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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第七話 モニカ・ハルトレーベン

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7.3 狐の策略


 リオナ達が通された応接室には、すでにハルトレーベン夫人と思われる女性がいた。しかしリオナ達が正面に座っても、構わずに当主の腕に抱きついている。

 仲の良い夫婦。そう見えれば良かった。しかし気持ちは夫人の一方通行のようで、当主は意に介さない。すでにアルフォンスが王族だとばれているはずだ。貴族であれば、いや、貴族でなくても、気心の知れた相手ではない客が来たのに対応しようとしないのはおかしい。

 歪な夫婦を見ているようだと思っていると、夫人は当主に言われてようやくアルフォンスを見た。一瞬眉を寄せたが、すぐに笑顔を作る。そして立ち上がると、右端に座っていたアルフォンスのすぐ横へ行く。

「我が家にお客様がいらっしゃるなんて、珍しいことですわ。残念ながら当家には一人しか嫁ぐ人間がおりませんけども、これも何かのお導き。わたくしが」

「アデリー」

「はい、旦那様」

 まるでアルフォンスを娘の元へ行かせようとするように、夫人が早口で話す。言葉を挟ませないような勢いを止めたのは、当主の呼びかけ。夫人はアルフォンスのことなんてどうでも良くなったかのように、当主のすぐ横に座る。

「これから大事な話をする。お前は部屋に下がっていなさい」

「かしこまりましたわ。旦那様、今夜はお忙しいですか」

「ここで話すことではない。今すぐ部屋に下がりなさい」

「かしこまりましたわ。今夜も、お待ちしていますわ」

 客がいる前で、夫婦間の話をする。その内容がわかっているアルフォンスとブライスは、去って行く夫人を呆然と見つめていた。

 リオナは、全てを理解したわけではなかったが、何となく把握した。その上で、やはりハルトレーベン家は普通ではないと思う。

 リオナ達が夫人の様子を見て呆けている間に、当主は執事から事情を聞いたらしい。

「愛娘モニカを助けていただいたとのこと。ハルトレーベン家の威信をかけて礼を尽くしたい。アルフォンス様方、数日のお時間をいただけますかな?」

「申し訳ないが、礼は言葉だけで十分だ。ぼく達は用事がある。失礼させてもらおう」

 アルフォンスが立ち上がる。ブライスも立ち上がろうと腰を浮かせ、リオナも続こうとした。

「お嬢さん」

「は、はい」

 萎縮するような声音で呼ばれ、思わず座り直してしまう。

「愛娘の命の恩人、ましてやアルフォンス様に礼を尽くさないなんて貴族の礼儀に欠ける。ここはどうか、私の顔を立てて数日当家に滞在してくれないか」

「わ、わたしが行動を決定するわけじゃないので」

「リオナ、行こう」

 手を引かれ、リオナも立つ。そのまま応接室を出ようとしたが、当主は諦めない。

「恥ずかしながら、あの子には気軽に話せるような相手がいなくてね。モニカの弟、カイルはいるが、当家を継ぐのはまだ早い。独り立ちできるようになるまで、モニカ共々支えてくれる婿を迎えるつもりだ。しかしあの子は人見知りをする子でね、もう少し人に慣れさせたい」

 人見知り以前に、世話をする人を傍につければいいのでは。そんなことを言おうとした。しかし話を続けてしまえば、その先も当主の話を聞かないといけなくなってしまう。

「リオナ、足を止めたら駄目だ」

「は、はい……」

 アルフォンスに手を引かれ、応接室から出ようとする。

「あの子も十七。いつ婿を迎えてもいい年齢だが、傍に使える侍女もいない。お嬢さんはあの子と年が近いように見える。人見知りのあの子でも、話せるかもしれない。どうか、あの子の将来のために力を貸してもらえないだろうか」

 当主の話を聞いてしまうのは、娘のことを心配する父親に見えたからだ。

(……早く、出ないと。またアルフォンス様たちに迷惑をかけてしまう)

 わかっていても応接室を出ることを躊躇ってしまうのは、体調不良でも我慢してしまうあの女性を忘れて次の行動ができないからだ。

「あの、アルフォンス様……」

 呼びかけると、アルフォンスは優しい笑顔を見せてくれる。

「リオナなら、このまま立ち去れないと思っていたよ。大丈夫。それがリオナの良さだから」

「アルフォンス様! ありがとうございます!」

 思わず両手でアルフォンスの手を握る。そんな不意打ちにアルフォンスは戸惑ったようだったが、すぐに当主と向き直る。

「数日、ということだったが、曖昧な日数では承諾しかねる。一日もあれば礼は尽くせるだろう。それで構わないか」

「まさかっ、そんな……ハルトレーベンの礼と言えば七日七晩は尽くすもの。そうだな、バーティアン?」

 執事は、肯定はしない。しかし当主の言葉を否定することもしない。いや、できないのだろう。是と返すことしか認めない問いかけは、意味を成さない。

「長い。三日で構わない」

「それでは短すぎます。せめて、五日ではいかがでしょう」

「三日で去れないのなら、今この場で失礼する」

「ああ、申し訳ありません。三日。三日も滞在していただけるのなら、ハルトレーベン家の礼も少しは尽くせるでしょう。その日数の滞在をお願いいたします」

「わかった。その約束、違えるな」

「は。承知しました」

 交渉が終わった。

 客室準備を伝えてきますと、執事が応接室を出た。

「準備が整い次第、また人が参ります。それまではこの部屋でおくつろぎ下さい」

 当主も応接室を出ていく。残されたのは、リオナ達三人。

「アルフォンス様、改めて、ありがとうございます」

「リオナは気にしなくていいよ。ハルトレーベン卿に、リオナは大切な人だと伝えたのはぼくだ。その時点で、相手に弱点を提示したようなものだから」

「あ、その……た、大切な人というのは、どういう意味でしょうかっ」

「それは……」

 リオナに問われ、アルフォンスが一瞬で顔を赤くする。

「い、いや、ほら、リオナとは昔会ったでしょ! モウルトリオから助けてもらった。あのままリオナが現れなかったら、ぼくは踊り続けるしかなかった。疲れていても自分の意思で止められなかったんだ。もしリオナがいなかったら、ぼくはあの日に死んでいたかもしれない。リオナは、命の恩人。だから、大切な人」

「そ、そうですよね。そういう意味ですよね……」

 早口で捲し立てるようにして言ったアルフォンスの言葉で、少なからず胸に痛みを覚えた。この痛みは、何なのか。

「……とりあえず、ハルトレーベン家の誰かが来るまで待とう」

「そうですね。アルフォンス様たちと近い部屋だと良いんですけど」

 リオナの言葉に、アルフォンスもブライスも首を振る。

「ネイサン、気をつけて。規定がある以上、ネイサンが一番狙われるから」

「えっ、ブライス様、誰かに命を狙われるんですか」

 アルフォンスの話を聞いて質問したリオナの言葉に、二人がふふっと笑う。

 そして教えてくれた。十一年前のあの日以降。今後王族が力を持てないように、貴族や富豪、役職持ちとの婚姻をしてはいけないという規定を。



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