1.3 リオナの戦い方
(冒険者になるなら、鞄に入るだけのドロップ品を集めよう!)
必要最低限の物しか入らない鞄は、正直心許ない。しかし、鉱魔には容量箱という鞄ぐらいの大きさなのに数十倍も入るアイテムをくれる魔物がいる。冒険者になったら、取りに行けばいいのだ。
容量が増えれば、いつもは鞄に入れられないマラシェイも入れておける。マラシェイは、十年前に初めて手にした鉱魔からのドロップ品。思い出深いものだ。
(んー!! わくわくする!)
五年前に死んでしまったジェイコブから与えられた知識と、それを踏まえたリオナの戦闘方法。それさえあれば、冒険者になっても苦労はしないだろう。
(まずは、カールト隧道だし、デューオルチョインだよね)
デューオルチョインは、選択制戦士と呼ばれている。戦士の格好で現れ、デューオルチョインや戦う側の性別で戦闘方法が異なり、複雑な攻略を要する鉱魔だ。最後の一撃を入れたのは男女どちらかによって、ドロップ品も違う。どうやって性別を判断しているかは不明だが、ジェイコブからそういうものだと教わっている。
カールト隧道に、一体のデューオルチョインが現れた。
(あっ。あの人達が戦うみたい)
リオナに明るい未来を見せてくれた、男女混合パーティ。前衛の剣士、後衛の魔術師と射手という組み合わせだ。女性が魔術師のようで、何やら詠唱を始めている。
(んー……あの方法じゃ、デューオルチョインは倒せないってわかっていると思うんだけど……)
三人組の前に現れているのは、女のデューオルチョイン。女性魔術師がローブを着ているからか、まだ三人とも男だと思われている。
デューオルチョインは、射手がお気に入りのようだ。射手の周囲をぐるぐると動き回り、ときどき体のどこかに触れている。剣士はそんな奇妙な動きをするデューオルチョインを女性魔術師に近づけさせないようにすることで精一杯のようだ。
デューオルチョインの戦い方を知っているリオナとしては、三人組の様子が歯がゆくて仕方ない。
(あー……もどかしい。デューオルチョインがあの動きをしたら、標的になった人が正面から抱きしめれば動きを止められるのに)
リオナは、ジェイコブから教えてもらった知識がある。だからもどかしい。しかし、その攻略方法は無資格者だったジェイコブが努力の末に集めた知識だと知らない。
無資格者は、作り上げた品もドロップ品も十分の一の価値になってしまう。それでもジェイコブは、だったら十倍動けばいい。そんな風に言う剛胆な男だった。その心意気ごと、リオナは知識を受け継いだ。
(どうする? あの人達なりの作戦かもしれないし、下手に手を出さない方がいいかな)
剣士も射手も、魔術師の女性を気にしている。それはまるで三人の間にある絆を示しているようで、第三者が入ってはいけないような気もしていた。
(……詠唱、長くない? まだ魔術師の人の性別がばれてないから、早めに動かないといけないと思うんだけどな)
リオナの不安は、当たる。
詠唱を終えた女性魔術師は、デューオルチョインに対する攻撃としては一番最悪の、風魔法を放った。
デューオルチョインが、女性魔術師の方を見る。魔法の影響で、顔が見える状態になってしまっていた。今まで射手にしか興味がなかったデューオルチョインが、ガッと女性魔術師を見る。
「助けなきゃっ」
女のデューオルチョインは、攻撃手が同じ性別だと戦い方を一変させる。髪を引っ張ったり胸をもごうとして暴れ狂う。
リオナは三人組に駆け寄る。何度も倒してきたデューオルチョインだったが、確認のために腰についている白が混じった緑色の鉱石に目を向けた。
「鉱物眼!!」
両指で作った枠を両目上に持っていく。枠の中――リオナの両目に浮かんだのは、単斜晶系の文字。そして、鉱石部分だけキラリと輝いた。
(うん! 変わってなかった!)
鉱魔である以上、体のどこかに鉱石を着けている。鉱石の種類がわかれば、弱点もわかってしまう。鉱魔全体を結晶として見る。それが、ジェイコブからの知識を元に作り出したリオナの戦い方。結晶とは、小さな直角柱のような塊が規則的に並んだものだ。そして、鉱石部分を殴れば一撃必殺の攻撃となる。
(単斜晶系は、ここの角っ!!)
