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台本書きを後輩に任せたい真理と真理に頼りたい後輩。役者になりたい敦と良い高校に入って良い大学に入って欲しいと願う両親。真理はこの2つの問題に立ち向かう

 9月になって新学期が始まったよ。中学校生活もあと6ケ月、まだ6ケ月と思うなかれだ、中3と云うのは非常に忙しいのだ、心して毎日を送るべし。

皆の目の色が、変わってる?いやそうでもないな、のほほんとしていたやつは相変わらずのほほんとしてるし、ボーとしている者はボーとしている。わたしは?内心は焦っているけど表面的には落ち着いた素振りをしているから「流石島田さん、入試なんて屁とも思ってないのよね」とか「運動会は今年もあるけど体力付いた今では、怖いものなしよね」と言われている。

いやいやそうでもない、やはり人生初めての入試だ、何が起こるか分からないではないか。それもあっちこっちから期待と重責を背負わされて受けるものだ、失敗は許されないと心に誓っている。だが、急に度忘れするかもしれないし、急な病に倒れるかも知れない。でもそんな事、今考えてどうする、天の神様の思し召しのままにだ、と時たま襲う黒雲を追い払っているのだ。

その次に、体力付いたから運動会が平気とか言われるけど、もともと運動会が嫌いなのだ。特にあのズドーンというピストルだけでも止めてほしい、詩や短歌を作る繊細な神経を持つ身にとっては、アレは誠にもって辛いものがあり、体力云々の問題ではないのである。しかしこの猛暑の日々、当分開かれる予定がないと聞く。

でもいずれは開催されるだろうから、決して喜ばしい事ではない、単に苦しみが遅らされているだけだ。

うーん、クラブの問題もあった。台本書きの候補者が出来たと云っても、彼女らが本当に書けるとは決まっていないのが悲しい。

ここは任せてポーンと投げ出してみたらどうだろう?1学期は二人に辞められてしまう恐れがあったので、真理様が殆ど全部を書いてしまったけれど、もう2学期、今更二人とも辞めるとは言わないだろう。二人が書いた物をわたしがチェックする、うんこれで決まりだ。

山岡先生に(わたしも素直に先生と言えるようになったなあ)相談してみた。

「そうね、どこまで出来るか分かんないけど、試しにやらせてみましょうか?3学期は嫌でも独り立ちしなくちゃならないんだから」

「はい、二人だから二人立ちですかねえ」

山岡先生はにこりともせず私の顔を眺めた。

「それでさあ、今回は・・・」

「今回は何にするんですか?」

「二人に台本書かせるんでしょう?うーん、はっきり筋や話がまとまっているのが好いわね」

「そりゃそうですよ、ピノキオと桃太郎を併せたようなものじゃ駄目ですよ」

「そうね、わたし、本当は赤毛のアンをやりたいと思っていたんだけど・・」

「赤毛のアンは随分長い話ですよ。でも一部分なら大丈夫ですね?」

「一部分?例えば、どんな所?」

「色々あるじゃないですか、髪を緑色に染めて見たり、ダイアナの妹の危機を救ったり、クリスマスだかの発表会の時、マシューにドレスをプレゼントされるのなんか感動的ですよ」

「うーん、でもそれだけ抜き出して見てる人たちに解るかしら?」

「それは簡単ですよ、ナレーターに喋らせたら良いんですから」

「ナレーターか」

「それならいっそアンをシリーズ化して行ったらどうです?そしたら暫くは他の物は考えなくて良いし、二人も考えやすいと思います」

「あらそれは好いわね、大道具、小道具もずっと使えるし、服装もそんなに考えなくても済むわ」

「先生はすぐにそう云った実利の方を取るんですね」

「そりゃそうよ、会計は私が預かっているんだから」

「はい、何時もありがとうございます」

「じゃあ赤毛のアンのシリーズ化決定ということでめでたしめでたし、と彼女らに報告しましょうか?」

「アンはアニメとしても旧い物があっちこっちのテレビで繰り返し放映されてるから、そこを打破して新しく面白いものを書いて欲しいわね」

「でも、彼女らが初めて書くのよ、高望みはしないわ」

「それはそうですけど、アニメそのままというのは困りものです」

「フフフ、島田先生はなかなか厳しいのね。ま、そこの所は島田先生にお任せするわ」

と言うことで、これから暫くは赤毛のアンをシリーズ化してやることになった事、赤毛のアンはアニメや実写版などテレビで放送されているが、我々はそれに捕らわれないで、も少し違った見方で台本を描いて欲しいと云う事を、二人にはこの島田真理が伝える事にあいなった。

「え、赤毛のアンですか?」

「それなら前有線テレビでやってました」

「わたしはテレビ神奈川で見たわ」

「思い出した,NHKでドラマ化されたのやってたわ。もちろん外国のだったけどずっと前だったから記憶には殆ど残っていないわ。それにアニメだって前の事だから、赤毛のアンっていう名前だけね」

「右に同じ。あ、わたし、右にいるから左に同じだ」

「要するに二人ともドラマもアニメも殆ど知らない、記憶にないと言う事ね。じゃあまして原作は読んだ事なしと言う訳か」

「はいわたしは大当たり。でも堀越は文学少女だから読んでるわよね?」

「いえ実は私も読んでいないんです。前、あしながおじさん読んだんですが、あれ物語そのものは面白いと思うんですが、辻褄の合わない所が多くて、外国物の少女向けの本てこんなもんかと、アンは読まないままになってしまったんです」

「アンとあしながおじさんの主人公は共に孤児だけど、似てるのはそこまでよ、内容も緻密さも全然違っているわ、これを機会に読み直して頂だい」

「済みません、ぜひ読ませて頂きます」

「でも、台本を書く上で、アニメやドラマを覚えていない方が、先入観なしで書けるから良いかもね。ま、先ずは物語を読んで、その初め、アンが孤児院からグリーンケーブルズに何とか置いてもらえるようになるまでを台本にして頂だい」

「ええっ、わたし達が始めっから書くんですか?」

「そうよ、選手交代なのよ。あなた方が書いた物をわたしがチェックする、来学期は殆ど二人で書いて、それを山岡先生がチェックする。解った、時は流れているの、そしてわたし達もね」

「そ、そんなあー」

「大丈夫よ、きっと上手く行くわよ。まあ最初は難しいかもしれないので、設定などは教えてあげても良いわ。そうそう、山岡先生は費用はなるべくかけたくない人だから、最初の名場面になるはずの満開のリンゴの木の下を馬車で行くのはカットね」

「ええっそんなー、わたしが唯一覚えているのがその場面なのにー」

「ミーツー!ミーツー」

「ハハハ、残念でした、言って良かったわ」

こうして台本作りの引継ぎを無事に済ませた島田真理は(本当に無事かどうかは後にならなきゃ分からないけれど)晴れやかな気分でこれからの日々を勉学に勤しめると言うもんだ。うん、こんな晴れやかな気分て一体何年ぶりだろう?中学校に入り、篠原女史にそそのかされて演劇部に入ってからと云うもの、常に頭の上にでーんと乗っかって離れなかった物、それが今や他人の頭の上にある。万歳と叫びたいと思う。一人で叫んでも良いが、出来たらだれかと一緒に叫びたい。

美香ちゃんやムッちゃんは中学最後の試合で輝くべく、今練習で忙しい。

「今それ処でないの!」と怒鳴られそうだ、特にムッちゃんにおいてをや。

では千鶴ちゃんは?千鶴ちゃんは国際試合に引っ張りだこでそれこそバンザーイの状態だ。たとえ人の良い千鶴ちゃんがオーケイを出してくれても、だれもわたしの為に万歳してるとは思わないだろうな。

居た居た、わたしを長年苦しめさせた張本人、篠原女史が。ついでに敦君にも加わってもらおう。

「えー、何処でやるのー」と口をとんがらせて篠原女史が言う。敦君は黙って突っ立っている。

「ここじゃだめ?」

「ここじゃいや、何事かとみんな見るわ。恥ずかしいじゃん」

「恥ずかしくないよ、めでたい事なんだから」

「台本書くのが他の子に代わっただけなのに、それが万歳になるわけ?あなた一人でやりなさいよ」

おお何と冷たいお言葉じゃ、そもそも原因はあんたにあるのに。

「ぼ、僕はやってもいいよ、真理ちゃん、今までほんとに頑張ったよ。労に報いて本とは部員全員でやるべきだよ、ねえ、みんな」

敦君の提案にそこにいたみんなが賛成の意を唱えた。

「え、ホント。みんなで万歳三唱してくれるの?う、嬉しい!何か泣けちゃうな」

「泣いても好いよ真理ちゃん、みんな心から感謝してるんだ。他のみんなも呼び寄せて万歳してあげたいくらいだけど、今はここにいる部員だけで三唱しよう、ねみんな」

「じゃあわたしも勿論加わるわ」篠原女史も参加する事に。

部室は万歳と拍手に包まれる。やはり少し泣けるなあ、ありがとうみんな!

でも、台本書きの任務はまだまだ終わっていなかった。

例の二人組は途方に暮れていた。

「ねえ先輩、馬車もダメと言う事は勿論列車もダメなんですよねえ」

「どうしてもと言うなら、美術部が作ってくれるけど、乗ったりは出来ないわ」

「そしたらいきなりグリーンゲーブルズで始まちゃいますよ」

「しかも翌日は又馬車でアンとマリラは出て行くんですよ」

「そうね、荷馬車で出かけていくのよね。でも乗らなければ絵だけで十分だし、絵がなくてもマシューとの別れをうちの中に持ってくれば馬車は全くいらないわ」

「でも、その馬車で行く途中、アンが身の上話をして、マりラが心を揺さぶられ、意地悪なおばさんがアンを下女として引き取ろうとするのを阻止し、自分の家に引き取ろうと決心するのよ。物語の肝腎の所だもん端折る訳には行かないと思います」

「そうなのよ。でさあ、今演劇部は、2学期になってまた少し増えたから27人もいるの。もしもこのまま、物語を進めたら、登場人物が少ないと思わない?」

「はい、そうですね、とても多くてどうしましょう?」

「まさか馬や牛をやってもらうなんてことも考えるんですか?」

「それだけじゃ足りないから、庭の木、雪の女王も人間がやったりして」

「そうね、足りなくなったらそれも考慮しましょうか」

「わたし冗談で言ったんだけど・・・でもどうするんです、登場人物と馬車で行く場面?」

「だから物語の始めをアンの生まれた時にするのよ。お母さんが亡くなり、お父さんが亡くなって、最初の引き取り手に引き取られる所から始めたら?ここの場面は近所の人たちがワイワイガヤガヤ議論するでしょうから、結構の人数がいるはずよ」

「でもそんな赤ちゃんの時のアンはどうするんです」

「馬鹿ねえ、人形か毛布だけでも良いくらいだわ」

「次は少し大きくなってからだから、人形と言う訳には行かないわ。一番小柄な子がアンの役を演じる事になるわねえ」

「わたしも小柄な方だけど・・他にもいると思うわ、朝霧さんも黒沢さんも小さいわ」

「まあ配役は後から考えましょう、最初の家から2回目の家に引っ越す時、ガラスに映る自分に別れを告げる場面があるでしょう、そこも重要だわね、アンの想像力の豊かさが顕著に表される所だわ」

