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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第八話 モニカの眼鏡のために

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8.7 自覚

 少し長めの文章量です。


 研磨師の憧れである懐中時計と、カリスタ工房と描かれた看板を見る。この看板をもう何年も見ているのに、未だにニヤニヤしてしまう。

 カリスタという姓は、研磨師試験を合格した後に自分の姓として定めた。貴族以外では研磨師しか名乗れない姓を名乗れるのは、落ちこぼれ研磨師ではなく、正式な研磨師として認められた証である。そんな看板を見たら、どうしても口角が緩んでしまう。

「親方! 注文が入りました。今からお客様が来るそうです。工房に戻ってきて下さい」

「今行きます」

 正式な研磨師は、研磨師を目指す人や、研磨師資格を持つがまだ独立できない徒弟を抱えられる。もちろん、働いてもらうため全員に給料を出す。住む場所がなければ提供するし、食事も出す。

 全ての支払いは親方であるリオナの役目。技術や知識を伝えることも、親方の仕事だ。

 ルルケ国が始まって以来初めての女性研磨師ということで、初めは敬遠された。女ができるのかと、客足は伸びなかった。しかし貧しくても堅実にやり続けたおかげで、三年もすると徐々に注文が入るようになったのだ。

「はぁー。販売店付きの工房を持てるなんて本当に幸せ」

 作業時間が長く、体が凝りやすい。硬くなった体を解すように腕を伸ばし、工房へ行く。

「あっ、モニカ。どうしたんですか、今日は」

「もうすぐ、この子が産まれるの。だから宝石を贈ってあげたくって」

 誕生石、という考えをリオナが提案した。今までになかったことだから、真新しさで人の目を引けないかと必死だったのだ。

 誕生石は、見事に流行。こうして、昔馴染みのモニカも店に来てくれている。

(……え? モニカ??)

 研磨師になることを目標にして、今まで何度も夢に見てきた。そう、これは夢なのだ。しかし久しぶりに見た夢の中に、今まで出ていなかったモニカがいる。

「リオナ、どうしたのかしら。なんだか顔色が悪いわ。ずっと働きづめなのではない? しっかりと休めているのかしら」

「は、はい。この前も倒れちゃって、徒弟の一人に怒られちゃったので……」

 話しているのに、どこか他人事のような気がした。夢の中ではいつも、こんな違和感を覚えたことなんてなかったのに。

「あら、あなた。今日は来られないと思っていたわ」

「子供の誕生石を買うって言っていたからね。家族の行事は、できる限り参加したいと思って」

 リオナが違和感について考えていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。頭の中では、モニカの夫となる人物を把握している。しかし頭ではないどこかで、その人物がそこにいないでほしいと思ってしまった。

「カリスタ嬢。久しぶり」

「……アルフォンス、様……あ、いえ、ハルトレーベン卿、でしたね」

「カリスタ嬢にそう呼ばれるのは、何だか寂しいね。ぼく達は友人だと思っていたけど」

「アルフォンス様。リオナはかつての仲間だったのですから、名前を呼んで下さいって何度も言っているのに」

「君と結婚した以上、妻以外を名前で呼べないよ」

 モニカが、出産間近だとわかる腹部を撫でる。そんなモニカを、慈しむような笑みで見るアルフォンス。

(……なんで!? どうして、モニカとアルフォンス様が結婚しているの!?)

 夢の中の二人は、夫婦らしい距離感だ。お互いが大切だと思っているかのような、そんな距離。

(わたし、いつもこの夢を見るときに自分を何歳ぐらいだと考えていたんだっけ)

 十六歳で、オルゴーラ工房を出た。そして、それから。

 仲睦まじいアルフォンスとモニカを見ていたくない。顔を下に向けたリオナは、自分の体に違和感を覚えた。

(……これが、わたしの理想か)

 いつもは見えていた、足先が見えない。つまりは、モニカほどではないにしても、胸が成長しているのだ。

「二人目ができたら、またお店に来ましょうね」

「ああ、そうだね」

 イヤだ!!

