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1.2 気づき


「すーっ、はーっ」

 リオナは、無味無臭の空気を吸って空腹を誤魔化そうとする。そんなことをしても全く腹は満たされないが、ようは気持ちだ。自分は空腹ではないと思い込めば、少しだけ空腹を忘れられる。これは、ジェイコブが亡くなった五年前からの生活の知恵だ。

(えーと、汗止めパウダーはデューオルチョイン、ショールはテンプティテンプティで……)

 ルルケ国には、鉱魔(こうま)と呼ばれる魔物が存在する。体のどこかに鉱石がある魔物だ。その魔物がどこにいるのか、討伐の方法など、全てジェイコブに教わった。ジェイコブは男性だったが、リオナと同じ無資格者だ。そんなジェイコブが生活する上での知識を全て与えてくれた。

(東門の方に行こう)

 鉱魔が出るため、街は高い石壁に囲まれている。もちろん門番がいて、門が閉じる時間も決められていた。

 鉱魔が出現する場所から離れている場所に、街はある。しかし時折、すぐ近くまで鉱魔が来るときもあった。

 ジェイコブから教わったのは、そんな鉱魔――ライトキャトルが突撃して作った抜け穴。人一人分くらいは抜けられる。ジェイコブはこの抜け穴に鉱魔が近づかないように、ライトキャトルなど一部の鉱魔に効く魔物避けのキャッツアイを穴の中に置いていた。

(……よし。誰もいない)

 東門の付近には、煌々と篝火が焚かれている。篝火の中にはライトキャトルを倒すとドロップするクリオライトを入れるそうだ。火に入れても溶けず、明るさを増幅させるらしい。

 篝火は街中にも設置されている。しかしそれはまばらで、東の門の前から次は少し離れた距離にあった。その明かりと明かりの間は、闇が濃くなっている。元々は白かったリオナの服も、今ではすっかり闇夜に紛れやすい色になってしまった。

 もう汚れる事なんて気にしないリオナは、抜け穴から這って石壁の外へ出る。こうして門が閉められても外に出るのは、リオナにとって日常茶飯事だった。寧ろ、日課に近い。オルゴーラからの不当な要求は、五年前から続いている。

「テンプティテンプティが出る時間までは……まだもう少しあるかな」

 満月が出ている高さを確認して、先にデューオルチョインを倒すことにした。

 デューオルチョインが出現する場所は、街道。ノキアの街から一番近いのは、カールト隧道(ずいどう)だ。隧道と言っても薄暗い場所ではない。一定の間隔でクリオライトが設置されている。誰かが石や武器など硬いもので擦れば、数時間は昼間のような明るさを保つ。小さな天幕を張れるような空間もあり、水気のある場所に行かなければ襲われることもない。

 デューオルチョインは――というより、鉱魔は、水気のある場所を好む。雨の日は特に活発になり、皆家の中で雨上がりを待つ。

 ノキアからテフィヴィまで続くカールト隧道は、とにかく長い。歩くと一日はかかる。長い隧道には先客も多く、天幕を張った冒険者達は一夜をそこで過ごすのだろう。

(冒険者……いいなぁ。自分の生活は、自分の力次第だなん、て)

 リオナは、ある三人組のパーティーに目を奪われた。それは男女混合のパーティーで、女性が一人いる。

(え、女の人も冒険者になれるの?)

 リオナにとって、青天の霹靂だった。女性は男性に庇護されるもの、といえば聞こえはいいが、つまりは女性の自由は全くない世界なのだ。ジェイコブから様々な知識をもらい研磨師を夢みるリオナも、勝手に勘違いしていた。研磨師の受験資格で法外な値段を取られるから、冒険者も同じなのではないかと。

(……はっ。もしかして、今って絶好のチャンス!?)

 リオナはジェイコブから与えられた知識もあり、一人で鉱魔を討伐できるような力を持っている。それがわかっているから、オルゴーラも他の人では無理な要求をしていた。

 今、リオナは一人。門が閉まっている時間のため、顔見知りと外で遭遇することもない。

(……自由?)

 オルゴーラに打たれた右の頬はまだ痛い。顔を確認していないが、腫れ上がっているだろう。もしくは、痣になっているかもしれない。だから何だというのだ。今、リオナの行動をオルゴーラに報告するような人間はいない。

(自由だ!!)

 ジェイコブが死んでしまってから、ずっと耐えてきた五年間。オルゴーラからの不当な要求にだって、応えてきた。

(自由なんだ! わたしは、自由なんだ!!)

 徒弟とは違う肉を出せという要求に従ったのに、盗人扱いされることも。

 買うには高いからと、鉱魔を倒してドロップ品を差し出すことも。

 十一人分の食事を用意したり細々としたものを準備することも。

(冒険者になれれば、全部やらなくていいんだ!!)

 突然気づいてしまった明るい未来に、リオナは天にも昇る気持ちになった。高揚感が止まらない。

 冒険者になって稼いで資金を貯めれば、誰の許可もいらなくなる。リオナはもう十六。受験料さえ貯められれば、いつでも研磨師の試験に挑戦できてしまう。

(三千万ガルドなんてすぐには貯められないけど……このまま、一ガルドも持てない人生と比べたら!)

 クリオライトに照らされたリオナの金の瞳が、力強く光る。全てを諦めていたリオナの顔に、血の気が戻った。




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