「けんちょってなんですか?」

「え、それははっきりと言った意味よ,大体の意味はね」

「それから山奥の家に引っ越してからの話は、小さい子の世話や家の手伝いをさせられる事になるんだけど

・・・その小さい子供達は大小の人形にしましょうか?みんなの家から搔き集めましょう、そうすれば山岡先生のご機嫌を損ねないで済むわ」

「ここは次の孤児院に行くまでの間だけど、学校に行きたいアンと家事をさせたいおばさんの板挟みみたいになって、少し悲しい場面が続くのよね」

「本当に小さい頃のアンて悲劇の塊みたいですね、まだほんとに小さい子供なのに」

「でもマリラにその人たちはお前に優しくしてくれたかいって尋ねられた時、アンは彼らは彼らなりにアンに優しくしようと思っていたんだと答える、堪らないわよねえ」

「そ、そうですよねえ、ここは一発芸をかますところでないなあ」

「あったり前でしょう、三峰。あんた、何処にその一発芸を入れようかと、狙っているんじゃないでしょうね、こんな悲劇の真っ最中に」

「だからさあ、この暗くてじめじめしている場面だから、なんか笑う要素が必要と思っているんだ」

「うーん、それは言えるわ、確かにぜんざいには沢庵が必要よね」

「何です、先輩までが。ケーキには紅茶です、沢庵は要りません」

「はー、そう来たか。まそれはあなた方二人に任せるわ、仲良くけんかして面白い台本を書いて頂だい」

「まだ孤児院の所もあります。アンはこの孤児院を良く思っていないようですが・・・」

「ええ、あしながおじさんにも出てくるようだけど、この頃の孤児院は相当劣悪、酷いとこだったようね。

でもここの孤児院の所は余り詳しく書かれていないのよ、だから三峰さんのユーモアを大いに入れて、ぜひ楽しい舞台にして頂だい」

「先輩、そこは楽しいと言うより、面白い場面にするべきです。アンはそこをちっとも楽しい場所とは思っていないんですから」

「ははー、恐れ入りました、仰せの通りでござりまする。アンは孤児院に帰りたくないと思っているんだもの、大嫌いな場所、楽しめる訳が無いわ」

「そしてグリーンゲーブルズの場面になるんですね。何か凄く突然過ぎやしませんか?」

「そこはナレーターとマリラの一人芝居よ。マニラが孤児院から男の子を引き取ることを決意し、マシューがその子を連れて帰ってくるのを待っている、それを入れれば何にも唐突過ぎやしないわ」

「はーい、そうですね。そしてマシューとアンの登場。マシューはアンを迎えたいと言い、マニラは頑として男の子が良いと言う。育てるのはわたしだからと。そして翌日マシューの未練たっぷりの言葉を後にするわけだ」

「ええとさ、あとはこの次と言う事で良い?わたし塾があるので、失礼するわ」

「あすみません先輩、先輩は有名校を幾つも受けると聞いています。今までの所、二人で何とか台本にしようと思います。また分からなくなったら宜しくお願いします」

ううむ、もしかしたら前回通り自分で書いた方が良かったかも知れないぞ。いいやここが我慢の為所だ。今二人に任せなっかったら何時任せると言うのだ。

敦君と一緒に自転車を走らせ何時もの通り塾に行く。

考えて見れば村橋さんも物部君、馬場君もほんの少し前まではみんなライバルだった。今は一弾となって月見西中を代表して有名校に殴り込む選手みたいなものと思っている。解らない所があれば互いに教えあい、時々は勉強方法などもこうすればもっと能率が上がるよとアドバイスもし合う同志の存在なのだ。

だからわたしが塾に行っても、もう白い目で物部君に睨まれることもない、むしろ「やあ」と笑って迎えてくれる。わたしも「勉強捗ってる?」とにこやかに返事を返す。

「お前さ、まだ劇の台本書いてるの?」

「そうねえ、一応引退したと思ったんだけど、そうは問屋が卸してくれないのよ。今日もぎりぎりまで、ここは如何すれば良いのかって、煩く聞かれたの。自分で書いた方が本当はずっと楽なんだけど、この先の事考えたら、ここは我慢の為所なの。早くあの二人が独り立ちしてくれないかなあと祈るのみ」

「あなたの後、二人で書いてんの?」と村橋さんが尋ねる。

「ええ、一人は文才型、もう一人は一発芸型」

「何それ?」

「文才型をスカウトしに行ったら彼女がわたしの目に留まったの。こいつ、ただ物じゃないなって」

「へえ、それで二人なのね。早く独り立ちしてくれたら良いわね」

「でも二人だから、二人立ちだろう?」馬場君もやってきた。

「あ、それ、わたしも山岡先生に言ったわ。冷たい目で睨まれたけどね」

「山岡先生、何にもしてくれないんだ。島田が中3で受験が控えているのにさ」

「そうよねえ、顧問なんだから新人の教育係ぐらいしなくちゃあ。みんな島田さんに任せっきりだなんて酷いわよ」

「ありがとう、でも先生は部費のやりくりで結構大変なんだと思うわ」

「部費ねえ、演劇やっても収入ゼロかあ。衣装とか大道具小道具、かかるんだろうな」

「なるべく簡素にしてるんだけど・・・それもさあ、二人に言って置いたんだ、台本書く時はなるべくお金がかからないようにって、ハハハ」

そう言った具合に同志になったわれらは言葉でその日も慰めあった。勿論勉強には絶対に手を抜くことはない。覚えるためには書いた物を台所だろうがトイレだろうが、バスルームだろうが、家族のみんなのブーイングにも耳を貸すことなく、べたべた張り巡らす。これは効果ありと誰から言い出したかは覚えて

「そう、そうだね、出来たら真理ちゃんと同じ高校に行きたいな、ダメ?」

「どちらにするか決めてないけど、どちらかの高校に行かなくちゃならないんだ」

「僕さあ、真理ちゃんが普通の生徒みたいに推薦じゃなくて、通常の試験を受けると聞いて、僕もそうしようかなって考えたんだ」

「え、如何してなの?わたしは入ることは入るけど、2年か3年になったら、理系を目指して受験体制に入るから、多分演劇は辞めると思う。だから普通の生徒として受験するのよ」

「うんそれは分かっているんだ。でもさ、真理ちゃんが一人で頑張っているのに、ぼ、僕がのほほんとして推薦を受けてはいけないと思うんだ。僕も真理ちゃんと一緒に同じ所を受験するよ。だから受験するところを決めたら教えてね」

「敦君、ありがとうね、あなたは本当に優しいのね、誰も誰もそんな気持ちでいてはくれないわ、楽したい楽したい、それだけなのに。うん一緒に行って、一緒に試験を受けましょう、心強いわ、敦君も一緒に受験してくれるなんて」

わたしは感動した、心の中で泣いた。こんな優しさを今まで示された事があったろうか?武志君だってない増して健太にも沢口君にもない。

「わたし、敦君に心底感動し、感謝したわ。最初演劇部に入った時、とても頼りなく見えて、わたしが敦君を守らなければいけないと思ったもんだけど、形勢は逆転したのね、敦君がわたしを守ってくれているんだなあって」

感動したついでに、その夜武志君に一切を打ち明けた。

「実は少し前に敦から相談受けていたんだ。演劇部の推薦を真理一人に背負わせて良いんだろうかってね」「えっ、そうなの?何かあの時のシチュウエーションに似ているわね、体力増強演劇部に入った時よ、あなたがわたしを守るために敦君を入部させた時と」

「ハハ、あの時かあ。でも今度はあいつから言い出したんだぜ、少しでもお前の負担を少なくしたいとさ。でも、すべてはお前の力の上に成り立っていて、敦自身は何の役にも立ちはしないんだよ。それを十分わかっていて、それでも何とかお前の力に成たいと思う敦。お前も感動したかも知れないが、この俺も感動したよ、いや本当に。そこで、何の役にも立たないかも知れないけど、お前が受験する演劇校を一緒に受けてみたらッて言ってやったん。暫く考えていたけど、パッと顔を上げて、そうする、真理ちゃんは勿論自信満々で僕なんか居ても居なくても関係ないだろうけど、でも僕は一緒に受けたいんだ。その高校は東京だし演劇部以外有名でもないから、多分同じ中学から受験するの真理ちゃん一人だろう?もしかして、もしかしたら、ちょっと寂しいと感じるかもしれない、その時、僕が僕見たいなもので頼りないけど、でも一人じゃないんだと思ってくれるかも知れない。そう思うよねって彼奴、晴れ晴れとした顔で俺に言ったんだ」

「それでついでに壁紙勉強法も教えてあげたのね」

「それは教えるも何も、うちに来れば分かるじゃないか。凄い猛勉強ですね、と言うから、お前に言われて解んないとこや覚えなきゃならないとこを、紙に書いてベタベタ張りまくったらこうなったんだって教えたら、僕もそうします、真理ちゃんに返って心配かけては申し訳ないから、僕も成績をもう少しアップさせなくちゃいけないと言ってさ」

「敦君、この間の試験も随分成績上がったのよ。吃驚するくらい」

「お前がさ、学校の行き帰りにもぶつぶつ言って勉強する姿を見て、彼奴ももっと頑張らなきゃあと、思ったんだって言ってたぞ」

「わたしはさあ、演劇で身を立てようと思ってなくて、将来のために勉強してるから、どんなに猛勉強してもみんな自分の為よ。でも敦君はそうじゃないのよ、篠原さんみたいに適当にやってればそれで済む話なのに」

「彼奴ももしかしたら、お前が好きなのかもな」

「え、そんな事、考えたこともなかったわ。考えた事もないから気楽に付き合えたし、話もできたのよ。それは少し、困るわあ」

「大丈夫だよ、あいつ自身も全く気付いていないと思う、只お前に置いて行かれたくない、歩けるとこまでは一緒に歩いて行きたいと強く思っているだけさ」

「そう?それなら良いんだけど。でも確かに頼りがいのある友人にはなったわ」

「彼奴、お前がそう言ってたと聞かせてやったら喜ぶだろうな」

隣に別れを告げ、我が家へ戻る。武志君の家の中に比べれば我が家は殺風景な感じすらする。紙が張り付けてあるのは風呂場(ここに直に紙は貼れないのでクリアファイルを先ず壁に貼り、その中に必要なことを書いて入れるのだ)やトイレの壁が主だった所だ。時にはどうしても覚えきれない所があれば、リビングや自分の部屋の壁にも張り出すことがあるが、今はない。方や、武志君ちの凄まじさと言ったらもう、壁と言う壁、武志君の目の高さに合わせてびっしりと張り巡らされているのだ。おばさんが武志君の猛勉強ぶりに喜ぶ半面,余りの貼り紙の洪水に悲鳴を上げるのも無理はない。

「ねえ、もう少し貼る紙を少なく出来ない」と言ったこともあるが「バーカ、お前は少ない紙で済むだろうが、俺は覚えなくちゃならない事が山ほどあるんだ。ホントはもっと沢山書いて貼りたいくらいだ」と言われた。まあ、大学受験と高校受験とはスケールが違うから、そんなものか、と一応納得。おばさんにもそういって納得してもらった。

