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1.7 モウルトリオとマラシェイ

 少し長めの文章量です


 貴族が工房に来た日の翌日。

「糞ガキ!」

 今日もオルゴーラは絶好調である。朝食を終えるなり、リオナを呼びつけた。朝から不機嫌なオルゴーラの苛立ちを増やさないため、リオナは急いでオルゴーラの前で両膝をつく。

「お前、年はいくつだ」

「えっと……十六ですが」

「何だお前、そんな姿(なり)で成人しているのか。まあ、それなら何かあっても問題ないな。昨日来た、ネイサン・ブライスを色仕掛けでも何でもいいから俺の指示を聞くように籠絡してこい」

「へっ!? い、いや、それは、どういうことでしょうか」

「あいつから話しかけてきたくせに、俺の話には興味がないんだと。昨日の様子からすると、糞ガキには積極的だった。肉付きは悪いが、お前も女だろ? お前に夢中にさせて、俺の工房へ出資するように言え」

「そんな、わたしには無理です」

「うるせえな。穀潰しには拒否権なんてない。指示したアルマンディンを取り出す作業だって一番遅いお前に、チャンスをやるって言ってるんだ。さっさと行け。籠絡するまで戻ってくるな」

 そんなはずはない、と抗議をする間もなく、リオナは身一つでオルゴーラ工房から出された。戻ってくるなと言うくせに、食事は作れよという指示も残される。

(……アルマンディン、少なくても木箱三箱分くらいは取り出していたのに、遅い?)

 他の徒弟たちが研磨する様子を、見たことはない。しかしリオナの方法でも遅いと言われるなら、他の徒弟たちはどんな方法でアルマンディンを取り出しているのか。

 疑問は残ったが、今は指示されている通り動かなければいけない。

(……というか、どこに行けばいいんだろ……)

 ネイサン・ブライスは貴族だとオルゴーラは言う。貴族が行くような場所を知らないリオナは途方に暮れそうになった。

「あっ、そうだ。ブライス様は冒険者だって言ってた! それなら、冒険者ギルドに行けば情報を得られるかも!!」

 昨日話しておいて良かった。それがオルゴーラの言う、リオナに対する積極性なのかはわからない。しかしブライスと話したから、行き先の候補を思いつけた。

「冒険者ギルド……」

 目的は、ブライスに会うことである。しかし、冒険者になって研磨師試験の受験料を稼ごうと考えたリオナは、ワクワクしていた。

(冒険者ギルドって、どんなところだろう)

 リオナは今、所持金ゼロだ。登録料などお金はどれくらいかかるのだろうか。少し鉱魔を倒してなれるのなら、冒険者として登録してもいいかもしれない。

 まずは冒険者ギルドに行ってみようと、ノキアの中心部へ行く。普段の買い物だってそこまで足を伸ばさないが、良い機会だと思って軽い足取りで向かう。

 広場の周りにはいくつも石造りの建物が並んでおり、酒樽や剣など絵が描かれた看板が吊されていた。

 中央に噴水がある広場を、ぐるりと回って馬車が進行方向を変えている。

 子供達が駆け回ったり、冒険者らしき人物が複数人で話していたりと賑やかだ。

 一軒一軒回っている内に、リオナはある重要な事実に気がつく。

(……冒険者ギルドって、どんな絵で表現するんだろう……)

 店を眺めるだけで終わってしまっては、時間がもったいない。ここは街の人に聞いてみようと試みた。しかし。

「ひっ」「んだよ、ぶつかってくんなよ」「「「ごめんなさい、許して下さい」」」「かわいそうにねぇ。ほら、これをやるから元気出しな」

 話しかけるなり青ざめた顔で悲鳴を上げられたり、相手側からぶつかってきたのに因縁をつけられたり。カールト隧道で見かけた男女混合パーティーの三人に逃げられたり。ここ二日ほど殴られていないが、顔に残っている痣が酷いのかもしれない。

 あとよくわからないが、心配するように涙目になった老人に長パンの端っこをもらった。

「……これが端っこ……。ときどき食べられるやつよりもふかふか……」

 もらったパンを囓る。四日ぶりのまともな食事だ。といっても四日前ですら、長パンを切ったときのパン屑をかき集めて水でふやかしたようなものしか食べていない。

(……二枚もらえたから、一枚食べて……残りの一枚を半分、いや、四分の一にすれば……いやいや、そもそも一枚分を食べちゃうなんてもったいない。これも四分の一にすれば毎日食べられる)

