状になっている部分。こうすることで、なるべく視界を遮らないような状態で周囲を見渡せる。

 さらにリオナは幅広の紐を眼鏡の形になるように噴水の土台に置く。

「造形。レンズに密着するように、挟む、挟む。造形。紐の端を結べるように、細く、細く」

 リオナの詠唱に合わせるように、幅広の紐がレンズを挟むように動く。密着したかどうか確認するために紐の部分とレンズを引っ張ってみるが、外れない。さらに端は、幅広の状態から結びやすい細さに変わった。

「できまし、た……」

 作業に集中していたリオナは、いつの間にかリオナの手元をのぞき込めるほど近くにいた街の人達に言葉を失う。

 リオナと目が合った人が少し距離を取ると、他の人達も距離を置いた。

「えぇと、これでモニカ用の水中眼鏡ができました」

「早速試してみたいのだけれど、リオナ。結んでくれるかしら」

「はい。噴水の土台に座ってもらえますか」

 モニカが座って眼鏡を取る。

 するとモニカと縄で繋がれていたリオナは少し前のめりになってしまった。手を動かせなくはないが、やりづらい。

「おれが結ぼう」

「お願いします」

 モニカから一番遠いブライスが、水中眼鏡の紐を後頭部で結んであげた。

「どうで、えぇっ!?」

 見え方はどうかと聞こうとした瞬間、モニカが勢い良く噴水の中へ顔をつけた。くんっと引かれてリオナが倒れそうになったところを、アルフォンスが支えてくれる。

「あ、ありがとうございます……」

 アルフォンスに礼を言うが、モニカは噴水に顔をつけたままだ。まさか息ができないのか、と思って焦って肩を引こうとした、そのとき。

「ぷはぁっ……はぁ……はぁ……。息を止めるのは、長くできないものですわね……」

 ザパァッと、勢い良く顔を上げた。

「モニカ……息を止める練習をするなら事前に言ってくれないと困りますよ」

「ごめんなさいね。ついでにやってみようと思ったの」

「まぁ、練習も必要ですけど……それで、どうでしたか」

「噴水の中でも、目を開けられましたたわ。見え方も、眼鏡をしていたときと同じだったわ」

 モニカの感想を聞いた街の人達が、わぁっと小さな歓声を上げた。思わずリオナがそちらを向くと、それぞれがそっぽを向いてしまう。

 十一年前までのことはまだ許せないのだろうが、リオナの技術は認めてもらえたようだ。

 その後、三人分の水中眼鏡を作って牢屋へ戻る。これで準備は整った。明日の朝一でプリア川へ向かう。


・-・-・-・-・


 リオナ達が噴水広場で技術演技(パフォーマンス)を行った日の、昼過ぎから夕方にかけて。

 テフィヴィの冒険者ギルドでは、多くの職員が対応に追われていた。

 冒険者だけでなく、貴族や庶民に至るまで、噴水広場にいた人々やその人らから話を聞いた人達がギルドに集結したのだ。

 元々この日は、ライトキャトルが出没した時間から、不安がった街の人達が守護石の状態を見せてくれと来ていた。そこへさらに、多くの人が押しかけたような形だ。

 黎明の疾風団の活動は? あの研磨師はどこの誰だ? あの研磨師は誰かと専属契約をしているのか?

 等々。様々な意見を纏めると、黎明の疾風団の活動を間近で見せろという用件だ。

 ギルド長のリリは、街の人達から見えないところでグッと拳を握る。そして抜かりなく、殊勝な顔をして、黎明の疾風団の歴覧行程(パックツアー)を発表した。


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