「まあ、大学受験が終わるまでの辛抱だわね。でも大学受験にあの武志が、こんなに早くから燃えてくれるなんて、喜ぶべき事ね、ありがとう真理ちゃん」とおばさんも納得した。

うーん、でも武志君一体何処の大学の何部を受けるのか、おばさんもおじさんも知らない。もちろんわたし真理も知らない。「それはまだ秘密だよ」と言って語ろうとしない。せめて理系(まさかとおばさんは言うが、ある日突如言い出すかも知れない)か文系か教えても好いじゃないか。勿論、理系にも色々あるし、文系にも進む道は沢山あるが・・・

「武志ねえ、何処に進むかって聞かれても、さっぱり分からないわ、何しろ全く野望のようなものがあるなんて思えないし、わたしは一般的な経済学部や法学部、あ、語学もあるし、そんな所じゃないの」

おばさんは言う。

「それなら教えてくれても良さそうに思えるけど。わたし、彼何か私たちの予想の付かない所に進学しようとしてるんじゃないの?」

「予想の付かないとこ、一体何処だろう?あ、そう言えば、少し前、紙をベタベタ貼る前よ、わたしに家、お金あるかなと聞いた事があるわ。金がかかるとこと言えば、昔から医学部とか医大だわよね。その時はまさか武志が医大を受けるなんて思いもしなかったから、何処か旅行にでも行きたいのかと思って、まあ少しぐらいなら大丈夫よって、言ったんだけど・・・ま、留学なんてのも考えられるけど」

そうかも知れない、もしかしたら彼が目指しているのは医師への道、わたし達は同志とあの時私は言った。彼は私の顔を暫く見つめていたっけ。化学者の同志、それは医者だと彼は思い込んだのかも知れない。

「おばさん、もし武志君が医学を志すと言ったら如何する?」

「へっ、武志が医者になるんですって?そそりゃ、何とかして学費を工面するわよ、壁紙どころの話じゃないわ、必死になってお金を搔き集めるわよ、ええあの子は真理ちゃんと同じような道を進みたいんだ。分かって来たわ、でも、今は全然力不足だからみんなに公表しないのよ」

おばさんは自信ありげに頷いた。

「まだ分からないわ、本人が言わないんだから、今はそっとして置きましょうよ、おばさん」

わたしははやる藤井夫人を必死でなだめた。

「ねえ、まだ台本出来ないのかしら?」と心配顔の山岡先生が私に尋ねた。

「そうですね、出来たとは聞いていませんし、もう少しですとも聞いていません。先日、馬車は使えないので、アンの生まれてから孤児院までの話から始めてみたらと、アドバイスして置きましたが、その後話を聞いていません」

「少し急ぐように言ってくれない?私が言うよりあなたから言ってくれた方が角が立たないから」

「えー、先生から急かして下さい、その方が数倍も効果あります」

「そ、そんな事ないわ、彼女等だってあなたの方が話しやすいし、アドバイスもらえて力強いと思うわ」

と言う訳で、結局この私が二人の元へ。

「ねえ台本かけてる?あれからわたしも本を読んでみたの。随分前に読んだものだから、少し前後を間違えていたりしたわ、御免なさい」

「あ、そうですね。でも中々セリフが思い浮かばなくて・・」

「何しろアンがマリラに一人でしゃべっているのですから、そこに何人いたのか、何をどう話したのかさっぱり分かりません」

「それを芝居にするのがシナリオライターの仕事でしょ?」

「シナリオライターの仕事か・・」

「うーんじゃあ、面白おかしく書いても、お涙頂だいに書いても良い訳ですね」

「ええ勿論よ、書かれていないことは自分で考えて辻褄が合うように埋めて行かなくちゃいけないけど、それをどう料理するかはあなた方次第よ」

「この間、一枚が壊れ、残ったガラスに映る自分を友達と思って話しかけたり、山の奥の家では木霊を友として過ごしたと言うのはもっと後の方、ダイアナと友達になれるかも知れない時に、マリラに話してるんですよね」

「でもそれもアンの生い立ちの中に入れた方が、断然良いと思うのよ」

「私たちもそう思います」

「でさ、山岡先生が早く台本を書いて欲しいと煩いの、あと何日位かかるかなあ」

「ええっ、まだ全然です。徹夜しても一月以上かかります。先輩が手伝ってくれればもう少し短縮されるんですが・・」

うぬぬぬ、この知能犯が。でも確かに台本ができない限り演劇は始まらぬ。今は正しく、体力増強クラブそのままだ。

「解ったわ、あなた方がこれまで書いた物を持ってきて頂だい。それに私が不足している所を書き足したり、要らない所をカットして仕上げていくわ。あなた方はこの後のマシューやマリラ、アンの場面、スペンサー夫人の屋敷の場面を書いて頂だい」

「勿論それも手直ししてくれるんですよね」

「ええ、仕方ないわね、みんながシナリオを待ってるんだから」

「はい、分かりました。でも次の所はちゃんと会話がありますし、ずっと台本にしやすいです」

二人は顔を見合わせニタッと笑った。

 赤毛のアン(グリーンゲーブルズのアン)その1

第1場面

ベビーベッドを村人とミセストマスが取り巻いている

ナレーター

ここはカナダの東端にある小さな村、名前はどうでも良いが一応付いてるから言って置こう。ノバ・スコシアのボーリングブロークと言う。でもきっとすぐ忘れるね、うん、忘れないとしたらあんた天才。でそこの中学の先生をしてた夫婦が居たんだ。本には教会のネズミみたいに貧乏とか書いてあるけどさ,先生してたんだよ、しかもお手伝いさんも居たんだもの、信じがたいね。ま、そのお手伝いが言ってることだから、あてにはならない事請け合いだ。やがて二人には女の子が生まれた。アン・シャリーと名付けられたよ。これはちゃんと覚えておくれ、彼女が主人公なんだから。母親から見たら痩せてはいるけれど、とても美しい赤ん坊だったとか。でもさあ、すぐに不幸はやって来たんだ。アンが生まれて暫くすると、アンの両親は熱病に罹り次々に亡くなってしまったんだ

村人1

 あっちこっちの役所に聞いて回ったんだけど、これがさっぱり親戚が見つからないんだ。

村人2

 何しろずいぶん遠くから来たと二人とも言ってたからねえ

村人3

 でもこの子を孤児院に入れるにはまだ生まれて3月しかたっていないから、ちょと早すぎるよ

村人4

 まあ、この家やある物をうっぱらえば、少しは金が出来るから、この子を引き受けてくれる所が多分あるだろう

村人5

 ああ結構な金になるからな、引き取りてはすぐ見つかるに違いないよ

ミセストマス

 あ、あのう、今までこの子の面倒を見てきたのはわたしなんです

村人1

 ああそうだったね、それなりの労賃はちゃんと払うよ。

村人2

 今まで色々大変だったね、ありがとうよ

ミセストマス

 はい、この子、わたしが引き取って育てます

村人3

 なんだって、あんた所には飲んだくれの亭主が居てさ、その上小さい子供を育てるのは、ちいとばかり無理なんじゃないの

ミセストマス

 亭主は何とかします。3月も世話して来て情が移りました、如何かその子を育てさせて下さい

村人4

 情がねえ、ま確かに3月も世話すりゃねえ

村人5

 まさかあんた、この子のお金が目的じゃないだろうね

ミセストマス

 いいえ違います。一生懸命育てます、誓います

村人、顔を見合わせ寄り集まって話をする

村人1

 解った、この子アン・シャリーはあんたの手に委ねよう

他の村人

 この子を立派に育ててくれ、お願いしますよ

ミセストマス

 確かに、立派に育てます

暗転

第2幕

薄暗い殆ど何もない部屋。真ん中に一枚しかガラスが嵌っていない本棚が一つ。そこにアンが佇んでいる

ナレーター

 それからトマスの家はそこから離れた村へ引っ越して行きましたが、な、なんとトマスの家には4人の子が次々と生まれて、まだ幼かったアンがその子たちの面倒を8歳になる今日まで見なくてはなりませんでした。え?どうしてそうなったかって?さあわたしにも全く分からないわねえ

アン

 ねえ、ケテイ・モーリス、わたし達別れなくてはいけない時が来たのよ。トマスのおじさんが酔っ払ってああ、そうだったわね、このガラスのもう一枚も酔って割ったのよね。でも今度は汽車から落ちて死んじゃったの。だからおじさんのお母さんがおばさんんと子供を引き取ることになったの。でもそのお母さんはわたしを引き取るのはやだだって言ったのよ。だけどわたし、子供の世話をこれまでずっとやって来たでしょう?それを見て、川のずうっと上に住んでるミセスハモンドがわたしを引き取る事にしたの。ケテイ、あなた泣いているの?私も泣けるのよ。おばさんはわたしを何時も手塩にかけて育てたと言ってたけど、手塩に掛けるってどう意味なのかしら、きっと優しくしてやりたかったと言う意味だと思うけど、いつも酔っぱらっているおじさんと4人の小さい子供が居たんじゃ、無理だったのよねえ。でも私には何時もあなたが居たから寂しくなかった。本当はガラスの向こうに行けたらどんなに良かったかしら。ああ、わたしもう行かなくちゃいけないわ。わたしはあなたをけして忘れないわ、何時までもね

アン、ガラスにキスをしてそこから立ち去る

暗転

第3場面

両側に山が迫り、その間を小さな川が流れているアンは4人の小さな子を長めの乳母車に乗せ、よたよたしながら右手から現れる

ナレーター

 アンはハモンド家に引き取られてからと云うもの2年間、8人もの子供の世話をさせら、山奥にあるため殆ど学校にも行かせてもらえませんでした。なーにしろ、ハモンド夫人は立て続けに3組もの双子を生んだのでそれどころではなかったのです。うーん凄い、これはギネス物ですよ、いやホント

アン

 ヴィオレッター、ヴィオレッター

木霊

 ヴィオレッター、ヴィオレッター

アン

 良かった、あなたが居てくれて。でも赤ん坊を4人も押し付けられてわたしもう駄目、死にそうなくらいよ、ここで少し休まなくちゃ、体がもたないわ。家に帰ればあと4人も面倒を見なくちゃいけないの。でもここでは誰も来ないから、こっそり持ってきた本が読めるわ。これがわたしの唯一の楽しみなの。ねえ、聞いてるー

ヴィオレッタ

 聞いてる、聞いてる、聞いてる

右手から村人が2人駆けて来る

村人Ā

 あ、居た居た。お前、ハモンドの所のもんだろう?

アン、頷く

村人B

 お前んとこのな、親父が木からおっこって、大怪我をしてしまったんだ

村人Ā

 それでかあちゃんが病院に行くんだが、赤ん坊や小さい子供は連れて行けないんで、お前を呼んで来てくれと頼まれたんだ

村人B

 でもこんな小さい子に8人もの子供の面倒を見させるのってちいと無理なんじゃないか?

