2.1 失態の結果①
少し長めの文章量です。ここから、立ち位置ヒーローのアルフォンスが出てきます。
リオナはネイサンについて行き、一軒の宿屋へ向かった。そこには、空気を入れ換えるだけの木枠に板を張った換気口がない。
(……もしかして、窓?)
ジェイコブから、聞いたことがあった。エルダリープーリスからドロップするクオーツを磨くと水晶になると。そしてその水晶は、ある程度の厚みまで薄くすると、水晶越しの景色を見れるという。
(……すごい……本物だ……)
リオナは、ついふらふらと窓へ近づいてしまう。クオーツの価値は、手の平の半分ほどの大きさで五千ガルド。ましてや窓になるぐらいの量を考えると、とんでもない高級品になる。
(指紋をつけないように……)
慎重すぎるぐらいの様子で、リオナは窓越しに外を見る。
「うわぁ……」
窓の外の景色は、リオナが先程見てきたもののはずだ。しかし晴れているからなのか、光の加減で複数の色にも見える。窓越しの街並みは、まるで初めて見た世界のようだった。
「ネイサン。本当にあれが?」
「あれ、だなんて言うなよ。証言は取れてる」
窓を見ていたリオナの元へ、ブライスともう一人来た。気怠そうな、高低の中間ぐらいの声。
「……嬢。リオナ嬢」
「は、はいっ!」
ネイサンからの何度目かの呼びかけで、リオナはようやく振り返った。
大きめの白いローブを目深に被ったその男性は、ブライスよりも小さい。リオナとそれほど身長は変わらないぐらいの高さだ。
ついじろじろと見てしまったからか、男性は怒りを乗せたような声音で話す。
「何?」
「ご、ごめんなさい」
「ぼくが小さいんじゃない。ネイサンが大きすぎるんだ」
「アル。話が進まないから、とりあえず落ち着け。リオナ嬢。ちょっと、ついてきてくれるかな」
そう言うと、ネイサンが歩き出した。この場で話せないのかと思っていると、宿屋に入ってすぐの広間にいる人たちが皆リオナを見ていた。
(……こんな高級宿に泊まれる人たちだもん。窓を見ていたら不審に思うよね)
などとリオナは勘違いしているが、実際はリオナの顔に様々な色の痣や傷痕があるから見られていた。服もボロボロで、同情するような眼差しだ。
リオナは場違いな場所にいると恥じ、足早にブライスを追う。扉の前で待っていてくれたブライスに頭を下げると、一緒にいた男性は部屋の中央に置かれた椅子に座っていた。
こぢんまりとした部屋は、オルゴーラ工房でいう所の客間のようなものだろうか。
「ここで話そう。座って」
「はぁ……」
ブライスが男性の隣に座る。残りは二人の正面の椅子二つ。
(……オルゴーラ様ですら、同じ目線は許されない。座れ、というのは床にということだよね)
一瞬迷ったが、リオナはいつもしているようにブライスの近くで両膝をついた。
「リオナ嬢!? どうしてそこに!?」
「話を聞くのならこの位置かと思いましたが、近すぎましたか。では、もう少し下がりますね」
「い、いやいや!? どうしてそんな発想に!?」
「どうしてと言われましても……オルゴーラ様が、ブライス様は貴族の方だと言っていました。オルゴーラ様よりも偉い方なら、対応も変えないといけないと思いました」
「……えーと、まあ、細かいことは良いとして、話しづらいから椅子に座ってくれるかな」
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、ブライスの正面の椅子に座る。もう一人の男性は、リオナの挙動には興味がないらしい。机に突っ伏して目を閉じている。
「えーと、まずは紹介させてほしい。こっちの……って、こらアル。寝るな」
「それがあの子のわけない。時間の無駄」
「だから、証言も取れているんだって」
「証言というのは、先程聞かれたことですよね」
リオナが言うと、男性がぴくりと何か反応した。しかしそれだけで、特に動かない。
「こいつの場合、思い出補正もあるから……仕方ない。やれるだけやってみるか。リオナ嬢。念のために聞くけど、怪我が治って不都合なことはないかな」
「不都合?」
「ほら、こう……恵んでもらえるとか」