リオナの両目には、鉱魔が結晶化した状態に見えている。それはまるで、鉱魔の細胞を拡大鏡で見ているような状態だ。だから直角柱のような塊の一面だけが斜めになっている角を殴れてしまう。
殴った瞬間、まるで分解されたかのようにデューオルチョインがばらばらになる。そして、ドロップ品のタルクが床に落ちた。
ドロップしたばかりのタルクは小さな紙袋に入っており、それを十個集めると店でも売られているような量になる。このタルクが、汗止めパウダーの材料だ。
「え、え?? みねら……?」「ねぇ、何が起きたの??」「デューオルチョインを、一瞬で??」
三人組が混乱している。
それもそのはず。リオナの体感では分析して攻撃するまでそれなりの時間が経っている。が、実際には、突然現れたリオナが何かを叫び、瞬く間にデューオルチョインを倒した。射手が言ったように、まさしく一瞬の出来事なのである。
「共闘ということで」
ドロップ品はどうするか。そう続けようとして、三人組がリオナの顔を見て一斉に顔を青ざめる。そしてなぜか、剣士が剣先をリオナに向けてきた。
「どうしましたか?」
「ち、近づくな!!」
ぶんぶんと、剣士が大剣を振るう。
なぜ共闘したのに攻撃されているのかわからず、リオナは首を傾げた。
「大剣を避ける素早い動き。デューオルチョインには見えないけど……」「新種? それならギルドに報告しないといけないです」「いや、デューオルチョインを一瞬で倒したんだ。こ、ここでおれ達が仕留めないと……」
困惑している様子の女性魔術師、丸い眼鏡をクイッと上げる射手。一番体格の良い剣士は、僅かに震えていた。
「あの?」
「人間みたいに話すなんて、わたし達の手には負えないよ!」「ですが、知能を持った鉱魔が、ぼく達を見逃すはずが……」「お、おれが残る! 二人は先に行ってくれ!!」「「でもっ!!」」
(……なにか始まった?)
三人組のパーティーは、どうやら相当混乱しているようだった。リオナの前で、寸劇かと思えるような熱いやり取りが繰り広げられている。
(というか、わたし人間だけど……)
何か決定的な勘違いをしているようだ。それならば正さねばと、リオナが一歩前に出る。
「「「ひっ」」」
三人揃いの悲鳴を上げると、女性魔術師が尻餅をついてしまった。その女性を守るように射手が前に出て、剣士がまたリオナに剣先を向けてくる。
このままでは、話し合いにならない。鉱魔は水気のあるところに出現する。一度出た後は少し時間を置き、また出てきてしまう。このままでは、戦い方が危うすぎる三人組がまたデューオルチョインに襲われる。
「えぇと、誤解があるようですけど……」
「近づくな! 化け物!!」
ぶんぶんと、剣士が大剣を振る。それは最早攻撃というより、リオナを近づけさせないための一時しのぎのようだ。
「落ち着いて下さい。わたしは、ドロップ品のことで相談したくて」
「ドロップ品を渡したら、わたし達を見逃してくれますか……?」
女性魔術師がか細い声で聞いてきた。その声は恐怖で震え、全身でリオナのご機嫌を伺っているように見える。
「見逃すも何も、共闘だから誰が得るのかって……あー、行っちゃった」
話している最中、リオナがドロップ品を拾った。三人から目を離した瞬間、ノキアの方へ全力疾走していく。
「……なんで?」
三人組の行動は理解できなかった。しかし、時間が経って出現した二体目のデューオルチョインを倒した後で判明する。カールト隧道内にあった水たまりで見たリオナの顔は、人とは思えないほど腫れ上がっていた。
オルゴーラに力の限り殴られた右の頬には大きな瘤があり、壁にぶつけた左の頬は大きな裂傷ができている。今までの傷もあり、さぞ不気味に映ったことだろう。
リオナとしては視界が変わらなかったため、気づけなかった。
「んー……こんな顔でも人間だってわかると思うんだけどなぁ……」
リオナは知らない。複雑な戦闘方法を強いられるデューオルチョインを、鉱魔を一瞬で倒せるなんてあり得ないということを。
「まぁいっか。もったいないから、もらっておこう」
ドロップ品は、確率で落ちる。だから換金するにしても量が必要だ。
リオナは、これからの明るい未来に向けて、何十体ものデューオルチョインを倒していった。