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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第九話 恋と仲間と、波乱の幕開け

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9.5 モニカ③


 ハルトレーベン家を出ていく身支度を調える。持って行けるものは少ない。モニカ自身には収入がないから、服は今着ているものと同等の服を一枚だけにした。

「そうそう。これも持っていかないといけないわね」

 手を伸ばしたのは、鏡台の前にある通称胸潰し。モニカの大きな胸を潰す布を一人で巻けるように、バーティアンが手作りしてくれたものだ。組み立て式になっていて、鞄に入れられる大きさにできる。

「お入りなさい」

 準備が整って長椅子に座っていると、扉が叩かれた。バーティアンだ。スティーブとレメディもいる。

「スティーブ! レメディ!」

 二人の姿を見て、自分が成すべきことを思い出す。

「バーティアン。二人を連れて行っても良いのかしら」

 モニカの問いに、バーティアンは首を振る。

「モニカお嬢様。わたし達は大丈夫です」

「そうです。前に皆さんで外出した日。モニカお嬢様はとても楽しそうでした。モニカお嬢様は、あの方々と一緒にいるべきです」

「けれど……わたくしと一緒に行けば、二人に被害は及ばないのではなくて?」

 モニカの不安に、スティーブとレメディはドンと胸を叩く。

「お任せ下さい。今までばれていませんでしたし、これからも下っ端としてお屋敷に紛れますので」

「はい。お屋敷で働く方々は、わたし達が執事長の孫だということを忘れています。今までお嬢様を苦しめた罪、これからゆっくりと贖っていただきますよぉ」

「レメディ。とても悪い顔をしているわ。あなたの立場が悪くなるようなことはしないでちょうだい」

 モニカが窘めると、レメディはわざとらしく目をそらした。

「……スティーブ? レメディを辞めさせてはダメよ?」

「お任せ下さい。手始めに、蛙を捜してこようかと思います」

「いえ、だからダメよ? わたくしが以前されたようなことを、他の誰かにしてはダメよ?」

 スティーブとレメディは何度窘めても、実行することは諦めないらしい。

 そんな孫二人を注意しないバーティアンも、同様に思っているのだろう。

「モニカお嬢様。これからお嬢様は、新しい道を歩み始めます。大変な苦労もあるかと思いますが、お嬢様なら乗り越えられます。手が空いた時で構わないので、お手紙をいただけると幸いです」

「わかったわ。なるべく書くようにする」

「それでは、玄関までしかできませんが、お見送りいたします」

「ありがとう。スティーブとレメディは、わたくしとの関係性がばれないように気をつけるのよ」

「「はい」」

 バーティアンに連れられて、玄関へ行く。それまでの間に話を聞けば、あの侍女を発端に、母のこれまでのことが父にもばれたらしい。玄関にまで聞こえるような夫婦げんかをしている。

 離婚、という言葉も聞こえたが、離婚は外聞が悪い。恐らくそこまではしないはず。しかしきっと、母は今までの強権を持てなくなるだろう。

「ふふっ。もしかしたら産まれて初めてお父様達のけんかを聞いたかもしれないわ」

「そうですねえ。これまでは、奥様が全て旦那様の言葉を肯定していましたから」

「これを機に、お母様も年相応になって下さるといいのだけど」

 モニカの言葉には反応しない。しかし微笑むバーティアンも、同じように思っているのだろう。

「モニカお嬢様。最後に一言だけ言わせて下さい」

「なにかしら」

「リオナ様が作られたその眼鏡、とてもよく似合っております」

「そうでしょう? わたくしも、すごく気に入っているのよ」

 ニッと笑い、モニカはハルトレーベン家を出る。

 そういえば、リオナ達がどこにいるのか聞かなかった。そう思って引き返そうとしたとき。

「モニカ!」

 門衛がいるその先から、リオナの声が聞こえた。

「リオナ!」

 モニカが走る。走るなんて、淑女らしからぬことはしたことがない。足がもつれそうになる。それでも、鞄を持ってリオナの元へ走った。

 門を抜ける。

「モニカ! 冒険者になってくれるんですね!」

「至らぬ点も多くあると思うけれど、これからよろしくお願いしますわ」

 リオナが全開の笑顔で迎えてくれる。

 こうしてモニカは、四人目のパーティーメンバーとしてリオナ達と行動することになった。


・-・-・-・-・


 リオナ達がモニカを迎えた頃。

 テフィヴィの噴水広場から近い、邸宅とは言えないような家の地下室。そこに、焦点が定まっていない男が三人いた。

 一人は、手先に痺れでもあるのだろうか。持っていた鉱石を何度も落としては拾っている。

 一人は、誰もいない虚空を向いて跪き、何度もプロポーズをしている。

 一人は、肥えた体をタプンと揺らして何度も空を掴んで手を口へ持っていく。

「もっと……もっとよ。もっと、リオナを苦しめるような人間を用意しないと」

 憎しみを込めるかのように、灰色がかった茶色の髪をした女が拳を握る。小指だけ爪が長いため、握られた拳からはポタポタと数滴の血が落ちた。

 そして女は、今いる捨て駒(人間)の数を数える。

「三人、か。そうだ。良いこと思いつーいた」

 にんまりと微笑む女の姿は異様だった。しかしそれは、普段は長い髪で隠れている部分に大きな火傷のような痕があるから、そう見えたのかもしれない。


・-・-・-・-・



次のエピソードから視点人物はリオナに戻ります。

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