村人Ā

 俺の所も貧乏だがハモンドの所は子沢山だから俺んちに輪をかけて貧乏だからな。良く見つけてきたもんだよ、こんな金も手数もいらない子をよお

村人B

 聞けば最初の家は持参金目当てに引き取られ、次に子守させるために引き取られたと言うじゃないか,何か哀れだな

村人

 さあ娘、赤ん坊を一人ずつ抱いてやるから、急いで家に帰ろう。少しは軽くなって、楽だろう?

村人とアンは右手の方に去って行く

暗転

第4場面

ハモンドの家の中。村人たちとミセスハモンド、アンが居る

ナレーター

 でも残念な事にハモンドおじさんはハモンドおばさんの厚い看護も虚しく直ぐ亡くなってしまいました。今はこれからハモンドおばさんと8人の小さな子供をどうするか話し合っているところです。あ、忘れていましたが、アンの事、皆どうするんでしょうね、しっかり頼みましたよお、忘れちゃやーだよ!

村人C

 ではあんた、あんたの子供をみんな親戚の家にあげちゃって、あんたはアメリカの方に行くっていうの?

村人D

 ほんとに誰も連れて行かないのかい?寂しくないのかねえ、わたしだったらとても出来ないねえ

ミセスハモンド

 そりゃ寂しいよ、今まで8人も居た子がゼロになるんだもん。でもさあ、子供がいたんじゃどこも働かせてくれないと、間に立った人が言うんだ。それに今まで8人の子供の世話に追われていたからねえ、ここはさっぱり一人になってみたいと言うのもあるんだよ

村人E

 でもさあ、あんた、子供たちの面倒はみんなあの赤毛の子が見ていたんじゃないのかい、学校にも行かせないで

村人F

 可哀相にあんなに小さくて良く働いてくれたと言うのに,用が無くなったら孤児院に放り込むんだね

ミセスハモンド

 じゃあ、あんたんとこで引き取ってくれるんかい

村人達下を向いてもじもじ

ミセスハモンド

 ほうら見て見なさいよ、やはりあの子は孤児院行きに決まりだね

暗転

第5場面

何もない場所に同じような服を着た子供たちがたむろしている

ナレーター

 それから4月立ちました。ここは孤児院の中です。勿論この中にアンもいます

右手より院長と孤児院のスタッフ二人がスペンサー夫人を連れて出て来る。途端に子供たちはおしゃべりをやめ、一列にきちんと並ぶ

院長

 はい、皆さん、良い子にしてましたか

孤児達

 はいとても良い子にしてました

スタッフ1

 食事の後、自分と小さい子の食器は綺麗に洗って片づけましたか

孤児達

 綺麗に洗って片づけました

スタッフ2

 ちゃんと学校の勉強、まじめにやりましたか

孤児1

 少し難しかったです

孤児2

 読めない単語が幾つかありました

孤児3

 算数がサッパリ分かりませんでした

院長(軽く咳払いをして)

 アンはどうですか?

アン

 はい、学校はとても楽しいです。本も沢山読めますし、いろんなことを教えてもらえてとてもありがたいと思っています

スペンサー夫人

 まあなんて利発な子だ事、年は幾つなの?

アン

 この3月で11になりました

スタッフ1

 スペンサー夫人、確か10か11歳くらいの女の子を一人頼まれたと、おっしゃっておられましたね?

スペンサー夫人

 ええ、我が家には5歳くらいの可愛い子が欲しいんですが,カスヴァ―トさんちでは10か11歳くらいの女の子で、利発で人なつきの良い子を頼まれたんです

スタッフ2

 それでしたらこの子、アンがぴったりだと思います。ねえ、院長先生?

院長

 そうですねえ・・少々独り言を言ったり、話し出したら止まらない傾向がありますけど、利発さでは他のどの子よりも勝っています

スペンサー夫人

 ええわたしもこの子が一番利発だと思います。カスヴァ―トさんもきっと気に入りますわ

暗転

とまで彼女らが書いた物にわたしが加筆添削して仕上げたが、次はどうなってるんだろう。

「今、もう少し時間が欲しいです。中々始めのレイチェル夫人とマシューの所をカットして、その上もうスペンサー夫人の家に向かう所から始まるんですもの、とても難しいと思います」

「だからそれは、互いの会話やナレーターで埋めて行けば良いのよ、マシューは無口だけど、それでもアンを家に迎えたいと言う強い意志を持ってるし、マリラはマシューの為に男の子でなくてはならないと思っている。アンはアンで自分が男の子でないからこの素晴らしい家に置いてもらえない。この三つをね、噛み合わせてセリフを書いて行くのよ」

「はあ、二人で話し合ってみます」

何とも頼りない二人だが、ここは踏ん張り何処、我慢我慢。そこに山岡先生の攻め立てが煩い。

「ねえ、まだなの?いっそ今回はあなたが書きあげて、次は二人が今から準備して書き出せば、3学期は間に合うわ」

「何を言ううんです、先生が我慢できなくて二人の未来はありません。もう半分は出来ているんです、彼女等もあともう少しと言ってます」

「そう?ほんとに大丈夫なの、書き終わるのかしら、もう9月も終わりだと言うのに」

うーん、他の部員たちも台本が出来上がらないので、イライラしてるみたいだ。

「あのう、登場人物は沢山いるんでしょうね?」

「ほとんどナレーターだけで終わり何てことないでしょうね」

わたしが心配してた事をみんなも気にしていた。

「そこは私が修正したから大丈夫よ」みんなの安どの顔

三日立って彼女らがやって来た。

「あのうまだスペンサー夫人の家の所は出来ていませんが、何とかマリラとアンが出かけるとこまで出来ました。これを加筆添削お願いします。スペンサー夫人の所はもうちょっと時間かかります。ミセスブリュエットの意地悪さを会話で表現するのも難しいし、マリラの心変わりも唐突過ぎておかしいし」

「それはそうね、でも頑張って頂だい。みんながあなた達の台本を待っているのよ。ミセスブリュエットの意地の悪い噂はそうねえ、彼女が家に入ってくる前に、マリラがスペンサー夫人にこんなうわさを聞いてますが、と言う風に持って来たらどうかしら?それもあの家では何人ものお手伝いが次々辞めて行ったと聞いています、こんな小さな子供が務まりますでしょうかとかなんとか」

二人はパッと目を輝かせ「ああそうですね、そうすれば、マリラの心変わりも納得できると言う訳ですね」

「それにマリラのセリフの中に本のちょっぴり、アンの生い立ちに同情するセリフを入れてみたらもっと彼女の心の変化が理解しやすいと思うのよ。確かにあなた方の書いたナレーターの言葉は面白いけれど、そればかりじゃお芝居でなく、朗読劇になっちゃうでしょう?」

「はい、よおく分かりました。頑張って仕上げて来ます」二人はにこにこしながら去って行った。


第6場

壁の真ん中には大きな窓。花や木が見える。部屋には大きな木のテーブル。椅子が三脚。その一つにマシューが腰かけている。テーブルの上には食器が並んでいる

ナレーター

 ここはクスバート家の食堂兼居間です。見ればわかる?それはそうですが、昨夜、嬉々として、嬉々って解ります?すごく喜んでと言う意味です、その嬉々としてこの家の主マシューに連れられ、このクスバート家にやって来たアンですが、なんとそのマシューの妹であるマリラから、家に欲しいのは兄の手伝いができる男の子であって、女の子は要らないと言われてしまい、アンは何も食べないで泣き寝入りしてしまいました。アンは一体どうなるのでしょうねか

マシュー

 あれはなかなか好い子だよなあ、それにあんなにここに居たがる子を又孤児院に返すなんてとても可哀そうだ。マリラにもあの子がここまでの道道で話していた事を聞かせてやれたら良いんだがなあ、そしたらあの子が本当に面白い子だと言う事が分かるのにとても残念だよ。わしの手伝いならフランス人の子供を雇えばいいんだし

左手よりマリラが出て来る

マリラ

 もうすぐあの子もおりてきますから食事にしましょうね。昼からわたしはあの子を連れてスペンサーさんのお屋敷に行って来て、あの子を孤児院に返す手続きをして来ますからね

左手よりアンが出て来る

マリラ

 ここにお掛けなさい

アン言われた通り椅子に座る

アン

 今朝はとてもお腹が空いたわ(それを聞いて、マシューはにこりと笑う)夕べみたいに世の中がすさまじい荒野だって気がしないわ。お日様が照ってるからとてもうれしい。でもね雨の朝もわたしは好きなの。朝はどんな朝でも楽しいわ、その日に何が起こるか分からないし、空想できる時間が沢山あるんだもの。だけど今日は雨でなくてやっぱり良かったと思うの。お天気の方が元気が出るし、苦しい事が我慢しやすいじゃないの。わたしは我慢しなければならない事がうんとあるから。悲しい本を読んで、自分がその中で勇敢に生き抜くのを想像するのは楽しいけど、ホントにそうなるのは・・辛くて悲しいわね

マリラ

 お願いだから少し黙って。小さい子にしてはあんたは全く口が回りすぎるよ

しばし沈黙の後、マシューから順次、十字を切ってみんな黙々と食べ始める

食べ終わるとマシューは右手に消える

アン

 わたし、お皿洗いするわ

マリラ

 上手に洗えるの

アン

 上手よ。ホントは子供のお守りの方が上手なんだけど、この家にお守りをする子が居なくて残念だわ

マリラ

 こんなに世話の焼ける子供がこれ以上居たら堪らないわよ。あんたには全く弱ってしまう、如何すりゃいいんだろう。それにしてもマシューにはあきれてしまう、あんたをこの家に置いて置きたいだなんて

アン

 あらおじさんは良い人よ、わたしがどんなにおしゃべりしても怒らないし・・とても喜んでくれたみたい

マリラ

 それは二人とも変わりもんだからですよ。さあお皿を洗ってごらん、お湯をたっぷり使ってね

二人はテーブルの上の食器を持って左手に去る。舞台は少し暗くなりお茶のセットがテーブルの上に置かれる

ナレーター

 時が過ぎました。3人はお昼を済まし、マリラとアンはスペンサー夫人の住むホワイトサンドへ向かう時間です。

マリラ

 兄さん、馬車に馬、繋いでくれました?そろそろホワイトサンドへ行って、この決まりをつけてまいりますからね。アンは連れて行きます。お茶の用意はしておきましたわ、わたしは乳しぼりの時間までには、多分戻りますよ

マシューは悲しそうな目でアンをじっと見つめる

マシュー

 今朝町からジェリーブートがここへ来たのでね、多分夏の間お前を雇うことにするだろうと言って置いたよ・・だから男の子は要らないんじゃないかな・・・

マリラ、ドアに手をかけつつ出て行くのをいったん躊躇したが、直ぐアンを促して出て行く

マシュー

 ・・・

暗転


二日後に1年コンビはやって来た。わたしは二人の原稿を受け取り。これまで添削した物を渡し、清書するように頼んだ。

「前回の所は、少し抜けている所はあったけれど、大体良く書けていたわ。よく頑張ったわね、もう少しで合格よ」と二人をほめたたえた。

「えー、そうですかありがとうございます。短くするのに凄く苦労しましたが、あれで良かったんですか」

「ええ、本当はもっと短くしなくちゃいけないかも知れないけど、でもこれ以上短くしたら、アンの良さが半減しちゃうからね」

「そうわたし達も思いました」

「では最後の章を仕上げてろくろ首みたいになった山岡先生に手渡さなくちゃいけないわ」

「あのう、ろくろ首ってなんですか?」

「あー、お化けの一種で夜になると首が長くなって行燈の油などをなめに来るの」

「行燈?ああ、昔昔の電気スタンドみたいなものですね」

「なぜそのスタンドの油を舐めるのかしら?」

「その時代は油は貴重品だったのよ。油が大好物のろくろ首さんは、明り取りの為、行燈に入れてある油を失敬しにやってくるの」

「ふーん又知ってることが増えたわ」

「知ってても日々の生活にはあまり役に立たないけどね」


第7場

広くて大きなベランダの向こうには木と花壇があり、海が見える。部屋には立派なテーブルとしゃれた椅子が5客ばかり。スペンサー夫人と娘のフローラが切り花を花瓶に挿している。

