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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第七話 モニカ・ハルトレーベン

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7.5 ハルトレーベン家の事情②

 少し長めの文章量です。


 渡された布で即座に自分の水分を拭いたリオナは、まだ濡れたままだった彼女の髪を拭く。

「ごめんなさいね、お客様にそんなことをさせて」

「いいえ! これは、わたしがやりたくて、やっているんです!!」

 何もできなかった自分が悔しくて、泣きそうになった。しかし本当に辛いのは、彼女だ。赤の他人のリオナが泣くところじゃない。

 口調は荒々しく。しかし彼女の髪を抑える手は優しく。そう心掛けてやっていたが、くるりと振り返った彼女に優しく抱きしめられた。

「ありがとう、リオナ。わたくしのために泣いてくれるのね」

「わたしはっ……泣いてなんかっ……」

 ぽんぽんと、頭を撫でられる。身長差から彼女の胸元に顔を埋めるような形になった。

「っ、悔しいですっ……お嬢様は、こんなに優しい人なのにっ……」

 包まれた暖かさから離れ、目元を拭う。そんなリオナに、彼女は優しく微笑む。

「ありがとう、リオナ。わたくしは別に、優しくなんてないのよ? だって、これからあなたに名前を呼びなさいって命令するのだから」

「モニカ様で良いでしょうか」

「いいえ、ダメね。モニカと呼びなさい」

「で、でも……お嬢様なのに」

 呼び方で疑問を呈すると、モニカは少し意地悪そうに微笑む。

「リオナ。わたくしの命令が聞けないのなら、抱き潰してしまいますわよ?」

 言われた言葉を聞いて、ついモニカの胸元を見てしまう。

(本気で抱きつかれたら、確かに呼吸がしづらいかも……)

 リオナが自分の胸元を見ていたことに気がついたのだろう。モニカは、ぎゅーっと抱きしめてくる。

「わ、わかりました! モニカ! モニカって呼ぶので離して下さいっ」

「ありがとう、リオナ。噴水広場でも、わたくしが邪険にしても怯まないでくれたから、とても嬉しかったのよ?」

 ふふふ、とモニカが微笑む。その笑顔は同性でもドキッとする。これだけ人懐っこさがあるモニカが、人見知りではないだろう。

「モニカ。わたし、モニカを助けたい。モニカはどうしたいですか」

「助ける? 別に、それは不用よ」

「でも……」

「わたくしはハルトレーベン家の娘。お母様が望むなら、そう動くまで」

「それは、モニカの意思? あんな酷いことを言われても、奥方様の指示に従うの?」

「酷い? まぁ、リオナはそう思うのかもしれないわね。けれど、お母様の言うことも確かなの。誰かに嫁がないと、ずっと家にいるだけ。養われている以上は、何を言われても従わないといけないもの」

「そんなことない!!」

 諦めたような表情をするモニカが、かつての自分と重なった。だからつい力んでしまったが、女性が男性に養われるだけの存在ではないと伝えたい。

「……わたしは、十一年前に両親を亡くしました。それから交流のあったジェイコブさんの所で暮らして、ジェイコブさんが亡くなってからは息子のオルゴーラ様の所で暮らして……耐えるしかないと思っていたんです。でも、冒険者は男女関係なく活躍できるんです。鉱魔を倒して、ドロップ品を換金して、窓付きの宿にだって泊まれちゃうんです! あんな理不尽なことを言う奥方様や、モニカのことを溺愛しているくせに何もわかっていない当主の方がいるハルトレーベン家から、飛び出しませんか? わたし達と一緒に、外へ出ませんか」

「リオナの熱意は感じたけれど、リオナとわたくしは違うわ。わたくしはリオナのように夢もないし、貴族の娘だもの。親が勧める相手と結婚しなければいけないわ」

「……わたしは、両親がいた頃の記憶は十年以上前です。一揆に参加して命を落としましたが、それまでは愛されていたと思っています。だからこそ、モニカに訴えたい。娘の幸せを願う親が、誰彼構わずプロポーズするような相手を、結婚相手に選びますか!?」