「はぁ……特にないですね。怖がられることはよくありますが」
「んんっ」
まるで言いたいことを色々と我慢しているようなくぐもった声を出したブライスは、心なしか涙を浮かべているような気がした。
怖がられることが日常であるリオナには、ブライスの気持ちはわからない。
「それなら問題ないね。おれの力でどれだけできるかわからないけど、やってみるね」
「はい。お願いします?」
何をされるのかわからないまま肯定すると、ブライスがリオナの顔に手を向けながら口を開く。
「赤魔術師ネイサン・ブライスが命じる。世界に満ちるマインラールよ、少女の傷を癒やせ」
ブライスが詠唱を終えると、リオナの顔が温かくなってきた。マインラールの正体はわからないが、恐らく魔法を使うための材料なのだろう。そんな風に思いながら、ブライスからの治療を受ける。
「時間が経っているのか、治りが悪いな……」
「だから、時間の無駄だって。ネイサンがあの子を見つけたって言うから来たけど、この様子じゃ外で捜した方がましだね」
「待ってって。リオナ嬢がそうだって。アル、十年待ったんだから、そう焦るなって」
椅子から立ち上がった男性の腕をブライスが掴み、強引に椅子に座らせた。ブライスと男性との温度差がある。
「あの、ブライス様はどうしてそんなに熱心なんですか」
「リオナ嬢……聞いてくれる? こいつさ、十年前から初恋の子に熱心なのは一途で良いことだと思うんだけどさ、そのせいでおれもずっと恋人がいないんだよね」
「別に、ぼくに構わずにネイサンも相手を作ればいいって何度も言ってる」
「主よりも先に幸せになんてなれるわけないだろ」
つまりはブライスは男性の従者で、男性が主。二人は主従の関係だったようだ。
「はぁ……ブライス様も大変ですね」
「その言い方だと、まるでぼくが悪者みたいじゃないか。ぼくは、ずっと許可している」
「アル……証言は取れているんだ。アルの白魔術なら、もっと完璧に治療できるだろ」
「この力はあの子と、まあ時々ネイサンに使うだけだ。他には使わない」
「はあ……」
深いため息をこぼしたブライスは、リオナに申し訳なさそうに手を合わせる。
「リオナ嬢! 直接触る方が魔法の効果が出るんだ。試してもいいかな」
「はい。ブライス様の思う通りに」
リオナが許可を出すと、ブライスが椅子ごとリオナの隣に来る。そして大きな手でリオナの目を覆うように触れた。
「赤魔術師ネイサン・ブライスが命じる。世界に満ちるマインラールよ、リオナ嬢の傷を癒やせ」
先程は顔全体が温かかったが、今度は目の周囲が熱を帯びている。自然と目を閉じる形となり、何となく不安になってブライスの手に重ねるように自分の手を添えた。
これぐらいかな、と手を離したブライスの手を握るような形になったのは、不可抗力だ。
「どう、でしょうか」
何も反応がない。だから声をかけてみた。ブライスも、リオナには関心がなかった男性ですら、驚くように目を見開いている。
ブライスが直接触れることで治療されたリオナの目の周囲は、腫れぼったかった瞼が嘘のように軽くなっていた。
瞬きを繰り返すたび、視界がクリアになっていく気すらする。五年で慣れてしまっていたが、ジェイコブが生きていたときはこんな風に見えていたかもしれない。
「あの……?」
声をかけると、ブライスも男性もハッとする。そして未だにリオナがブライスの手を握っているような状態だったことに気づいた男性が、ブライスの手からリオナの手を奪った。
「な、名前は!?」
「えっと? リオナですが」
「そうだった! リオナ!! 十年前にモウルトリオから助けてくれてありがとう!! あの時もらったマラシェイは、ぼくの宝物で、リーラベルグにいたときは毎晩抱いて寝ていたんだ!! リオナと会うために今はちょっと人に預けているけど、大切に扱ってもらっている。だからリオナとの思い出のマラシェイは無事だ!!」
突然の積極性に、リオナは驚くばかり。何も言えないでいると、急に抱きつかれた。
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