9.1 落ち着かない気持ち
目の悪いモニカに作る眼鏡の材料を集めたリオナ達は、テフィヴィへ向かっていた。
アルグネ山を出てすぐにレヴテナ地下道を二日で抜け、ロンガースで一晩。その一晩は雨が降った。
翌朝には晴れ、今はテフィヴィ行きの乗合馬車に乗っているところだ。二階建ての馬車で、一階にいる。
「ねぇ、お兄さん。テフィヴィに着いたら、あたし達の店に来てよ」「お兄さん格好いいから、来てくれたら頑張っちゃう」「ねぇ、お兄さん。名前は?」
妖艶な美女達が、ブライスに言い寄っている。それを全く意に介さないブライスは、アルフォンスの顔を見られないようにしていた。
(……アルフォンス様……)
フードを目深に被っているアルフォンスのことを好きだと、自覚したばかりだ。そのせいでリオナが勝手に気まずくなってしまい、乗合馬車に乗るまで、会話らしい会話はしていない。
そんなリオナを気遣ってくれたのか、アルフォンスは単独の馬車を選ばなかった。その他大勢がいる乗合馬車で行こうと提案してくれたのだ。
他の乗客との対応をブライスに任せているアルフォンスは、リオナがじっと見ていたせいか、顔を上げた。
(っ)
目が合ってしまい、思わず目をそらす。
しかしアルフォンスが顔を上げたことで、妖艶な美女達にその顔を晒してしまった。
「あらぁ? あなたも男前ね」
「触らないでっ!!」
一人の美女が、アルフォンスに手を伸ばした。それを見た瞬間、リオナは衝動的に叫んでしまう。当然、馬車内は微妙な空気になる。
「なぁにぃ? あなた、この人とどういう関係なの?」
「ア……そ、その方は、わたしと同じパーティーメンバーです」
「パーティー? 別にあなたと恋人ってわけじゃないんでしょ? だったら関係なくなぁい?」
「そ、それは……」
美女と言い争いをしていると、アルフォンスが指示を出してくれていたらしい。ブライスが美女とその仲間達を導くようにリオナから離れて二階へ行く。ブライスが美女達に一緒に話しましょうと声をかけたからか、他に乗っていた女性の客達もブライスの方へ集まっていく。
馬車の一階に乗っていたのは、リオナ達含めて十人だ。その内の六人が上へ移動した。二階の人数が増えたからか、馬車の速度が落とされる。
昨晩は雨。道には水たまりがあり、進んでいる場所はルチフーラ街道。
話さなければ、と思ったリオナが、アルフォンスの元へ行こうとした、そのとき。
「な、なんだ!?」
御者の悲鳴と馬の嘶きとともに、馬車が急停止した。
「わわっ」
「リオナ!」
馬車内で転びそうになった所を、アルフォンスが助けてくれた。以前リオナを横抱きで運ぼうとしてくれたときよりも、がっしりとした体つきになっている。
(アルフォンス様、にっ!!)
抱きしめられている。そう思った瞬間、バッと離れてしまった。
「急に抱きしめてごめんね。怪我はない?」
「だ、大丈夫ですっ!」
「そう。それなら良かった」
アルフォンスの表情が少し陰る。その顔を見たリオナは、自分の気持ちを伝えてしまいたかった。
(今のはイヤだったんじゃないんです! 恥ずかしかったんです!)
人がいるところで告白するのか。そう思ってリオナが二の足を踏んでいると、アルフォンスが馬車の外を見ていた。
「リオナ、行ける?」
「はい! すぐに討伐してきます!!」
馬車を囲むように、デューオルチョインが現れていた。鉱物眼を発動し、ぱぱっと瞬殺していく。
その後も何度か馬車の進みを止められたが、その度にリオナが出てデューオルチョインを瞬殺していった。
馬車は一日でテフィヴィに着き、乗客達が次々と下りていく。
二階に上がったブライスをリオナとアルフォンスが待っていると、一人の美女が先に下りてきた。リオナと言い争いをしていた女性だ。
「ねぇ、ちょっと」
美女に手を引かれた。アルフォンスからも見える位置だが、ひそひそ話をするように美女がリオナに耳打ちする。
「あなた、結構やるじゃない。助かったわ」
「い、いいえ。わたしは冒険者なので、鉱魔を倒すのは当然です」
「あの魔物、こうまって言うのね」
今度お客様が来たら話題として出してみようかしら。そんな風に言ってリオナから美女が離れていく。
「あ、あのっ」
「なぁに?」
呼び止めた美女に駆け寄り、頭を下げる。
「馬車の中では、あんな言い方をしてすみませんでした」
「良いのよぉ。夜に働いているとね、人を見る目が養われるのよ。あなたの片思い?」
「っ!? あ、あの、そんなにわかりやすいですか!?」
「焦っちゃって、可愛いわね。あなたも店に来たら、あたしが対応してあげるわ」
翼と酒瓶が描かれている看板がそうよ、と言いながら、美女は去って行った。
リオナがアルフォンスの元へ戻ろうとすると、ブライスもすでに馬車から降りていたらしい。一緒に待ってくれていた。
二人に駆け寄り、頭を下げる。
「あの、すみませんでした。馬車の中で、変な空気にしてしまって……」
「気にすることないよ」
そう言うアルフォンスは、嬉しさが抑えきれないというような笑みを浮かべている。まるで、リオナの独占欲を喜ぶかのように。
(あのお姉さんに、ばれてた。アルフォンス様にも、ばれちゃっているのかな……)
もしそうだとしたら恥ずかしい。いや、いっそのこと告白をする絶好の機会か。
そんなことを思いつつ、リオナはアルフォンス達と移動する。
リオナ似の人形の一件もあるから、また天幕を張るということになった。その前にギルドへ行って利用しないドロップ品を換金する。成果は、アルフォンスとブライスがプラス十五、リオナがプラス四十。まだB級には上がれない。
ギルドを出ようとしたとき、職員に呼び止められた。モニカから手紙を預かっていたらしい。
もし宿が取れなかったらハルトレーベン邸でいつでも待っていると。
「どうしましょうか」
「んー……ハルトレーベン嬢の申し出はありがたいけど、やっぱりハルトレーベン卿の思惑には乗りたくないよね」
「明日伺うことだけ、手紙を届けてもらいましょうか」
「そうだね。預けたらまた外で一晩を過ごそう」
ギルドで紙とインクを借り、料金を払って手紙を預けた。
そして三人で東門から外に出て、前と同じように野宿する団体と少し離れた場所で天幕を張った。
今日から第九話スタートです。
まだブックマーク登録をされていないという、読者様! 今が登録のチャンスです!
え? もう登録していただいたと? 神読者様に感謝です!
それでは、九話もお楽しみくださいっ。




