1.4 失態
少し長めの文章量です
冒険者になって、自由を手に入れる。
そう考えたリオナは、つい夢中になってデューオルチョインを狩りまくった。カールト隧道にいた冒険者たちが寝ている間も、ひたすら狩りまくった。
今夜はテンプティテンプティを倒してショールを得るという目的もあったが、冒険者になると決めたリオナはオルゴーラからの指示を無視。というか、デューオルチョイン狩りが楽しくて仕方なかった。
選択制戦士と呼ばれるぐらいだから、通常であれば複雑な戦いを強いられる。しかしリオナは独自の戦い方で一瞬で勝ってしまう。
そんなリオナは、強さを求める冒険者達の目を引いてしまった。睡魔に負けて寝てしまった冒険者よりも、リオナの戦い方を研究しようと見学する冒険者の方が多い。
デューオルチョインは朝晩関係なく出現する。早朝近くになってくると気分が高揚する冒険者がほとんどだった。一体倒すごとに歓声が上がり、最初の男女混合パーティの反応なんてリオナが忘れてしまうほど盛り上がっている。
そんな中、どこかの空間で誰かが朝食を作り始めたのだろう。冒険者としては豪華な朝食で、胃に優しそうなスープの香りがリオナの鼻にふわりと届いた。
(ふぐっ……)
すぐに腹部を押さえる。しかし時既に遅く。カールト隧道にリオナの腹の音が盛大に響いた。クリオライトの力で明るいとはいえ、現在の場所は隧道。盛大な腹の音は反響しまくって、少し時間が経ってもまだ聞こえている。いや、聞こえているような錯覚を覚えた。
(こ、ここは、五年間で培った生活の知恵を……っ)
眠らずデューオルチョインと戦っていたリオナは、周囲の冒険者よりもさらに気分が高揚して判断力が鈍っていた。冷静に考えればすぐにわかるはずだが、今はそこまで考えられない。空腹時に、美味しそうな香りを嗅いだらどうなるかということを。
「うっ……」
再びリオナの腹の音が鳴る。中途半端に押さえてしまったせいで、まるで歌っているかのような律動を刻む。
二日ほど何も食べていない。そして夜から朝にかけて戦い続けた。空腹具合なんてとっくに限界を突破している。良い香りと自覚した瞬間、また空腹を思い出してしまった。
まるで彷徨う死人のごとく、リオナはふらふらとした足取りでスープの元へ近づいていく。
「良い香……り……」
手を伸ばしてもまだ届かないような距離で、リオナは空腹のせいで意識を失った。
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十年前のあの日。
一揆が起きたあの日、アルフォンス・アドルフ・アディントンはノキアの街で踊らされていた。
ルルケ国で一番高い山、マオゲヌ山を見るため、王族一同でノキアの街を訪れていたのだ。四番目の王子がふらりとどこかへ行ってしまった後、それは起きる。
国民の標的となった王族。その中で王妃は、自分を盾にして子供達を守ろうと必死だった。五番目の王子と三番目の姫がクローゼットの中に隠され、年の割には発育の良かった六番目の王子――アルフォンスは、寝台の下に入れられていた。
怒号が響き渡る中、アルフォンスは寝台の下から抜け出す。どこに行くかなんてわからない。とにかく、死にたくなかった。
緑系の髪と瞳は、王族であることを示す。深緑の髪は黒で誤魔化せるかもしれないが、新緑の明るい緑色の瞳は誤魔化しきれないだろう。見つかれば、自分の命はないだろうと思っていた。
そうして逃げ出したのに、人目がないところへ逃げたはずなのに、大人達が武器を持って走り回る中、アルフォンスは鉱魔に捕まっていた。
ポンポポンと軽やかに鳴る鼓の音。ザッザザンと鳴らされる四本分のマラシェイの音。そしてその二つの音が組み合わさると、一揆が起きている現状では一番程遠い、陽気な音楽となって聞こえてくる。
そんな鼓を叩く鉱魔と、マラシェイを振る鉱魔の間で、大きな帽子を被った鉱魔がひらりひらりと体をくねらせて踊っていた。
それを目撃してしまったアルフォンスは、自分の意思とは関係なくその陽気な雰囲気の中に呑まれていく。
「あっ!! モウルトリオだ!!」
踊らされているアルフォンスの隣に、少女が一人やってきた。少女は自ら踊りに加わり、弾けるような笑顔で栗毛色の髪を軽やかに揺らす。
