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1.0 睨む影、1.1 息苦しい

暴力が出てきます。苦手な方はお戻りください。またの機会にお会いしましょう。自分の心を守るのは大事。


「黎明の疾風団だ‼」

 誰かの声を皮切りに、男女二名ずつのパーティーにテフィヴィの街の人々が集まっていく。新月の夜なのに、賑やかなことだ。

 そんな四人組の――栗毛色の少女をにらみつける影が、路地裏の一角に数滴の血を垂らした。











 ナナル暦一五〇四年。ルルケ国が動いた。

 十年以上の重税に耐えかねた庶民によって、一揆が勃発。成人していた王族が葬られた。

 またある場所では、当時六歳の少女と八歳の少年が出会い、少年が初めての恋心を抱く。その恋心が育っているかどうかは――――。




 ナナル暦一五一四年、十一月上旬の夕暮れ時。そろそろ冬の寒さに身を震わせる季節。にも関わらず、外套も着ていない少女が一人、ノキアの街中で三つの紙袋を持ちながら一枚の貼り紙を見ていた。

(……今年は受験する資格を得られる年だけど……)

 傷んだ長めの髪を、端切れのような粗末な布で括っている。冬の弱い日差しの元で見る少女――リオナの髪は、まるで土埃にまみれたような色をしていた。金色に見える瞳も絶望で濁っており、精気がないように思える。

 それもそのはず。リオナが見ている貼り紙の内容――国家資格である研磨師の受験資格は、男性であれば十六歳以上のみ。しかし女性は、十六歳以上、且つ、男の親族の許可もしくは庶民が十年以上暮らせるくらいの受験料、三千万ガルドを収めないといけないのだ。そんな大金を払える女性はおらず、実質研磨師は男性だけに認められた職業と言える。

(……せめて、収めたら絶対合格するなら、まだ頑張れるんだけど)

 十年前のあの日。国は変わった。しかし、男が優位な考え方は変わっていない。女は男の庇護を受ける。女は一人では生きていけない。そんな、世の中だ。

(せめてジェイコブさんが生きていたら、また違ったのかもしれないけど)

 十年前、成人していた王族が葬られた。それと同時に、一揆に参加していた庶民にも多くの死者が出ている。その中に、リオナの両親もいた。交流のあったジェイコブに拾われたが、そのジェイコブも五年前に亡くなっている。

「リオナ!」

 貼り紙を見ていたリオナの元に、革製の外套を着た青年がやって来た。

「オトコルさん。すみません、ありがとうございます」

「気にしないで。というか、前から言っているでしょ。僕のことはフレメルって呼んで良いよって」

「そういうわけにはいきません。オトコルさんは、わたしよりも四つも年が上です。何より、研磨師の資格を持っているじゃないですか。気軽に名前でなんて呼べません」

 オトコルがリオナから紙袋を二つ受け取る。

「いつもありがとうございます」

「気にしないで。僕がリオナと一緒にいたいだけだから。それにしても、師匠も酷いよね。リオナみたいな女の子にこんなたくさんの買い物を言いつけるなんて」

 リオナはジェイコブの死後、ジェイコブの息子であるジェラ・オルゴーラの家でそのまま世話になっている。その代わりに、オルゴーラが抱える徒弟十人とオルゴーラの食事や洗濯などを任されていた。

「工房に戻ろう。抜け出して来るときに師匠は寝てたけど、いつ起きるかわからないし」

「そうですね」

 オトコルの話に相槌を打ちながら、リオナは寒さを感じないように駆け足になる。急ぐオトコルは、荷物を持ってくれても歩調を合わせてはくれない。


 オルゴーラ工房へ戻ると、中から何かが壊れるような物音が聞こえた。

「やばい。師匠が起きたみたいだ。ごめんね」

 そう言うと、オトコルは持っていた紙袋二つをリオナに押しつけて裏口から工房へ入っていく。

 急に押しつけられたリオナは、うっかり紙袋を一つ落としてしまった。中に入っていた、汗止めパウダーが入っている容器の蓋がパカッと開く。

「あぁ!!」

 叫んだところで、粉末状の汗止めパウダーは容器に戻らない。しかも叫んでしまったことで、工房からオルゴーラが出てきてしまった。酒でも飲んでいたのか、赤ら顔で地面に広がっている粉末を見る。もう寒くなる季節なのに、蓄えた脂肪が腐ったような臭いが鼻に届いた。

「糞ガキ。ブブラバーバ様と会う予定があるのにどうすんだ、これ?」

「す、すぐにデューオルチョインから回収してきます!」

「んなこと、当たり前だろ? 俺達の食事を作り次第、行ってこい!」

「わ、わかりました!!」

 リオナは汗止めパウダー以外の無事だった品々をかき集め、工房に併設されている家へ急ぐ。そこはオトコルのように住み込みの徒弟達とオルゴーラが暮らしている家だが、通いの徒弟も食事は取ってから自分の家へ帰宅する。

 ソードラビットの肉を十人分焼き、バルンダからドロップする岩塩を削って味をつけた。オルゴーラにはライトキャトルの肉に岩塩を削る。他にも長パンを切り分け、根菜のスープを作った。リオナの分は、夕食が余っていたら食べられる。

 食事を全て作り終えてから、オルゴーラに買い物の釣り銭を渡した。

 オルゴーラが食事を載せている机の端で釣り銭を数える。

「糞ガキ!」

 それが終わるや否や、大声で呼ばれた。リオナはオルゴーラの前で両膝をつく。その瞬間、右の頬をぶたれた。ろくに食事も取れておらずガリガリのリオナは、そのまま吹っ飛び、壁にぶつかる。左の頬に痛みを感じた。

 リオナに声をかける者はおらず、徒弟達は見て見ぬ振りをして食事をしていた。

(うぅ……耳の奧がジンジンする……)

 ふらつきながらも、リオナは再びオルゴーラの前に両膝をつく。

「糞ガキ! お前、ふざけてんのか!? ちょろまかした七十ガルド、すぐに返せ」

「今日の買い物分、全額お返ししました」

「嘘ついてんじゃねーよ! 俺が計算を間違ったって言いてーのか!」

 ぽかっと頭を殴られる。倒れそうになったがどうにか堪え、オルゴーラを見上げた。

「ああ!? なんだ、その生意気な顔は! 盗人として警吏に突き出されてーのか!!」

「そ、それだけは……」

「だっだら、今すぐ七十ガルド出せ」

「そんな大金、持っていません」

「だったら、ショールを取ってこい」

 オルゴーラの請求に、徒弟の何人かが息を呑む。

 クオーツ時計に使われるショールは、一万ガルドの価値がある。冒険者ではないし研磨師でもないリオナが買い取りを希望しても、価値は十分の一。千ガルドになってしまうが、それでも七十ガルドよりも遥かに金額が大きい。

 不当な要求だ。しかし十年前に両親を亡くしたリオナは、オルゴーラの家を追い出されてしまうと生きていけない。女であると言うだけで、生きづらい世の中だ。どれだけ不当であっても、その要求に応えなければいけない。

「……わかりました。今から、行ってきます」

 明日の朝飯も作れよ、と今晩中の帰宅を要求される。重ねられる不当な要求にも文句は言えず、鞄を持ったリオナは空腹のまま外へ出た。



敵、味方とも出てくるまでに時間がかかります。なので、冒頭の改行前までの内容は少し先のお話です。

一話が終わるまで、毎日投稿していきます。続きを読みたいと思ってくださる方は、ブックマークに登録していただけると幸いです。

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