 リオナの心が、叫んでいる。アルフォンスとモニカが夫婦だということを、拒んでしまう。

 心がズタズタに切り裂かれたように、胸が苦しい。その苦しさで、これまで時々感じていた胸のざわめきのことを理解する。

 リオナは、すぐに自分の頬を殴った。



「っ、アルフォンス、様……」

 目を覚ましたリオナは、視界に入ったアルフォンスを見た瞬間泣き出してしまった。

「リオナ!? どうしたの!?」

 アルフォンスが、トントンと優しく背中を撫でてくれる。

(あぁ、そうだ。アルフォンス様は、いつもわたしを助けてくれる)


 目標があっても厳しかった現実。オルゴーラ工房から、連れ出してくれた。


 ジェイコブさんからもらった大切な鞄。必死に、捜してくれた。


 無理して食べた野菜スープ。倒れそうになったところを、すぐに支えてくれた。


 冒険者になるための研修。キングスコーピオンとの戦闘後、体の限界を超えても走ってきてくれた。


 シャドウルとの戦闘後、離れないようにリオナをしっかりと抱きしめてくれていた。


 監禁された後、リオナの代わりに誘拐犯に連れて行かれた。


 誘拐犯の一人に暴力を受けているとき、リオナにその被害が及ばないように守ってくれた。


 貴族の馬車に轢かれそうになったとき、リオナの手を引いてくれた。


 宿屋でリオナの命が狙われていると知ったとき、ずっと手をさすってくれていた。


(……こんなに助けてもらえて、アルフォンス様を好きにならないわけがない)

 アルフォンスは、一向に泣きやまないリオナの背中を擦り続けてくれている。魔法は使っていない。しかしその温かさは、何度もリオナを癒やしてくれた。

「あの、アルフォンス様」

 改めて礼を言おうと、リオナがアルフォンスの方へ顔を向けた。その、瞬間。

(……顔をそらされたっ)

 接触事故が起こらないような距離を取られた。アルフォンスに拒絶されたと思い、リオナはその衝撃で涙が止まる。

(あ……わたし、泣いていたから顔がぐちゃぐちゃだ)

 みっともない顔を見せてしまった。こんな顔をした相手が、故意ではないにしろ顔を近づけたら、優しいアルフォンスでも距離を置く。

 アルフォンスに酷い顔を見られたくない。そう思ったリオナは立ち上がる。

「す、すみませんでしたっ。ちょっと、ジャッジベアのところで頭を冷やしてきます!」

「リオナ!?」

「リオナ嬢!?」

 アルフォンス達に呼び止められたが、リオナの足は止まらない。まるでリオナが来るとわかっていたかのようにこちらを見ていたジャッジベアの、胸に飛びこむ。

 人間のように座るジャッジベアに、リオナの想いを語った。まるで慰めるように肩をポンと叩いてくれたジャッジベアから、最小の容量箱を渡される。両手で抱えるような大きさだ。

 そしてリオナを励ますように、ジャッジベアがふさふさの手を差し出す。ジャッジベアと握手する。それはまるで、この恋を諦めるんじゃねえぞと言われているような感じがした。

「ありがとう。頑張ってみるね」

 ジャッジベアの元から、天幕へ戻る。リオナを心配していた二人は、駆け寄ってきてくれた。

「大丈夫?」

「はい。ご迷惑をおかけしました。あの、アルフォンス様。今まで預かってもらってありがとうございました。ジャッジベアから容量箱をもらえたので、わたしの私物、出してもらえますか」

「う、うん。それは構わないけど……」

「リオナ嬢。容量箱は、渡されてすぐの時はただの木の箱だ。装具屋に行かないと鞄のような状態にならない。それまでは、アルに荷物を持ってもらっていても良いんじゃないか」

「いいえっ! ……いいえ。アルフォンス様に、これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから」

「わかった。今から出すね」

 リオナのただならぬ雰囲気に、アルフォンスは納得してくれたようだ。預けていたドロップ品やマスコバイトクオーツ、予備の服なども全部出してくれた。

「ありがとうございます」

 容量箱に全てを仕舞い、深々と礼をして自分の天幕へ入った。


 翌日。

 地下森林を抜けたリオナ達は、地下迷宮を逃げ回るララランソルジャーを討伐。目的のイルメナイトを獲得し、アルグネ山の地下迷宮を出た。


 第八話、終了です。

 アルフォンスはこれまで、基本的にリオナのために行動あるのみでした。そんなアルフォンスが報われた回になった……でしょうか。いや、まだか。

 話数切り替えのため、第九話は明日投稿します。

 先が気になるよーと思ってくださる神読者様は、ぽちっとブックマーク登録をしていただけると幸いです。

 では、また九話でお会いしましょう! えぇ、私は九話で待っています。待って、います……よ……?

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