 長パンの端っこを持ちながら思案していたが、すぐに自分がやるべきことを思い出す。

「……って言っても、話も聞けないんじゃどうにもならないんだよね……」

 冒険者ギルドに行って、ブライスの情報を得たい。しかし、冒険者ギルドの場所すらわからない。

 万事休す、と思ったそのとき。

「あっ、ここにいたんですね」

 ブライスが広場を横断してリオナに近づいてきた。

「ブライス様! 良かった、お会いしたかったんです」

「おれも君に会いたかったんです。オルゴーラ工房の人から聞きました。君の時間をいただけると」

 ふわりと、人好きのするような笑顔を浮かべる。そんな表情を見たことがなかったリオナは、思わずブライスから一歩距離を置く。

「えーと? どうかしましたか」

「い、いえ、その……」

 初めて見る表情は、怖い。それが何を指し示しているのかわからず、不安になる。

 リオナがまた一歩距離を置くと、背の高いブライスが腰をかがめた。

「ッ!?」

 ざっと、素早く距離を取る。そんなリオナの様子に、ブライスは申し訳なさそうに言う。

「すみません。目が悪くて、人の表情を見辛いんです。驚かせてしまいましたね」

「い、いえ、そういうことなら……」

「今さらですが、君の名前を聞いても良いですか」

「リオナです」

「リオナ嬢ですね。それではリオナ嬢。あなたに質問があります」

 リオナが返事をしようとしたとき、広場を駆け回っていた子供の一人が、リオナにぶつかってきた。その拍子に、持っていた長パンの端っこを落としてしまう。さらに、その上に子供が尻餅をつく。さらにさらに、潰れてしまった長パンの端っこをむさぼるように野鳥に食べられてしまった。

 子供とリオナを心配するブライスの言葉を聞きながら、リオナは長パンの端っこの無残な姿を見て項垂れる。

「長パン……久しぶりのごはん……」

「ご、ごめんなさい」

「はっ。い、いいえ、気にしないでください。子供は元気に走り回る方が良いですから」

 なんて言いつつ、リオナの目は残骸すらほとんど残っていない長パンの端っこに向けられている。

 子供を呼ぶ親の声が聞こえてきた。今にも泣きそうになっている子供の頭を、優しくなでる。

「お姉ちゃんは大人なので、問題ないですよ」

 と言いながら、盛大に腹が鳴る。リオナは鳴った瞬間に、腹部を鼓のようにぽんぽんと叩いた。

「ポンポポンと軽やかに鳴る鼓の音。ザッザザンと鳴らされるマラシェイの音!」

「シャ、シャカシャカ?」

「わたしたち三人でモウルトリオの物まねです!」

 今のは空腹の音ではない。長パンの端っこなんて気にしていない。そんなことを感じてもらうために咄嗟にやってみた。ブライスは合わせてくれたが、子供は何か恐ろしいものを見るような目をして親の元へ駆けていく。

 子供を見送ると、ブライスが改めて質問してきた。

「リオナ嬢。もしかして十年前にモウルトリオと遭遇しましたか」

「はい。ブライス様も見たことがありますか? モウルトリオは大勢の人々が動く夜にしか現れないから、見かけたら嬉しくなりますよね!」

 ブライスがわかりやすくガッツポーズをした。どうかしたのかと思っていると、ブライスからさらに質問をされる。

 マラシェイを一本持っているか。金の瞳か、栗毛色の髪か。現在恋人はいるか。

 怒濤の質問ラッシュに驚きながらも、一つ一つ答えていく。

「マラシェイは持っています。金の瞳です。今はこんなですけど、一応栗毛色の髪です。恋人はいません」

 答えた内容が全てブライスにとって最善だったらしく、何度もガッツポーズを繰り返す。

「会ってもらいたい人がいます。一緒に来てくれますか」

「は、はい。わかりました」

 返事をするや否や、ブライスは今にも踊り出しそうな軽い足取りで広場を進む。追いつけずに小走りになると、ハッとなって歩調を合わせてくれた。


 一話終了です。二日ほどお休みをいただきまして、二話目を投稿していきます。ここまで読んでくださった読者様、ありがとうございます。ブックマーク登録をしていただけると、再開のタイミングがわかると思います。それでは、また再開後にお会いしましょう!

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