2.7 冒険者登録
そこそこ長めの文章量です
アルフォンスとブライスと、ノキアの街の冒険者ギルドへ向かう。冒険者ギルドは噴水広場から少し奧に進んだところにあり、寝台と剣と酒樽が一緒に描かれている看板だ。ここも高級宿かと思うほど建物は大きいが、窓ではなく換気口というところでリオナは親近感を覚えた。
というか、冒険者は力がありあまっているのだろうか。所々ヒビが入っていたり、大きな穴を補修したような痕跡がある。
中へ入ると、ざわっと空気が動いたような気がした。
(……? 何か視線を感じる? アルフォンス様に治療してもらえたから、見た目は問題ないと思うんだけど……)
リオナは、自分の顔面偏差値のことをよくわかっていない。それもそのはず。ジェイコブと暮らしているときは鉱石のことを勉強していたからあまり外に出ていなかったし、ここ五年はずっとオルゴーラから暴力を受けていた。
(男の人は熱があるのかな? 女の人は……うん。ちょっと視線が怖い……)
オルゴーラ工房へ三人で向かったことを思い出した。あのとき、顔がわかるブライスに注目していたのは、全員女性だ。
ちらりと、ブライスを見る。
「どうかした? リオナ嬢」
ブライスがリオナの名を発した瞬間、ギルドにいた男衆が立ち上がった。そしてリオナの近くへ来ようとするが、アルフォンスが立ち塞がる。
「何だチビ」
「リオナは渡さない」
「はい、そこまでですよー」
一触即発だった空気が、のんびりとした声によって壊された。
「冒険者同士の私闘はギルド規定で禁止されていますよー?」
赤混じりのピンク色の髪で柔らかい雰囲気の女性だ。にっこりと微笑んでいるのに誰も逆らえないような雰囲気の女性が、リオナの手を掴む。
「初めて見る方ですね。冒険者登録されますか?」
「は、はい。お願いします」
「わかりました。では、こちらへどうぞー」
手を掴まれたままだったリオナは、先程喧嘩をしそうだったアルフォンスと冒険者らの間を歩かされてしまった。わざわざそこを通らせるとは、と、リオナはこの女性に逆らわないと決める。
カウンターに案内され、いくつかの書類が置かれた。
「初めまして。ノキアの冒険者ギルドの受付をしている、ララです」
「は、初めまして。リオナです」
「ふふ。お名前ありがとうございます。リオナさんは読み書きはできますか」
「はい、できます」
「では、こちらに必要事項を記入してください」
示されたのは、名前や職業などを書く用紙。そして鉱魔であるチャータボークスからのドロップ品と思われる大黒羽の筆記具。近くにはインクもある。
(ふわゎぁぁ……こんなところにも、鉱魔のドロップ品が使われているんだぁ……)
知識としては、ジェイコブから教わっている。しかしオルゴーラ工房ではオルゴーラが指定した鉱魔のドロップ品しか回収できなかったし、ソードラビットの肉などは日常的すぎてあまり実感がなかった。
これから冒険者として活動して、色んな鉱魔と出会えるのだと、リオナは笑みを浮かべながら用紙に記入していく。
「あの、職業とは何を書けばいいんですか」
「説明しますが、その前にこちらの魔力測定器に触れてもらえますか」
カウンターに、両手の平ほどの大きさの木箱に入れられた水晶測定器が置かれた。
(うわぁ……すっごく綺麗……良い仕事してる。どこの研磨師が磨いたんだろう)
研磨師に憧れるリオナとしては、こんな素晴らしい作品に触れていいものかと悩んでしまう。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。これは冒険者になる方に魔術師としての適性があるかどうか確認するだけなので」
「えっ、触れるだけでわかるんですか!?」
「この測定器は各街のギルドにありますが、それぞれギルドに所属している中で優秀な魔術師に魔力を注いでもらっています。触れると、その人の魔力量が数値として浮かび上がるようになっているんですよ」
こんな風に、とララが実践してくれる。ララが水晶に触れると、九九九という数字が出た。
「ちょっ、ララちゃんまた魔力上がったんじゃねーの」「五百を越えると高いって言われてるのに……」「はー。魔力も高いし胸もでかいしっ」
周囲から聞こえた反応で、ララは凄い人だったと感心していると、ドタバタと急に誰かがギルドから出て行く。驚いて振り返れば、先程アルフォンスと口論していた冒険者だった。
