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落ちこぼれ研磨師ですが、冒険者をやっていたおかげで聖女と呼ばれるようになりました。〜でも、本当は……〜  作者: いとう縁凛
第七話 モニカ・ハルトレーベン

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7.2 ハルトレーベン家へ②


 馬車も止まれるような広い玄関先。アルフォンスがハルトレーベン家の扉を叩く。門衛も異常だった。すぐに対応してもらえないかと思ったが、意外にも素早く初老の男性が出てきた。服装からすると、執事だろう。

「何か……モニカお嬢様!?」

 何か御用かと聞くよりも先に、女性の状態に気づいた。同時にブライスが魔法使いということを理解し、傍らにいたアルフォンスも見た。一瞬言葉を失ったようにも見えたが、すぐに姿勢を正す。

「お嬢様を運んで下さり、感謝いたします。お嬢様のお部屋へご案内いたしますので、ついてきて下さい」

「未婚の女性の部屋に入るわけにはいきません」

「今は緊急事態です。それに……」

 ちらり、とアルフォンスを見る。かつて宰相を務め、今は議会長として働くハルトレーベン家の執事だ。アルフォンスの正体にも気づいているのだろう。

「奥様にあなた様がいるとばれてしまってはいけません。私はこの通り老いぼれでして、力はございません。お嬢様を安全に運べませんので、ご協力をお願いいたします」

「そういうことなら」

「そちらのお嬢様も、一緒にお越し下さい」

「わ、わかりました」

 お嬢様、だなんて初めて言われたリオナが一瞬緊張する。しかし執事が移動し始めたので、アルフォンス達と一緒に動く。

 通されたのは、屋敷の中では城から一番遠い二階の部屋。途中の廊下は壺やら絵画やらが飾られていたが、この部屋は質素だ。天蓋付きの寝台と装飾された机と長椅子。それに鏡台の前に洗濯ばさみのような器具がついている棒があった。鏡台の近くにある机の上には、何冊も本が置かれている。

「こちらへお願いいたします」

 執事の指示を受け取り、ブライスが女性を寝台に寝かせる。魔法を解除したブライスは、一瞬ふらついた。そこを、執事が素早く支える。

「本来であればお嬢様を助けていただいた御仁には横になってゆっくりと休んでいただきたいのですが、今はそれが叶いません。申し訳ありませんが、こちらにお座り下さい」

 執事がアルフォンスとブライスを長椅子に案内する。そして部屋を出たかと思うと、すぐに衝立を持ってきた。流れるように長椅子と寝台との間を遮ると、リオナを呼ぶ。

「お嬢様は、こちらに来ていただけますか」

「あ、はい」

 お嬢様と呼ばれることが何だかむず痒くて、寝台の横へ行ったときにリオナは名乗った。

「かしこまりました。それではリオナ様、ご助力下さい」

 慣れているかのように、執事は女性の体を横向きにする。

「私がこの場を離れてから、お嬢様のドレスを脱がし、その下にある包帯のような細い布の端を捜して下さい。そして、その布を取っていただきたいのです」

「わ、わかりました」

 それではよろしくお願いいたします、と執事が部屋を出た。

 仕事を任されたリオナは、持っていた扇子を寝台に置き、言われた通りにしようとする。

(このドレス、どうやって脱がせばいいの?)

 悩んだ末、執事がした行動に意味があるはずだと考えた。そして、女性を横向きにしていたことで糸口を見つける。上側になっていた右の側面に、飾り紐のようにも見えるリボンを発見した。それを引く。

「っ……」

 女性が声を出したような気がした。これが正解だと、リオナは最後までリボンを引ききる。

「わぁっ」

「リオナ? どうしたの? 大丈夫?」

「あ、すみません。大丈夫です。問題ないです」

「手伝えることは少ないかもしれないけど、ぼくらができそうなことがあったら教えてね」

「はい。ありがとうございます」

 アルフォンスと話す間、胸元を解放された女性は浅い呼吸を始めていた。細い布は、腹部の辺りまで巻かれている。

(……苦しそうだとは思ったけど、まさかここまでとは)

 まだ、細い布が残っている。しかしドレスから解放された女性の胸は、その細いからだには不釣り合いなほど豊満だ。その大きさは、思わずリオナが自分の胸元に手を置いてしまったほど。

(はっ。ぼーっとしてた。早く全部解放してあげないと)

 リオナは自分が成すべき事を思い出し、細い布を外していく。端を見つけ、女性の腕を肩にかけて浮かせながら布を取った。そして足下の方で畳まれていた布を女性に掛ける。

 役目を終えて安心していると、執事が戻ってきた。女性の状態を見て、リオナに深々と頭を下げる。

「お嬢様を救っていただき、ありがとうございました」

「い、いいえっ。わたしは執事さんの言う通りにしただけなので。その、この方を世話するような人はいないんですか」

 リオナの質問を受けて、執事は申し訳なさそうに眉を下げる。女性の口元に手を当てしっかりとした呼吸をしていることを確認すると、リオナを伴って長椅子まで行く。

 リオナがアルフォンスの隣に座ると、執事はまた頭を下げた。

「申し訳ございません。モニカお嬢様を救っていただいた方々には、説明すべきかもしれません。ですが、時間がございません。旦那様がお戻りになりますと、奥様にもあなた様方の所在がばれてしまいます。後日改めてお礼に窺います。どこに宿泊されているか、伺ってもよろしいでしょうか」

「申し訳ないが、ぼく達はもう街を出る。だから気にせず……」

 アルフォンスが話している最中に、階下が騒がしくなってきた。執事を見れば、驚いたような顔をしている。しかしそれは一瞬で、すぐに頭を切り換えたようだ。

「あなた様方が屋敷を去られてからモニカお嬢様のことをお伝えしようと思っていましたが、誰かが旦那様に知らせたようです。私が旦那様を食い止めます。その間に、あなた様方はどうか窓から」

「モーニーカー!!」

 執事が対応するよりも早く、貴族らしからぬ行動でハルトレーベン家の当主が走ってやってきてしまった。ズダンっと勢い良く開かれた扉。隠れる時間もない。

「…………」

 当主からすれば、奇怪な様子だっただろう。執事が先導するように窓を開け、そこへ行こうとしていた見知らぬ三人。言葉を失うのも道理。

 一瞬何かを考えるような間があったが、すぐに当主然とした顔になる。赤銅色の髪が、彼女の父だと思わせた。

「だ、旦那様っ。これはですね」

「バーティアン。言い訳はいらない。お客様二人をすぐに応接室へ」

「はい、かしこまりました」

 アルフォンスとブライスを見て、執事へ指示を出すまであっという間だった。二人、というのは、明らかにリオナが外されている。

「リオナはぼくの大切な人だ。彼女への礼儀を欠くならば、ぼく達は屋敷を出る」

「これは失礼いたしました。それでは、アルフォンス様とブライス卿と一緒に、お連れの方も応接室へ」

 表面上では謝っているが、当主はリオナを見ない。そのままその場を去って行く。

「申し訳ございません、リオナ様。旦那様は、決して悪いお方ではなくて」

「気にしないでください。三人で一緒に行動できるなら、それで十分です」

「お心遣い、感謝いたします。それでは、応接室へご案内いたします」

 部屋を出た執事に続いて応接室へ向かった。



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