ナレーター

 はい皆さん、ここが有名な夏のホワイトサンドのスペンサー夫人の別荘です。素敵ですねえ。え?素敵じゃない、うん、それは予算の都合と言うものですよ

右手よりマリラとアンが入ってくる

スペンサー夫人

 まあまあ今日いらしてくださろうとは、夢にも思いませんでしたわ、でも本当にようこそ。アン、あなたも元気にしていました

アン

 あ、ありがとうございます。ご、ごらんの通りです

マリラ

 ちょっと馬を休ませる間だけお邪魔したいと思いまして。実は奥さん・・思いがけない間違いでしてね、それを伺いに上がったんですよ。私共、孤児院から11歳位の男の子を連れて来て欲しいと、奥さんにそう伝えてほしいと弟のロバートさんに頼んだのですよ

スペンサー夫人

 まあ何て事でしょう、ロバートは娘のナンシーをよこしたんですけど、女の子をお求めだと申しましたのよ、ねえ、フローラ

フローラ

 ええ確かにそう言いましたわ、カスヴァ―トさん。お母さん、花はこれでいいかしら?

スペンサー夫人

 ええ、良いわよ。でもこれは困った事になりましたわね、ナンシーは飛んでもないそそっかし屋さんで何時も注意してましたが、私共の手落ちでしたわ

フローラは左手に去って行く

マリラ

 でも済んだことは仕方ないとして問題はこれをどう片づけるかと言う事です。この子を孤児院に返していただけましょうか?

スペンサー夫人

 多分出来るでしょうが‥でも返す必要はないかも知れません。昨日ブルエット夫人が見えましてね、お手伝いの女の子をぜひ世話して欲しいと私にお頼みでしたの。あそこは大家族でしょう、だからお手伝いの来てがないらしいですって。アンが丁度良いじゃありませんか、正しく神様のお救いですわ

スペンサー夫人はベランダの方に行って外を見やる

マリラ(独り言)

 神様のお救いですって、とんでもないわ、あのブルエット夫人は噂に聞くと、人をこき使うとか言われてる人なのよ。暇を出された手伝の女の子達は口々に、彼女はかんしゃく持ちでケチだし、子供たちは小生意気でけんか腰とか言ってる。そんな所へこの幸薄いアンをやって良いものかしら?

スペンサー夫人

 あら、小道をいらしゃるのはブルエット夫人だわ何と都合の良い事かしら

ブルエット夫人も入ってくる

スペンサー夫人

 さあ二人ともこちらにお掛けになって。お互い知っていらしゃいますわね。こちらミスカスヴァ―ト、こちらがミセスブルエット。実はこの子のことで行き違いがありましてね、私カスヴァ―トさんが女の子をお望みだと思っていましたら、ご希望は男の子だったんですって。ところで昨日あなたがおしゃっていた女の子のお手伝い、この子が丁度良いのじゃないかと気が付きましたの

ブルエット夫人、しばしアンを頭の上から足の先まで眺め回す

ブルエット夫人

 年は幾つ、名前は?

アン(怯えながら)

 アンシャリー、と、年は11です

ブルエット夫人

 ふーむ、大して役に立ちそうにも見えないがね。しかし、芯はあるようだ。何とも言えないが、芯がしっかりしている事は結局一番良い事だね。もし家に来るとなったら良い子でなくちゃいけないよ。正直ではきはきして、従順でね、置いてもらえる以上はちゃんとしなきゃならないし、やる事を間違えちゃいけないよ。宜しいミスカスヴァ―ト、わたしがこの子を引き取りましょう。赤ん坊が酷くむずかって、ほとほと手を焼いているんですよ。このまま、直ぐ連れ帰っても構いませんよ

マリラ

 そうですね、マシューもわたしもどうしてもこの子を置けないと決めた訳ではありませんの。取り分けマシューはこの子を置きたがっているんですよ。わたしは只どうしてこんな間違いが起きたかを知りたくて伺ったような訳で。もう一度この子を連れ帰って、マシューとよく相談したいと思います。なんでもわたしの一存で決めないようにしております。もし家に置かないと決めましたら、明日の夜までにお宅へこの子を送り届けます。そうでなければ家に置くものと思っていただきたいのですがそれで宜しいでしょうか?ブルエット夫人

ブルエット夫人

 そ、それでは仕方のない事ですね。・・・では、スペンサー夫人昨日お願いしてた献立表、お借り出来まして

スペンサー夫人

 ああそうでしたね。それはこちらの部屋にありますから、どうぞこちらへ

二人は左手に去る。アン、マリラの元へ飛んでいく

アン

 ああ、ミスカスヴァ―ト、おばさんは本当にわたしをあの家に、グリーンゲーブルズに置くかもしれないとおしゃったの?ほんとにそう言ったの?それともわたしがそう言ったと想像しただけなの?

マリラ

 ほんとかそうでないか区別出来ない様じゃアン、少しあんたの想像とか云うものを抑えた方が好いよ。でも、そうですよ、あんたが聞いた通りです。でもまだ決めちゃいないし、結局ブルエットさんの所に行く事になるかも知れない、あの方の所がずっと手が足りないのですから

アン

 あの人の所に行くなら孤児院に返された方が増しだわ、あの人はまるでキリのような人だもの

マリラ(笑いを堪えながら)

 あんたのような子供がよその奥様の事をそんな風に言うものじゃありません。行儀良い女の子らしく振る舞うのですよ

アン

 おばさんのトコに置いてもらえるんだったら、何でもおばさんの言う通りにするわ

アン、元の椅子の所に戻る

マリラ

 じゃあ、わたし達はそろそろおいとましましょうか?私、スペンサー夫人に挨拶してくるわ

マリラ立ち上がり左手に消える

暗転

8場面

元のグリーンゲーブルズの食堂、マシューとマリラが居る

マリラ

 あの子の生い立ちを行く道で聞かされましてね、心を動かされたみたいですよ。それにスペンサー夫人があのブルエット夫人の所にアンをやると言うでしょう。それでね、マシュー、あなたもアンを手元に置きたいと思っているし、わたしもそんな気がして来て。まあ今まで子供なんて育てた事ないけど、精々努力しますよ。だからマシュー、あの子、置いてやって良いですよ

マシュー

 うん、お前さんがその気になってくれると思っていたよ、マリラ。何しろ面白い子だからねえ

マリラ

 それより役に立つ方が大事ですよ。でも私がそうなるように教えます。だからあの子はわたしに任せて下さい。わたしが失敗したら、その時はマシュー、あなたに舵を取ってもらいますがね

マシュー

 好いよ好いよ、マリラ。ただ、甘やかさない程度に優しく親切にしてやっておくれ。お前になつくようになれば、お前の言う通りになるだろうと思うよ

マリラ

 ふふん、まあね。でも家に置くことは今夜は言わないでおきましょう、すっかり興奮して眠れなくなると思いますからね

マシュー

 そ、そうだな。明日の朝早くな

二人、二階の方をじっと見つめる


やっとこ添削し終わって、二人が清書する。それを首が2センチは長くなったであろう山岡先生の元へ届けた。今日の休み時間は3人ともそれぞれ大幅カットだ。

「ああ良かった、もう少しの所でわたし、爆発するところだったわ。どれどれ、少し長い?まあそれは何時もの事、内容が肝腎だわ」

うぬ、先生はろくろ首ではなく、時限爆弾だったようだ、危ない危ない。

先生、ぱらぱらとめくる。

「それにしても二人が清書するようになって、読みやすくて助かるわあ」

ふん、人の苦労を知らずして良くそんなこと言えますね、とわたしはうそぶいた。

「じゃあ急いでプリントアウトしてみんなに配りましょう。みんなも半分くらい腐れかけてるわ」

時限爆弾の次は腐れた芋が登場。ま、仕方ないか、芋どもよ全部腐れる前に間に合って良かったよなあ。

次の日からは早速配役を決めることとなった。

 「これはね、今までと違って重要人物が限られていてその他の登場人物は極めて少ないの。そこを工夫してなるべく登場する役を増やしてあるのよ、台本作りには苦労したと思うわ」

山岡先生の言葉にみんな拍手を送る。二人下を向く。

「いえ、わたし達は部長に言われて、その通り書いただけです。始めはそこいらの木や馬車の馬の役を振り分けねばと思ったくらいです」

「それに殆ど部長が手直ししてくれて何とか出来上がった次第です。この次はもっとよく考えて、早めに取り掛かります」

「でもまあ、それは仕方のない事ね。じゃあ配役を決めましょう。こん回の劇は毎年の事だけど、今の3年生を送る物でもあるの。だから主だった役、アンには島田さんをやってもらうわ。特に6、7場面は島田さんにしか出来ない所だから、異議ないでしょう?」

皆、大きな声で異議なしと言い、拍手が起こる。

「次にマリラ、これは篠原さんね。彼女としてはスペンサー夫人の方が良いと言うかもしれませんが、やはりここはマリラを演じてもらうわ」

少し笑い声が起きた。

「次はマシューね。これも谷口君以外考えられないわ」

皆も頷く。

「スペンサー夫人とブルエット夫人、うーん村中さんと林さんだけど、どちらにするか二人で相談して決めて頂だい。わたしが決めては角が立つから。次に院長と孤児院の院長とスタッフ、それにナレーターだけど

北山さんと南部君岸部君で分け合ってくれる」

これで3年が全部決まる。

「では一幕目村人5人3幕目2人4幕目6人計13人2年は8人、1年5人、それからミセストマスとミセスハモンドは台本書いた堀越さんと三峰さんにやってもらいます。アンを不幸にした張本人ですからね、しっかり演じて頂戴。そして最後にちっらと出て来るフローラも1年女子、孤児院の子供まず3人・・・これでピッタリなんだけど、孤児院の所に一幕目に出た人たちが孤児としてたむろして欲しいの、分かった?ではみんなでヨーク話し合って、それぞれの役を決めて頂戴」

