9.3 モニカ①
モニカの被害状況を知っているリオナから、また冒険者に誘われた。何度も誘ってくれて嬉しいという感情はある。しかし貴族令嬢としての立場を考えると是と言えない。
そんなモニカをまるで追い出す好機と見たのか、モニカの母は嬉々として肯定した。
「私は反対だ。どうして可愛いモニカが、命を落とす危険性のある冒険者なんかにならないといけないんだ。モニカにはふさわしい婿を迎える」
「旦那様、あの子の門出を祝ってさしあげましょう? 初めてのお友達からのお誘いを断るだなんて、可哀想だと思いませんこと?」
お友達、の部分に揶揄されたような意味が含まれたと思うのは、モニカの気のせいだろうか。
「いいや、駄目だ。モニカは家から出さない。この話は以上だ。モニカへの眼鏡の対価が冒険者になるということならば、私が払おう。いくらだ」
「い、いえ。本当に、わたしは研磨師になれていないので……」
「落ちこぼれということか」
父の言葉を聞き、モニカは信じられないというような顔になる。そして父の愚行を注意できるのは王子のアルフォンスしかいない。そう思って視線を向けるが、特に反応はしなかった。
「お父様!」
リオナの人格を否定するようなことを言う父の言葉を遮る。すぐに母から睨みつけられて言葉をつぐみそうになるが、勇気を出す。
「お父様! リオナはとても良い子です。お父様が悪し様に言っていい方ではありませんわ」
「モニカ……お前は人見知りなんだ。あの落ちこぼれに騙されているんだ。目を覚ましなさい」
「わたくしは、今までで一番目を開いていますわ! リオナが作ってくれた眼鏡は、よく見えますもの! 友人のリオナをバカにすることは、わたくしが許しませんわ!」
父に対して、初めての反抗だ。もしかしたら頬を叩かれるかもしれない。そう思っていたが、違った。
「バーティアン。モニカは体調が悪いようだ。部屋に連れて行って看病してやってくれ」
「お父様! わたくし、体調なんてっ」
「モニカお嬢様。行きましょう」
「バーティアン!? イヤよ、離してっ」
父の指示を受けたバーティアンがモニカの手を引く。老体に乱暴なことはできないため、引かれるまま応接室を出される。
父の指示を聞いていた二人の従僕も合流し、そのまま自分の部屋まで連れて行かれた。従僕はモニカが部屋を出ないように見張る役らしい。
部屋に入ってようやく、バーティアンが離してくれた。
「バーティアン。どうしてよ」
「旦那様の言葉を遮り反抗したことで、奥様のお顔が形容しがたいものとなっておりました。お部屋にいらっしゃる方が、モニカお嬢様の安全を守れると思います」
「お母様の表情まで見れていなかったけれど……」
「お聞き分け下さい、モニカお嬢様」
「……わかったわ。でも、約束して。リオナが酷い目に遭わないようにして」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げ、バーティアンが部屋から出て行った。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。モニカが部屋から出られず、リオナの身を案じるしかできなかったとき。
ファサッファサッと、強風で木が揺れているような音がした。窓へ近づく。しかし風は吹いていないようだ。
(気のせいかしら……)
モニカが産まれた日に植えられたと乳母から聞いた木が、こんなに成長していた。そんなことを思って戻ろうとした矢先。
「モニカ」
「えっ……」
聞こえた声に振り返る。思わず大声を出してしまいそうになり、リオナに注意されて自分の手で口を塞ぐ。一呼吸置いてから、木の方へ近づく。バルコニーに伸びるようにしなる太い枝の上に、リオナがいた。
「リオナ? そこは危ないと思うのだけれど……」
「執事さんに案内してもらったんです」
「バーティアンに? まったく、女の子のリオナに木を案内するなんて……」
「わたしがお願いしたんです。どうしてもモニカに伝えておきたくて」
「なにかしら」
「応接室で、わたしが落ちこぼれって言われたときに、反論してくれてありがとうございました。でも、落ちこぼれって別に悪口じゃないんです。研磨師の資格を持っていない研磨師……無資格なのに研磨師のようなことをしている人のことを、落ちこぼれ研磨師って言うんです」
「そうなの? そうだとしても、わざわざ言う必要はないわ。あのときのお父様は、明らかにリオナをバカにするような意味合いで話していたもの。リオナは資格がなくても、立派な研磨師よ」
「ありがとうございます。でも、研磨師は国家資格なので、資格は大事です」
リオナと話していると、部屋の扉が叩かれた。
「あっ、もうダメですね。見つかっちゃったら執事さんも罰を受けてしまうかもしれないので、もう行きますね」
「気をつけてっ」
友人に、そんな言葉しかかけられない。思わずバルコニーから身を乗り出してリオナの無事を確認すると、レメディと一緒に行動している姿が見えた。