「どういうことかしら」

「モニカにプロポーズしていた、金髪の男の人。あの人、昨日は違う人にプロポーズしていました。それに昨日、何度目だみたいなことも街の人が話してた。あの人も、奥方様から勧められたんじゃないですか」

「えぇ、そうよ。貴族ではないけれど、わたくしを熱烈に求めて下さっていると言われたから……」

「熱烈に求めていたかもしれない。でも、一日でプロポーズ相手を変えるような相手が、本当にモニカだけを求めていたと思いますか」

 問いを投げると、モニカはまた諦めたような表情を浮かべる。

「……わたくしだけではないかもしれない。けれど、それでも良いの。わたくしは……」

 モニカが話していると、部屋の外でゴトッと何かがぶつかる音がした。何かあったのかと思って内開きの扉を開けると、そこには僅かばかりのスープが入れられた皿が載っている台車があった。

(えっ……これだけ?)

 モニカは、ハルトレーベン家のお嬢様だ。そんな相手に、こんな些末な食事しか持ってこないのか。ハルトレーベン夫人の取り巻き達のように、モニカを馬鹿にしているのか。

 そう、思っていたが、モニカは特に気にしていないようだった。

「今日も綺麗なスープね」

「えっ、ちょっと待ってください!? これだけですよ!?」

「虫が浮いていないなら、良いスープよ」

「いや……えっと……? モニカは、お嬢様ですよね? もっと食べるべきだと思いますが!」

「そうは言っても、これでもまだ良い方なの。虫が浮いていたり、パイ包みの中から蛙が出てきたり、血まみれの動物の顔と目が合ったりしないもの」

「えっ……そんな酷い扱いを受けているんですか!? どうして訴えないんですか!? モニカのことをわかっていなくても、少なくても当主の方は味方になってくれるんじゃないんですか!?」

「お父様は、恐らく、話せば対応してくれたかもしれない。けれど、お父様に近づくとお母様が激怒するから、それもままならなくって」

「……ちょっと、待っていて下さい。わたしも昼食を頂いてきます。一緒に食べましょう」

 モニカを部屋に戻し、リオナは急いで与えられた客室へ行く。そこには食事が運ばれていなかったため、直接厨房へ向かった。

 アルフォンス達に食事を提供している最中なのかもしれない。厨房は皿洗いの青年を一人だけ残して閑散としていた。

「すみません」

「は、はい。何か御用でしょうか」

 腰に下げていた布で手を拭いた青年は、駆け足でリオナの方へ来てくれた。そばかすが浮かぶ青年は、モニカの食事を減らすような意地悪い感じはしない。

「アルフォンス様の仲間なのですが、わたしの食事はアルフォンス様がいる場所へ運ばれていますか」

「えっ……も、申し訳ありませんっ。お客様はお二方だと、奥方様から聞いていて……」

 リオナの話を聞いた青年は、さっと青ざめる。慌てて食料庫と思われる方へ行き、干し肉のような薄切り肉を持ってきた。

「こ、これと後は……ああ、料理長に火を使う許可を得ないと……」

「ちょっと待って下さい。モニカに出したスープ、残っていないですか」

「の、残っています。モニカお嬢様に出した物よりも少ない量ですが」

「それなら、それを器に入れてもらえますか? それに干し肉をいただければ、立派な昼食になります」

「ええっ!? 焦って持ってきてしまったものの、こんなものをお客様に出すわけには……」

「モニカには出すのに?」

「ああ、えっと、申し訳ありません……。モニカお嬢様に出す分は、奥方様の指示を聞く人たちから守れた分だけで……」

 なるほど。この青年は、モニカのことを考えてくれているらしい。それがわかっただけでも収穫だ。

 そう思い、リオナはスープの残りと干し肉をもらい、モニカの部屋へ戻った。




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