その日はこういう感じでばたばたして終わる。

こうして貴重なる中学3年の暑い暑い9月は走り去り、引き続き暑い暑い10月も気が付けば半月を過ぎようとしている。

大人ぶって言わせてもらえば、いやー人生なんてそんなもんですよ、楽しい時は夢のまた夢、はかない虹のようなもの。

でも真理はそんなことでいじけちゃいない。前、前、前に進むのみ。台本書きが終わったら、受験の為の生活が待っているんだもん。へ、忙しいね、ホント。

「あなた、少し山岡先生に言ったら、わたし、受験生です、一年生の台本書きの手伝いは先生がやって下さいとね」と村橋さんんは憤る。私自身もそう思う。でも先生自身も忙しそうだ、本来クラブ活動の顧問などやってる暇はないんだとか聞いている。

「まあ、済んだ事だし、私自身の勉強にもなったし、これで良いのよ」

「ふうん、わたし、あなたの事心配してるのよ、そてにあなた、将来化学者目指してるんじゃないの?だったら、台本書きなんてなーんにも役には立たないわ。それをわたし自身の勉強になったんだって言うんだもん」

「へへへ、そうか、台本書きは化学者の手助けにはならないか。でもさ、論文を書くのには役立つかも知れないわよ」

「バカバカしい、劇のような論文なんて聞いた事もないわ」

「でも心配してくれてありがとう。そういう友が居てくれるなんてわたしは幸せもんだ、勉強、必死で頑張るね」

役が決まれば本読みだ。ガラスに映るアンに向かって話しかけるアン。この頃のアンはまだ8歳、わたしがどう頑張ってみても、立ち姿では10歳には見えっこない。うん、ここは膝まずいた姿勢を崩さないようにしよう。声は可愛くね!次に森の谷間のシーン。わたしのこだまの声は北山さんが引き受けてくれる事になって一安心。

ま、ここからは10から11歳だから普通に演じても良いだろう、何しろわたしは小柄なんだから、そう見えない事もないのだし、前も小さい子供の役も演じたんだ。ただ今回は赤ん坊から11歳まで順番に大きくなって行くから、前回とは少し違うのだけど。

 兎も角、中間テストまでは読み合わせオンリーの稽古だ。出番の少ない敦君と篠原女史はヤヤ手持無沙汰気味だ。でも出番になれば、二人とも素晴らしい芸風を披露してくれる。特に敦君の存在感たるやとても中学3年生とは思えない。その少ないセリフの端々にアンに対する思いやりや、未練がひしひしと感じとれるのだ。山岡先生も大満足のようだ。

で、肝腎のわたしはどうか?そりゃ自分の中では完璧よ。始めのころは8歳の声をどこまで幼児的にするのか悩んだけど、あんまり幼児化し過ぎては少々滑稽になってしまうので、ま、心持ち幼児化する程度に留めめることにした、何しろアンは利発な子供何だから。ま最後のあたりのブルエット夫人やマリラの心変わりの辺りの、アンの顔色や態度などは今は全く要求されないし、たとえわたしがここで演じても誰も気づいてはくれないだろう。

一方、塾は模試が何回も繰り返されていた。特別教室の我々は、もう中3と云うか中学の勉強はとっくに終わり、殆ど高校生レベルの勉強を教えられていたのでこういったことはあまり苦にはならない。ああ、またねと言う程度だ。わたしの弱点は前にも述べた通り、早合点にある。自分の中で勝手に問題を作り上げて、それに回答を出してしまうと言う、誠に困った欠点だ。答案用紙を良く読みましょうとは何回も言われて来たけれど、中々直りそうもない。だからこういった模試を受けることは、わたしのようなあわてんぼうにはその欠点を思い知る良い機会であり、誠にありがたい事だ。

しかし今年の10月はやけに暑い、とても10月何て恥ずかしくて(誰に恥ずかしがるのだろう)言えない状態だ。そんな中中間テストが行われた。

驚くなかれ、ついに敦君が6番までにのし上がってきた。山岡先生もさぞお喜びの事でと思ったら、あまり嬉しそうでない。

「なあに、谷口君までが普通の受験生として高校を受けるんですって」

「はい、わたし一人あの高校を受験させるのは忍びないと、彼も普通の受験生としてあの高校を受けるそうです」

「でも、あの成績なら他のもっと偏差値の高い高校を受けられるわ。もしそうなったらわたし、どうしましょう?」

「ハハン、彼も演劇高校が欲しがっていて、先生安請け合いしましたね」

「そう、そうなの。彼が入ってくれれば次の年も保証するって言われてるのよ」 

「今後の事は分かりませんが、今のところ彼は演劇の世界に進むと言っています。彼の演劇に対する思いはとても深いものです。昔、あんなに恥ずかしがり屋で引っ込み思案の彼が、今もその傾向は時々見受けられますが、事演劇に関してはもう、そう言った所はみじんも感じられません.先生はクラブの生徒の事を考えて、安請け合いをなさるのでしょうが、安請け合いをされる本人の事も良く考えるべきです。みんな一人一人が本来自分の事は自分で決めるべきで、先生の引いてくれたレールの上に乗っかって進むのは、あまりわたしとしては好きではありません」

「あなたに言われるのはとても耳が痛いわ。もしかしたら日本の将来の大きな損失になるかも知れない事をわたしはやってるのかも知れないわねえ。本来は理科クラブに入って研究したり、もっともっと偏差値の高い高校に行って、あなたのその理科能力を生かせる大学に進むべきあなたをこうして妨害してるんですものね」

「ハハ、それはもう良いんです。わたしは与えられた場所で最善を尽くして、わたしの望む道を歩むだけです。そんなに言って下さるだけでも嬉しく思います。でも他の人達は違います、これからは少し安請け合いだけは止めて下さい」

「ありがとう、以後気を付けるわ。あなたと言い、谷口君と言い、あまりに素晴らしい生徒に巡り合って、舞い上がっていたの。それを認めてくれる人がいるとついその相手の口車に乗ってしまうのよ。あ、そう言って下さってありがとうございます、で終われば良いのにねえ」

先生との会話はこれで済んだが、周りはそうは行かないものらしい。

先ず演劇部内部の反応は?

「えー、谷口君、6番になったの、期末ではベスト5になるのは必至ね。彼さ、推薦受けて演劇の高校に行くんじゃなかったの?」と篠原女史。

「あのさ、やっぱり部長、演劇の高校辞めて受験に強い高校に行くと決心したんだよ。だから谷口も勉強し始めたんじゃないか?」

「そうかも知れない、部長の成績、ダントツで一番だよ。それがこんな俺達の為に演劇高校に行くなんて、それはないよな」

「ええ、そうよ。部長可哀そうだわ。将来役者とか台本書く仕事目指すなら仕方ないけど、目指してるのは化学者とか聞いたわ」

「わたし達もうかうかしていられないわ、少し勉強して、推薦なしの事も考えなくちゃね」

「わたしもそうするわ」

「俺もそうするよ」

「ああ、本と今まで俺、推薦と言う言葉の上に胡坐をかいてきたよ」

半分目が覚めた部員達、今後彼らはこの受験とどう向き合うのか、少々楽しみである。

でもそうは行かない人たちもいる、そう敦君の両親である。彼が勉強しだしたかなあと思っていたら、あれよあれよという間にトップに追いつかん勢い、これに驚かない親はいない。そして湧いてくるのが彼に対する期待だ。どう考えても彼の役者になるという思いにはついて行けないでいた彼らにとって、息子の豹変ぶりは神様が与えて下さったプレゼントに思われた。

「やっと敦も目が覚めたのね、これであの受験校にも行けるし、そこで普通の高校生として勉強に励んでくれたら、あなたの大学の後輩になるかも知れないわ」

「そうだな、兎も角受験に強い高校に受かって欲しいな。島田さんちの真理ちゃんは相当出来るらしいが、演劇に力入れてる所も受ける。だがそれはカモフラージュで本当は受験に強い有名校を数校受けると言う噂を聞いたぞ」

「ええ、そうらしいわね。敦も頑張ってもらって真理ちゃんに並ぶくらいになって欲しいものだわ」

「彼奴に昨日の夜、声をかけてやったよ、敦もここまで来たんだな、中学入った時はひ弱で物もはっきり言えなかったのが、今じゃ演劇もうまくなったし、勉強もトップクラスになった。もう演劇の方は十分だと父さんは思うよ。だから演劇の方は程々にして、勉強の方に力を入れたらどうだい?さっき塾の方から電話があって、お前を特別クラスに編入させたらどうですかって聞いて来たから、是非お願いしますって返事して置いたよ」

敦君の顔色が悪い。沈んでいるようだ。アンの方も本読みは終わって本格的な稽古が始まったので、始めアンを孤児院に返したくない、マリラに何とかその気持ちを分かって欲しい、と言う感情の表れかと思ったが、どうもそれとは違うみたいだ。

「今度さ、ぼ、僕も塾、特別コースになったから」

帰りに敦君がポツリと漏らした。

「ええっそうなんだ、そうだろうね。敦君この所成績、めきめき上昇気流に乗っかってるもんね。塾がほっとく訳がない」

「父が電話に出て決めたらしい。僕はさ、僕は少し驚いたけれど、真理ちゃんと同じクラスで学べるなんてラッキーと思ったんだ。でも、父や母の考えは少し的外れと言うか、全然僕の気持ちを分かっていないんだな」

「ご両親はあまり喜んではいらしゃらないの?」

「喜んではいる、と言うか、喜び過ぎてと言った方が良いかな・・喜んで僕に対する期待値が膨れ上がって・・今までは演劇部に入って、こんな僕が大きな声で演技するなんて考えもしていなっかったのに、出来るようになり、とても感謝してたんだ。それが今成績がアップしてくると、その事をすっかり忘れて、演劇はそこそこにして勉強を中心に考えて生活するようにと言い始めたんだ」

「うーん、ま大抵の家ではそう云う反応になるわね、仕方がないわよ。でさ、両親は両親と割り切って、敦君は敦君と言う風にはならないかな?」

「どういう意味?僕はあんまりそう言った事に疎くてさ、上手に立ち回れないんだ」

「良いのよ、良いのよ、今まで通りに振る舞えば良いの。何一つ変えなくて良いの、心さえ変わらなければ勉強だろうが、演技の道だろうが、今まで通り歩いて行けば良いじゃないの?今の状態で成績がアップして来たんだし、演技の方もばっちり決まっているんだから。ご両親には中3で演劇部も今回で終わりだから、僕の最後の舞台だ、絶対見に来てねとか言ってさあ。これも嘘じゃないでしょ」

「そう、そうだね、これで中学での舞台は最後なんだね・・早かったね、もっともっと長くやりたかった、真理ちゃんの台本でさ」

「3学期はないけれど、高校に行けばまた出来るわ」

「え、高校に行っても真理ちゃん台本書くの?」

「ううん、多分書かないわ。きっと他の人が書くと思う。でも敦君には関係ないわ、誰が書いた物であれ、一生懸命、その役に命を吹き込んで演技する、それが敦君でしょう」

「うんそうだね。でもさあ、いざ受験校を決めるとなると揉めるだろうな、両親と。今はこのまま済むとしても」

「だから、あなたの演技してる所をご両親に見てもらうのよ。大抵の人はあなたの演技に心を奪われるわ」

「でも僕の両親は全然芝居に興味がないし、増して演技なんかうまいのか下手なのか分からないと思う」

「ううむ、分かった、ここは一つ策が必要だな。多分これで少しはご両親の心も動かされると思うわ」

「え、どんな策?」

「フフフ、それは内緒。あなたは只管演技するのみ、只力まないでね、自然に自然によ」

「うん、そうするよ」

「最後はあなたの強い決心よ。僕はどんなに苦労しても役者になりたいんだ、その心が揺らがない限り、絶対大丈夫、あなたの心次第よ」

「僕の心次第か、僕の心が揺らいでいちゃダメなんだね、両親の小躍りする様子を見てたら、なんかとても罪悪感を感じてさ、役者になると言う決心がぐらぐら揺らいでしまったよ」

