5.10 生還②
※一部暴力的表現、悪役の嗜好的な表現があります。苦手な方はお戻りください。ここまで読んでくださりありがとうございました(感謝)。
「なんで……まだ就業時間のはずなのに」
「研磨師は、休み時間はないものなのか」
「それは工房によりけりだと思いますが……少なくても、オルゴーラ工房では食事のとき以外は就業のはずです」
「勤務体制は変わる可能性もある。だからこの際忘れよう。あいつがリオナ嬢を攫えと依頼したんだろう? それなら報酬を渡しにきたんじゃないのか」
「それならそれで、ちょっと危ないかもしれないです」
「どういうことだ?」
「オトコルさん、わたしに彼女になれって言っていたんですよね。それに眠ったふりをしていたとき、足を触られました」
「……足を?」
横にいるブライスからただならぬ気配を察知し、恐る恐る様子を窺う。睨みつけるように廃虚を見ていた。
「あ、えっと、すみません。触られることを許すんじゃなくて、自由だった足で反撃するべきでしたね」
「いや、リオナ嬢は悪くない。全てあの男が悪い」
「ふふっ。ブライス様、アルフォンス様と同じようなことを言いますね」
主従は考え方も似るんだろうか。そんな風に思って、一瞬気が緩んでしまった。しかしすぐに頭を切り換えて、アルフォンスが危ない理由を告げる。
「えぇと、そんなわけで、あそこにいるのがわたしではないとばれたら、アルフォンス様が危ないです」
「ああ……。アルは今、身長が戻っているからな……ローブも交換しているんじゃ、ぱっと見ただけではリオナ嬢だと思う。でも違うとわかれば……」
この先の展開を予測していると、廃虚の方から大きな音が聞こえた。
「っ! ブライス様! 行きましょう!!」
リオナはブライスと一緒に、廃虚へ向かう。
中へ入るとすぐに人がいるというわけではなく、かつてこの場所が店だったという痕跡があるだけ。どこにアルフォンスがいるのかと店内を捜していると、ブライスに呼ばれた。
目線で示されたのは、地下へ続く階段。もしかしたら貯蔵庫として使っていたのかもしれない。
地下から、騒ぎ立てる男たちの声がする。
「ふざけんなよ、お前!」「お前のせいで飲み代がなくなったじゃねーか!!」「おい、ちょっと待て。こいつ、なかなか良い顔してんじゃねえか」「またかよ、お前」「憂さ晴らしなんだ、別に良いだろ」
騒ぐ声が聞こえなくなる。というより、何だか話の内容が怪しげなものに変わっていた。
リオナは何のことを言っているのかわからなかったが、男たちの話を聞いたブライスが地下室へ飛びこんでいく。
「何だお前!?」「お前もいける顔だな」「馬鹿、お前。こんなときにふざけたことを」
がははと笑う声が途切れる。何があったのかとリオナも駆けつけると、まずオトコルが気絶していた。これは恐らく、仲間割れといった所だろう。ずっと声が聞こえなかった。
残された男三人の内の一人は、ブライスに殴られたらしい。口の中の血を吐き捨てるようにして口元を拭っていた。
(アルフォンス様は!?)
アルフォンスを捜すと、三人組の一人によって壁際に追いつめられていた。
「アルフォンス様!!」
ブライスと二人の男が対峙し、アルフォンスの元には一人。アルフォンスは何度も殴られたようで、口の端から血が出ていた。ぐったりとしている。
「リオナ嬢! アルを、早く!!」
ブライスが男二人と戦いながら指示を出す。その指示を聞くと同時にアルフォンスに駆け寄るが、男の一人がリオナを見る。
「アルフォンス様! 手を!!」
アルフォンスの手を引っ張ろうと声をかけたが、逆に手を引っ張られてしまった。それどころか、壁とアルフォンスの間に守られるような位置になる。
アルフォンスが、何度も揺れた。それはアルフォンスが身を挺してリオナを守ってくれているからだ。
「アルフォンス様! 外に出ないと!!」
「っ、ごめん、リオナ。今、力が残ってない。ネイサンが、来るまで待って」
「ああ? なんだ、王子様気取りか!? いつまで持つだろうなあ!?」
どがっ、どがっと、鈍い音が聞こえる。リオナはアルフォンスに包み込まれるように守られていた。その力は意外と強く、アルフォンスの下から抜けられない。
(早くしないと、アルフォンス様がっ!!)
「そこまでだ!!」
アルフォンスのことを心配していると、どたどたと大勢の人が入ってきた。そしてアルフォンスに暴力を振るっていた男が離れたようで、ようやく全貌が見える。
警吏が到着したようだ。男たちだけでなく、オトコルも警吏に連行されていく。
「良かった……今度は、リオナを守れた……」
「アルフォンス様!?」
倒れ込んだアルフォンスを支える。その様子を見ていたブライスも近づいてきた。
「赤魔術師、ネイサン・ブライスが命じゅ」
「赤魔術師ララが命じる。世界に満ちるマインラールよ、白魔術師の傷を癒やせ」
男たちとの乱闘で疲れていたのか、ブライスが詠唱を噛んだ。そのすぐ後、警吏と一緒に駆けつけていたララの詠唱によってアルフォンスの傷が癒やされていく。
「ララさん! ありがとうございます!」
「リオナさん、大変なことに巻きこまれてしまいましたね。警吏から聴取されると思いますが、今はとにかくこの方を運びましょう」
「はい!」
ララがとても心強い。まさしく頼れるお姉さんという感じだ。ララの魔法でアルフォンスも軽く回復し、自分の足で歩けるようになる。
アルフォンスに肩を貸しながら地下室から出た。
リオナの拉致監禁を依頼したオトコルも、実行犯の三人組も、鉱山での肉体労働が課せられた。その鉱山は、厳しすぎる労働環境で常に人手不足と言われている。人がいなくなることなんて、日常茶飯事だ。
アルフォンスとブライスの回復を待ったリオナ一行は、レイジネスシードの効果を得てから、容量箱のためにノキアの街を出る。
そんなリオナたちを――否、リオナの背中を睨みつける人物がいた。小指の爪だけ長いその人物は、憎らしげに拳を振るわせていた。
第五話終了です。第六話投稿開始は九月を予定しています。
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それでは、また次のお話でお会いしましょう! ……またお会いできればいいな……




