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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第八話 モニカの眼鏡のために

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8.4 アルグネ山の地下迷宮の、手前

 少し長めの文章です。


 レヴテナ地下道を抜けた先にあるのは、色とりどりの壁が目に入るオルハルガルの街。鉱石から染料ができると知ってはいたが、実際に使われているところを見るのは初めてだった。

 リオナは、興奮気味に壁に近づく。

「青はラピスラズリ、白はアラゴナイト! 見た目は茶色っぽい鉱石なのに、染料は白なんて不思議だよねぇ……。あぁっ! シナバーもある! 赤い色はやっぱり目立つなぁ。マラカイトの緑色も綺麗な発色!」

「リオナはすごいね。色を見ただけでするすると鉱石の名前が出てくる」

「鉱石のことを知るのは、研磨師として当然なんです。成分とか、劈開(へきかい)とか、利用方法とか、極めれば極めるほど面白いですよ!」

「そうなんだ。リオナを見ていると、楽しそうだなって思うよ」

「ありがとうございます! って、アルフォンス様は研磨師を目指しているわけじゃないですもんね。すみません、ちょっと興奮してしまって」

「気にしなくていいよ。そういう無邪気なところも、リオナらしいって思えるから」

 にっこりと微笑まれ、リオナは思わずアルフォンスから目をそらす。

(な、なんだろう……この、胸がざわめく感じ……)

 マスコバイトクオーツを見たときのような高揚感に繋がるような、それとは違う感情のような。

 ざわつく感情の整理ができないまま、色とりどりで派手なのにどこか寂しげな雰囲気があるオルハルガルを囲う壁を見る。

「リオナ、そろそろ行こう」

「は、はい。お待たせしました」

 アルフォンスに促されてアルグネ山へ向かう。アルグネ山は背の高い木や低い木が密集しているような森を抜けた先にある。

 山が近いためチャータボークスが出現するのかというと、そうでもない。チャータボークスが出現するのは、山かコンコアドラン森林。鉱魔にはまだまだ解明されていないことも多く、森林だから出るというわけでもないらしい。

 森林を抜けるとアルグネ山になってチャータボークスも出現するようになるが、今回はアルグネ山の地下迷宮を目指している。山の麓の辺りに洞窟があり、そこは洞窟と判断されるためチャータボークスは出てこない。

「ようやくここまで着いたね」

「この先はディスツラクシェンがいる。アル、準備はいいか? リオナ嬢はどれくらい走れる?」

「洞窟内を走ったら危ないですよ?」

「それは重々承知の上で、走らないといけない」

「ディスツラクシェンですよね? 別に走って逃げる必要はないですし、なんだったら討伐しておいた方がのちのち楽になりますよ」

「リオナ。そうは言っても、あいつの視界から消えるまで素早く逃げないと永遠追いかけられるよ?」

「ディスツラクシェンは恥ずかしがり屋なんです。なので今から通るよーって声をかけて、了承を得てから通過すれば追われません。帰るときも声をかけないといけないですけど」

「えっ……あいつって、そんな人間っぽいの?」

「可愛いですよねぇ。洞窟の窪みで小石を積んでいるみたいですよ」

「それって、可愛いのかな……?」

「遊んでいるところを邪魔しちゃうのは可哀想ですけど、今回は洞窟から繋がる地下迷宮に行きます。討伐しちゃいましょう!」

 元気良く、軽い足取りでリオナが洞窟の中に入った。アルフォンスとブライスもリオナに続く。

 アルフォンスからクリオライトを受け取ると、摩擦熱で光らせた。アルフォンス達も光らせる。

 洞窟内は、かつてディスツラクシェンが冒険者を追いかけ回したと思われる痕跡がそこかしこに残っていた。入口は普通の洞窟なのに、内部は人型にくり抜かれたようになっている。背の高いブライスよりもさらに高い人が入ってもまだ余裕がある広さのように見えた。

「あ、そうだ。ディスツラクシェンがドロップするカルサイトって持っていますか」

「持ってないね」

「そうですか。それではやはり、討伐しちゃいましょう!」

 リオナが大きな声で話す。洞窟内で反響はしなかったが、リオナの声に反応した一画を見る。

「あ、いましたね。鉱物眼!」

 ディスツラクシェンは、そこそこ大きい人型の石像だ。三方向に頭がついていて、死角は真後ろだけ。

 偶然ディスツラクシェンに一番近かったアルフォンスが、どうやら敵と認識されたようだ。のっそりと動き出したディスツラクシェンから逃げるようにアルフォンスが洞窟内を走っている。

「リオナ! どう!? 倒せそう!?」

「あー……そっか。ディスツラクシェンは三方晶系(さんぽうしょうけい)かぁ」

「え、どっち!? リオナでも倒せない!?」

「ちょっと珍しいので時間がかかってしまいますが、なるべく早く討伐しますね!」

 ディスツラクシェンがリオナの目の前を通過した瞬間、いつものように鉱石を狙った。踵の部分を殴れたと思ったが、三方晶系の鉱石は五十七の面を持つ。角を殴れれば一撃必殺だが、わずかに逸れてしまったようだ。殴れたのは、鉱石のすぐ隣の部分だった。

 ディスツラクシェン全体を結晶化した状態に見ていたリオナは、鉱石のすぐ隣の塊が壊れたことを確認する。

「リ、リオナ……早く……」

 逃げ続けているアルフォンスの体力が底をつきそうだった。走る速度が落ちてしまっている。

「リオナ嬢。敵対させるのをおれにすることはできないのか」

「えぇと、難しいですね。ディスツラクシェンは一途なので、その意思を曲げるほどの特殊な技がないとあのままです!」

 またディスツラクシェンが通過する際、殴った。また鉱石を外してしまったが、壊れた部分が増えたからか、一瞬だけディスツラクシェンがふらついたような気がする。

 そこに勝機を見いだしたリオナは、アルフォンスを追うディスツラクシェンを追いかけながら鉱石を狙う。残念ながら一撃必殺にはなかなかならないが、何度も攻撃を繰り返す内にディスツラクシェンの動きが鈍くなってきた。

「も……無理……」

「アルフォンス様!」

 体力が尽きたのだろう。倒れてしまったアルフォンスに襲いかかるように、ディスツラクシェンが腕を大きく振り上げた。足の動きは、止まっている。

 その絶好の機会を見逃さない。リオナは素早く駆け寄り、ディスツラクシェンの踵についた鉱石を殴った。

「おおっ!」

 ブライスが高揚したような声を出した頃、ディスツラクシェンがばらばらになる。だいぶ時間がかかってしまった。他の鉱魔であればドロップ品は出なかっただろう。しかし鉱魔によって討伐までにかかる時間の計算が違うのか、何か鉱石がドロップした。

 クリオライトで照らしてみる。ディスツラクシェンは二つの鉱石をドロップする確率があり、今回ドロップしたのは白濁した結晶。つまりは、求めていたカルサイトだ。

 リオナが鉱石を確認している間、ブライスがアルフォンスに治癒魔法をかけていた。

「アルフォンス様、お疲れ様でした。無事、カルサイトを獲得できました」

「そう……それなら、良かった……」

「リオナ嬢。赤魔法は万能だが、完全治癒はできない。アルの体力が回復するまで場所を移動しよう」

「そうですね。アルフォンス様、立てますか」

 カルサイトをブライスに預け、アルフォンスに手を伸ばす。リオナの手を取ったアルフォンスを支えるように歩き、ディスツラクシェンが通った痕跡のない奧の道へ進んだ。




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