「敦君は優し過ぎるのよ、自分の目指すものがもしかして両親を失望させ、悲しませるんじゃないかと心を痛めたのね。でも何時かご両親もあなたの求める幸せと言うものを理解して、きっと応援して下さると思うわ。だから心配しないであなたが目指す道を真っすぐ歩いて行くのよ。あなた言ってたじゃない、役者になるためにはどんな困難も乗り越えて行くって。今まさにその時なんじゃない?」

「そう、そうだったね、でも僕の苦労ってあんまり小さ過ぎて笑っちゃいますよね、僕自身が気が付かないくらいに、ハハハ。これから受験の時が来て、両親が僕の進む道を理解してくれない、その時までは今まで通り、他のみんなと同じように演劇部員として演技に精出し、勉強も頑張ろう。それしかない!ああ、バカみたいだね、こんなことで悩むなんて。でもありがとう、真理ちゃん。心が軽くなったよ、天まで飛んでいけるくらいさ」

「頑張ろうね、戦いはこれからよ、わたしのライバルさん」

「真理ちゃん!」

 幸いなのかそれとも悲しむべきなのか、11月を過ぎて厳しい残暑も一変し、急に涼しいを通り過ぎて肌寒くなる頃、思い出したように運動会なるものが持ち上がった。

でも今更昔のような運動会なぞ望むべくもないとは思わないかな、運動会好きの先生たちよ。

お、わたしの声が聞こえたのか、今年は運動会の代わりに球技大会に切り替わった。うぬぬぬ、球技ねえ、わたしは球恐怖症でもあるんだな。これを称して痛し痒しとも言う。しかも五体満足な者は全員参加とのこと。逃れる術はないのだ。バレーにしようか卓球にしようか、将又ソフトボールにしようか、悩みに悩んだ挙句、ソフトボールにした。これが他の物より球が飛んでくるのが少なめだと思ったのだ。級友もわたしが球技を苦手にしているのを知っているので、1番球が飛んで飛んで来そうにない、向かって左の方を守るように言われた。もし飛んで来たら、なるべくセンターが捕ると言う約束だ。センターさんご苦労様です、よろしく頼みますね。

打つ方は見逃がせば良いのだから、これは心配ない。所がだ、何を思ったか真理ちゃん(自分で自分が分かちゃいないのだ)一番打たなくて良いポジション9番に出番が回って来た(そりゃ回ってくるよね)時、何故か凄く打ちたいと思ってしまった。そしてだ、自分めがけて飛んでくるニックキ白い(本当は白くない、汚れて茶色になっていた)球を打ち返してしまったのだ。へなへなと球は少し飛んで土の上を転がって行く。

「走れー、走れー」「真理、走れー走れー」と声が飛ぶ。真理ちゃん、体力増強クラブで鍛えた(と言うほど鍛えられていないけど)足で必死で走る。セーフだ。拍手が起こる。だが次も大変、又走らねばならないのだから。その大変が何回か続いて、な何とこの足がホームベースに帰って来たのだ。この1点が効いたのか、関係なかったのかわたしには全く分からないが、とにかく我がクラスが勝ったのは間違いなかった。でも各球技は一回ずつ戦ってその勝ち数で1位2位を決めるとかで、2度目を戦うと言う事はなかったのでほっとしたのは、真理だけでなく他のみんなもそうだったに違いない.

やれやれの変則運動会も終わり、後は勉強と劇の稽古に励むのみ。

でも気温は相変わらずだ、ジェットコースターのように激しく上下する日々を繰り返す。これも人間の業がなせる事に他ならないが、何ともし難し。それにウクライナやガザの人達の日常を思うと胸も潰れる思いだ。どうにかならないのかね、政治家さんたち、ホントにあなた達は地球を思い、そこに暮らす人々、生き物全体を思っているのかな?多分そうじゃないだろう、自分、自分の周りの利益を一番に考えているだろうな。地球全体の事を考える人たちは、先ずは政治家にはならないだろうから。それに第一、政治家を選ぶ人間達が自分や自分の周りに利益をもたらす人を選んでいるのだから、良くなる訳がない。

そんな真理の溜息を受け止めるように、今日も六色沼はこんな異常気象の中でも確実に季節を刻み、うっすらと立ち木に赤い色を重ねて、沼の上には白い秋の雲を映している。

「おーい真理何処にいるんだーい」

武志君の声だ。そう言えばさっきドアのチャイムが鳴っていたような。母の声がしたような。

「ベランダよ」と答える。

「よ、久しぶり。今日塾休みなんだって?」

「そう、先生達も連休ぐらい休みたいよね」

「ハハハ、俺んとこもそう。でこの間はソフトで大活躍したんだって」

「誰に聞いたのよ、美香ちゃんかな、それとも敦君かな」

「敦に決まってるだろう」

「でも大活躍なんてもんじゃないわ、たったヒット一本よ。ま、打たないより増しかな、一本でも」

「でもあの体操苦手で球恐怖症のお前がヒット打つなんてさ、驚き桃ノ木山椒の木だ、思いもよらないよ」

「そうね、みんなそう思っていたんだな、拍手が起こったよ。演技の上では拍手を貰った事もあるけど、まさか球技で拍手貰うなんてね」

「所でさあ、話変わるけど、敦、親の事で悩んでいたんだって」

「うん、少-しね。でもさ、敦君の役者になりたいと云う思いが堅固なものであれば、何時か両親も分かってくれるって、そう言ったのよ」

「彼奴はお人好しで、人の事ばかり考えるからなあ、増して自分の親の事だから」

「そうなのよ、強く言えないのよね、僕どうしても役者になりたいって。そこである作戦を考えたんだ」

「どんな作戦なんだい?」

「うーん、まだ内緒よ。まずは外堀を埋めて行かなくちゃあね。そして彼のご両親が彼の演技するのを見に来てくれなくちゃ、この作戦は成り立たないわ」

「普通の親だったら、敦の演技見たら、心を動かされるよね」

「でも敦君のご両親は全然芝居に興味なくて、彼の演技が上手いのか下手なのかサッパリ分からないらしいわ」

「そうか、それで真理の秘密大作戦が決行されると言う訳だ」

「フフフ、秘密大作戦ね、武志君にしては良い言葉だな」

「武志君にしては、は余計だよ。でも敦が一番感激してたのはそんな事じゃなくて・・」

「何を彼感激したの?私がご両親に直談判するとでも言ったかしら?」

「ハハ、それも良いかもしれないな、真理が敦の家に押しかけてどうか敦君に役者の道を歩かせてくださいってお願いするなんて、これには向こうの親もびっくりするし、敦も千人力だ」

「冗談はやめて。敦君の一番感激したのは何だったのよ」

「そいつはさあ、お前が敦にわたしのライバルさんと言ってくれた事だって。彼奴、増々舞い上がって勉強するだろうな、うんそう思うよ。だってさ、俺も同志と言われてさあ、舞い上がって受験の目標、変えちゃったもんなあ。ま男なんてそんなもんだよ、真理」

わたしは武志君の横顔をじっと見つめた。少しやせた様だ。おばさんが少々心配してる、あの子、この頃、勉強のしすぎじゃないかしらと。

「武志君、あなたもしかして医大か医学部に進む積りなの?」

「もしそうだったら、おかしいかな?しかもお金がないから私立じゃなくてさ公立を目指してるなんて」 「ちっともおかしくないよ。あなたが普通の医師を目指してるなら、患者の気持ちが解る素晴らしい医者になると思うし、研究者の道を歩むとしたら、コツコツ地道な研究者になるわ。でもどちらに転んだとしても、私大でも公立でも費用はすっごくかかると思う。その点研究職だけを目指すんなら、薬学でも良いし、化学、生化学を学べるとこは一杯あるわ。おばさんがね、心配してるの、あなたが勉強のし過ぎじゃないかって」

「そうか?でも大丈夫だよ、これくらいの勉強ごときで病気にはならないさ。

「まあそれはそうかも知れないけど、時には息抜きも必要だとおもわない?」

「うん息抜きか、考えとくよ。お前が誘ってくれるんなら別だけどさ、ハハハ」

「えー、わたし?今は無理だな、アンの役作りで大事な所なの」

「あん?あんって・・」

「赤毛のアンよ。まともな人間の役、しかも有名な」

「へへえ、ホントだ。あんて言うから、お前の劇だから饅頭か餅の中身のあんだと思ったよ、ハハハ」

「まさか、まともな劇もやります。でもそう言ったものも面白いかも知れないなあ・・・あーもうわたし、台本書かなくて良いんだった、馬鹿ねえわたし、つい、あ、これ劇にしたら面白いだろうって考えちゃう」

「それ解るよ。俺もさ、バスケ辞めた時、こう打ち返せば良いんだなとか、こうやって出し抜いてやろうとか、ついつい考えているんだな」

「習慣になっているんだね、今まで重荷だと思っていたのにいざ下ろしてみれば、ちょっぴり寂しくていとおしい、一種の生きがいみたいなもんだったなあ・・」

「生きがいか、そうだな、お前の場合は特にそうだ、それなしでは劇は成り立たないんだからさ」

「感謝すべきかな山岡先生に、生きがいを与えてもらったんだからなあ」

「ハハハ、いつの間にか山岡女史から、いや敵だった彼女から感謝すべき山岡先生に変わってしまった」

「ま、腹が立つことも多かったけれど、総合すれば、彼女は先生だったのね、おかげでいろんなこと学ばせてもらったんだな」

「あ、少し、長居をしてしまったようだ、俺変える、おばさんに宜しく」

「そうね、何にも構わなかったけど宜しく伝えておくね、フフ」

武志君は去って行った。                                      劇の稽古は日に日に熱を帯びて来る。1番驚いたのは、1年の堀越、三峰コンビだ。互いにライバル意識が芽生えているのか、トマス夫人の強欲さをあの短い出番の中で、三峰嬢は嫌らしいほどに演じていたし(「少しオーバーよ」と山岡先生の声がかかるほど)堀越嬢は子供を全部親戚に振り分けて、見知らぬ土地に働き口を求めて旅立つと云う難しい役、母としての悲しみと見知らぬ土地で生き抜く決心をする逞しさの入り混じった思いを短いセリフの中に滲ませて見せる。これに触発されてじゃないけれど、3年生も勿論頑張る。北山さんはナレーターも始めのセリフを受け持ったが、車椅子の院長の役もりりしくでも優しさも滲ませる。それに負けず劣らず3年の男子、南部君と岸部君も孤児院の女子スタッフとナレーターを難なくこなしていた。篠原女史のやりたかったスペンサー夫人は村中さんが品よく、如何にも裕福でボランティア精神に溢れた女性を演じていたし、底意地の悪いブルエット夫人は林さんが普段の優しさをかなぐり捨てて演じてくれている。