「たのしいね! ササラもよびたいな」
モウルトリオが奏でる音楽に合わせて踊り、時にはアルフォンスの手を取ってくるくると回る。家族以外で手を繋いだことがなかったアルフォンスは、今の状況に戸惑いながらも自然と笑みをこぼしていた。もう一人増えたら、それもまた楽しそうだと思う。
しかし、強制的に踊らされ続ける状態では体力が持たない。アルフォンスよりも年下と思われる少女は、まだ息が上がっていないように思える。
「つかれた?」
「つ、つかれたというか……」
ぜえぜえ、はあはあ。荒い息づかいで答えていると、少女はにっこりと微笑んだ。その微笑みに、アルフォンスはぐわしっと胸を掴まれるような感覚になる。
「ジェーさんにおしえてもらったこと、やってみるね」
そう言うと、少女はアルフォンスにはわからない方法でモウルトリオの踊りから解放される。そして未だに踊らされているアルフォンスの目の前で、モウルトリオが倒された。
モウルトリオから、マラシェイがドロップする。それは二つで一つの組となっており、少女が持つとその手になじむような大きさになっていた。
「はんぶんずつ。またあえたら、いっしょにあそぼーねー」
渡された、一つのマラシェイ。そして笑顔で去って行く少女。
アルフォンス八歳。初めての恋だった。
成人を迎えた十六歳の頃、アルフォンスはテフィヴィの街で冒険者登録をした。
初恋の少女の家へ渡す結納金のため、成人してから二年間、友人兼護衛を務めるネイサン・ブライスに協力してもらいながら資金を貯めた。
庶民の平均月収はいくらだとか、結納金の妥当な額だとか、ネイサンから教えてもらい、その目標金額まで貯めた。
名前も知らない相手から結納金を渡されても、困らせるだけ。ネイサンのそんな助言は、初恋の少女への気持ちしかないアルフォンスには届かない。
そして今日、十年前に恋した少女を求めてノキアの街へ向かっている。その道中の、カールト隧道のノキアの街に近い所で、アルフォンスはある生き物を見かけた。姿形から人間とわかるものの、鉱魔と言われても疑問に思わないような見た目だ。
「デューオルチョインを瞬殺しているあの子が、アルの初恋の子だったりしてな」
「そんなわけない。ぼくが好きになった子は、あんな薄汚れた髪じゃなかった。もっと綺麗な髪色だ」
「思い出は美化されるものだぞ?」
「それはそうかもしれないけど、少なくてもあんな化け物みたいな見た目じゃない」
「って言っても、名前も知らないんだろ?」
「名前を知らなくても、一目見ればわかる」
「栗毛色の髪に金の瞳だったか? 割とありふれた色だと思うが」
「それは明日行ってみればわかると思う。ぼくはもう寝る。ネイサンも休めるときに休んでくれ」
十年ぶりに初恋の少女と会えるかもしれない。その気持ちの高ぶりのせいで寝れなくて、何度も寝返りを打つ。しかし、無様な顔を見せるわけにはいかない。
アルフォンスは大きめの白いローブを目深にかぶり、隧道内の盛り上がりを無視して眠りについた。
翌朝。
夜よりも盛り上がっている隧道内の様子を気にせず、ネイサンが作ったスープを食べていた。すると、盛り上がりの中心人物がふらふらとこちらへ近寄ってくる。そして、目と鼻の先の距離で倒れてしまった。
「助けることない。冒険者なら、自分の食事も管理しないと生きていけないんだから」
初恋の少女以外には優しくする気のないアルフォンスと、近くで見たら人とわかる相手が倒れていたら放置できないネイサン。基本的にネイサンはアルフォンスの指示に従うが、今回ばかりは背いた。
抱き上げ、天幕まで連れてくる。見れば見るほど酷い怪我を負っていた。白魔術師の力があれば、とこちらを見てくるネイサンをアルフォンスは無視する。
「ネイサンだって赤魔術師なんだから、少しくらいは回復できるでしょ」
初恋の少女以外には全く興味がないアルフォンスの代わりに、ネイサンが回復魔法をかける。そしてうっすらと意識を取り戻した相手から、オルゴーラ工房という名を聞き出した。
また意識を失ってしまった人物から聞いた工房名を頼りに、ネイサンが抱き上げたままノキアの街を目指した。
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