大きな音に驚いていたリオナは、ギルド内の男性全員がララの氷の微笑みを見たことを知らない。
リオナがララへ視線を戻すと、にっこりと柔らかい微笑みを浮かべながら布で水晶を拭いていた。
「さ、リオナさんも触ってみて下さい」
「は、はい……」
アルフォンスのよう治療に特化した白魔術師もいい。器用貧乏というようなことを言っていたが、ブライスのように赤魔術師にも憧れる。
(ま、まぁ、わたしは研磨師になりたいから、お金を稼げればいいんだけどね)
大魔術師になれるくらい凄い数値が出たらどうしようと、ワクワクやドキドキでまた自然と笑みがこぼれる。
いざ水晶へ、と手を伸ばしたところでハッとなる。
「あ、あの、冒険者登録っていくらかかりますか」
「登録は誰でも、十六歳以上なら無料ですよ。ただ、職業を決めた後の研修には料金を頂いています」
「い、いくらですか!?」
「研修と言っても、職業に適したクエストをこなしてもらうので、その報酬が研修料となります。三つのクエストを終了した後は、報酬もリオナさんのものになりますよ」
「と、いうことは、登録料も研修料も、実質無料ということですか!? な、なんて太っ腹……」
「リオナさんの不安はなくなりましたか」
「はい。ありがとうございます」
「では、測定器に触れて下さい」
水晶に手を伸ばす。五本の指が全て水晶に触れた後、ゼロ、ゼロと数字が浮かぶ。
(え、魔力なし……?)
魔力がないのかとリオナが落ちこみかけたとき、数字が一度判読不明になり、最終的に十八と表示された。
(良かった……魔力はあったみたい)
魔力十八とはどれぐらいのことができるのかとララに聞こうとしたら、首を傾げたり水晶を睨んだりしていた。
「あの、何かおかしかったですか」
「あぁ、いえ……長年受付をしていますが、あんな表示のされ方は初めてでして……」
「えっ、わたし、測定器を壊してしまいましたか」
「少々お待ち下さい」と言って、布で拭いた水晶にララが触れる。するとまた、先程と同様に九百九十九と出た。
「測定器は正常のようですね。誤作動ではないと思いますが、もう一度触れておきますか?」
「い、いいえっ。魔力があるとわかっただけで満足です。またおかしくしちゃったら、弁償なんてできないです」
「壊れてはいなかったので、リオナさんが気にすることはありませんが……リオナさんが良いなら、魔力測定はこれで終了です」
「魔力十八だと、何ができますか」
「そうですね……」
リオナの問いに答えるように、ララが記入用紙の下に置かれていた紙を上に置く。そこにはいくつもの職業名が書かれていた。
「魔術師として活動するためには、最低でも三桁の数値が出ていないと難しいです。訓練すれば伸ばせますが、魔術師になりたいという夢がないのであればお勧めしません。なので、リオナさんはこの辺りでしょうか」
手入れの行き届いたララの手が示したのは、重騎士、剣士、射手、拳闘士、格闘士など多くの魔力を必要としない職業だ。
「重騎士は敵からのターゲットを自分に集め、仲間に攻撃の機会を与えます。剣士は剣を使って近接攻撃、射手は弓で遠距離攻撃をします。拳闘士は自分の拳のみで戦い、格闘士は拳はもちろん、その場にあるものを使って近接攻撃をする職業です。リオナさんはどれを希望しますか」
提案された五つの職業を見て悩んでいると、アルフォンスとブライスが近くまでやってきた。
「リオナなら、拳闘士か格闘士じゃないか」
「確かに。リオナ嬢は近接攻撃向きかもしれない」
アルフォンスとブライスの、リオナへの評価にギルド内がざわつく。あの美少女が!? と騒ぐ男衆はアルフォンスに睨まれているが、リオナは職業名を見ていて気づかない。
「では、武器も使える格闘士として仮の登録をしましょう。研修の結果を見てまた職業を確認しますね」
「お願いします」
少し待つと、冒険者カード(仮)が渡された。手の平ほどのカードは冒険者としての身分を保証する。(仮)が取れれば、クエストの報酬をカードに記憶させることができるようになるらしい。冒険者カードはどの街のギルドでも使えるため、拠点を移動しても問題なく使える。
Sが最も優れた階級で、その後にA~Fまで続く。クエストをいくつもこなすことで階級が上がる。A級以上は国からの依頼もこなさないといけなくなるらしい。
明朝、研修の一回目を行うためギルドに来るようにと言われ、リオナはギルドを出た。