問題の篠原女史と敦君、島田真理の3名、今までの演劇部を1年の当初から引っ張って来た3人だ。この3人なくしては今の演劇部の繁栄はない、もしかしたら山岡先生が恐れていた廃部に追い込まれていたかも知れない、いや廃部になっていただろう。篠原女史の強引さが引き金となって真理は入部させられてしまったし、敦君は真理を援助するために(本当は敦君を真理が援助する立場だったが)入部して来たのだ。でもこの3人、一人は名優の卵となり、一人は台本書きとしてクラブを支え、もう一人は・・絶世の美女役を夢見ながら、わき役に心ならずも徹して来た女優志願の乙女。                      その篠原女史、彼女もここに来てグッと成長してきたと思う。

彼女曰く「島田さんと谷口君は推薦の要であり、二人が欲しいから他の部員の推薦を認める、と言う事になってるのに、二人は自力でその高校に入ると言う。副部長のわたしとしては如何にすべきか迷う所である。でもわたしは甘んじて推薦を受けようと思う。その代り、今度こそ見に来るであろう、あの先生たちをあ、彼女も素晴らしいじゃない、如何して今まで気が付かなかったんだろう、と言わしめたい。そのためには今度のマリラ役を命を懸けてやり遂げる所存である」

この彼女の決心(やや怪しくはあるが)に、谷口君もわたしも大いに感動し心より拍手を送った。

「篠原さん、本当に上手くなったよ、始めは掛け声だけかと思ったけど、中々マリラの心の変化もくみ取って演技してるし、いつもは目立ちたい目立ちたいという気持ちが前面に出てるけど、今回はそれが余り感じられないもの」と谷口君も感心する。             

「ええ、わたしもこんな演技をする篠原さんを見るのは初めての経験だわ。何時もは少しオーバー気味だけど、このマリラの演技はマリラらしい抑え気味で、地味で堅実家の特徴が良く出てるわ」

「はいはい、わたしは目立ちたがり屋でオーバーな演技をして来ましたよ、お二人さんを霞ませてしまってごめんなさい。フフフ、今度のマリラはお気に召しましたようで何よりです」

堅実家であり、兄の事を思ってアンを孤児院に返そうとするマリラ、アンをこの家に迎えたいと思うマシュー、ドアに手をかけ、一瞬は躊躇するマリラ。個々の所がセリフはないけども実に見ている者の心を揺さぶらないでは置かないのだ。次にスペンサー夫人やブルエット夫人との会話の間に変化していくマリラの気持ち、そこも大仰でなくさりげないけどもしっかりと伝わって来る。

「本当に先生達、わたし達、素晴らしい女優の卵を見落としていたわ、彼女こそ、我が高校が求めていた人材だわって驚くと思う」

わたしも彼女の演技に太鼓判を押す。

勿論それを受けて同じ3年の女子達も負けてはいられない、彼女等の演技にも一層磨きがかけられる。

でも今一、少しばかり元気のない人がいる。北村さんだ。

「わたし、本当に演劇部に入れるのかしら?」

「当り前じゃないの、北村さんは目立たない役をやって来たけれど、わたしは北村さんの演技好きだなあ。それにナレーターも右に出る人がいないくらい上手いわ」

「でも‥わたしは足が悪いから、そんな高校に行って、役貰えるかしら。もう島田さんは台本書かないんでしょう?今まで島田さんが私の事気遣って本書いていたから、わたしのやれる役あったけど・・」

「わたし、もし北村さんに役が回ってこないなら、抗議するわ、他のみんなも同じだと思う」

「ええそうよ、わたし達、助け合いましょう。わたしは演劇するのが楽しくって大好き、北村さんんも演技するのが好き。何ら変わらないじゃない」

「ほんとほんと、演じるって楽しいわ、誰にだって許されるべきよ」

村中さんと林さんが同調する。

「ありがとうみんな、わたし、頑張るわ。でもやっぱり少し心配」

「うーん、もし、先生達が学校では演劇するのが許されるけど、社会に出ては表立って劇が出来ないと言われたら、声優と言う職業もあるし、アナウンサーみたいな職業もある、これからは車椅子だって表立って芸をする人だって沢山輩出してくるその黎明期、わたしはそのトップを切りたい、と言うのね。きっと先生、ぐーの音も出ないか、あるいはじゃあ私たちがその手助けをしよう、わたし達があなたの応援団だと言ってくれるかも知れない」わたしが北山さんの背中を押す。

「え、あああそうなのね、わたしがそう言った人たちのトップランナーになれば良いんだ」

「ええ、それはとても大変な事だと思うし、実際大岩を動かすようなものかも知れない。でも手を差し伸べる人はいるわ、必ずね」

「それに同じ悩みを持つ人だっているわ、目を大きく見開き耳をそばだてて、これから注意して生きて行くわ、いつ何時そう云う人が現れるか分からないんですもの」

「それに待ってはいけないわ、探すのよ、探して同志を増やして行くの。その為には北山さん、もっともっと積極的にならなくちゃあいけないと思う。1年生の時、わたしにアタックして来たあの時の北山さんみたいに」

「あの時、あなたのお芝居見て、わたしもこういうのをやりたいとと思ったの。しかも目の前に本人が居たから。自分が歩くことも走る事も出来ないのに・・」

「ハハハそうか、目の前にわたしが居たのか。これからもこれぞと思う人が居たら、話しかけて見なさいよ

あなたの夢とか、芝居の話とか、何でも良いから話しかけてみたら、思わぬ結果が待っているかもよ」

「ええ、勇気を出して話しかけてみる、結果が出ても出なくても」

北山さんの顔に凛とした決意の色が浮かんでいる。わたしはその中にパラリンピックで輝く選手たちの顔から受けた同じ感動を味わった。

塾もその頃になると熱気に包まれ、殆ど無駄口を聞いたり、勉強以外の事を口にするものはいなかった。先生達も目の色を変えて,ここは出そうだからきちんと整理して覚えたり、理解するようにとわたし達を鼓舞している。のんびりとあの人はこうするともっと演技が引き立つのにとか、三峰嬢は今の所、ギャグを入れないで真面な(やや滑稽さを含んではいるけれど)芝居に徹しているけれど、きっと本番になったら何かやらかそうとしているのが見えているなあとか、時たまボーっと考えているいるのはわたし位だろう。

いやいや、もう一人いる、この間、わたしのライバルになった敦君だ。行き帰りも自転車で帰るから、あまり会話らしい会話は出来ないが、ついつい今回の劇の話になってしまう。

「あそうだ、今度敦君のご両親が写った写真持って来てよ。最近のやつよ。わたしは良く知ってるけどさあ色々小細工するのに、手伝ってもらわなければならない人達に、あなたの両親の顔を覚えてもらわなければ

ならないから」

「え、なあに、写真?」

「そう写真、あなたのご両親の。わたしは知ってるけど、私が知ってても何の役にも立たないの、手伝う人たちに知ってもらわなければならないのよ」

「何を手伝ってもらうのかな?」

「あなたが無事演劇の高校に行けるようにするためだけど、あなたは何にも知らない方が良いの」

「僕には教えてくれないの?」

「教えない、絶対。その方が上手く行くから」

「そう、その方が上手く行くならそれで良いけどさ」

「でも、二人があなたの劇を見に来てくれなきゃ、この秘策は成功しないのよ。それが一番大事な事なんだから」

「うん、努力するよ、でも二人の写真、あったかなあ?」

「なかったら、スマホで3人並んで自撮りしたら」

「そうするか・・」

大分風が冷たくなって来たようだ、もう12月だもんね。大丈夫だよ、アツちゃん、仕上げをごろうじろ。

 例によって背景は美術部が引き受けてくれたし、椅子やテーブル、本棚などは在る物で間に合わせた。

衣装は自分の家にあるものを、それらしく衣装部が手を加えて仕上げてくれたので、如何にもそれらしく見える。本当に美術部様と衣服部様には感謝以外の何物でもない。

「あなた方演劇部が一生懸命、人によっては命を懸けてやってるのを見て、わたし達も命を懸けて取り組まなくちゃあ、引けを感じちゃうわ」と彼らも言ってくれた。

そして、期末試験が始まる。

今回のテスト結果で一番注目されたのが敦君だ。我等ライバル塾仲間は勿論だが、山岡先生も心を痛めつつ注目している一人だった。

「彼がもしよ、もしベストスリーにでもなったら、わたし、どう対処すれば良いのかしら?彼の決心は決まっていたとしても、ご両親はきっと演劇なんてくだらないものに夢中になっては、これから先が思いやられる。高校に行ってからは勉強一筋で頑張ってもらわなければならない。と言って進学に重点を置く高校への進学を願うでしょう。それに担任や校長もどちらかと言うとそう言った方を推すわね」

「でも私も演劇の盛んな高校に行きますよ」私は先生を慰める。

「でもあなたは進学では断トツの高校を受けるわ」

「じゃあ、敦君、谷口君にもそこそこの高校を受けてもらいましょうよ、そうすれば先生たちの苦情は消えるし、両親も一応納得します。でもそこに行くか行かないかではもめるでしょうが」

「はあ?うーん、そうか、でもきっと後で谷口君大変な思いをするわ」

珍しくも先生、敦君の心配をする。随分自分勝手だと思っていたけど、そういう思いやりも少しは持ち合わせているようで安心した真理でありました。

「そこでそういう気持ちがおありでしたら、是非わたしの提案に協力下さい」

「え?何、何の提案?」

「はい、敦君に演劇の道を歩かせる為の提案です」

「ど、どう言ったアイデアなの?難しいのかしら?」

「先生自身は何もしなくて良いんですが、多分今回も栄南高と今中高の先生達が見学にいらしゃると思うんです。この先生達を谷口君の両親の傍に座らせて下さい」

わたしはバックの中から敦君が持って来た両親の写真を渡す。

「この敦君と一緒に写っているのがご両親です、この二人の顔をよーく覚えて下さい」

「え、この二人が両親なの?写真では笑っているけど、気難しかったりして」

「そうかも知れません、彼の性格からしてそう思わせます。でも今はそんなの関係ないです。兎も角この二人の傍に座って、先生達に谷口君の演技について話してもらうんです。そして、彼は勉強も出来るけども、そのために演劇の道を閉ざすのはとってももったいない、聞けば始めはあまり大きな声も出せなかったと言うわ、彼、演劇が性に合ってたからここまで来たんだわ、とか、勉強だって、演劇がどんどん上手くなってから伸びたらしいわね。演劇辞めたら、やる気をなくして元に戻ってしまうわ、なんて話をしてもらうんです」

「なるほどね、それは嘘じゃないわ、本当の事よ、先生たちに相談してみるわ。うんきっと上手く行くわ」

「これだけで心動かされるようなご両親ではなさそうですから、他にも協力する人も用意して置きます。兎も角先生の方,宜しくお願いします。あ、もしかしたら来るのがお母さんだけかも知れませんが、それでも是非決行して下さい」

彼の成績は4位、村橋さんを僅かに上回っていた。村橋さんの悔しがる事と言ったら何とも表現出来ない。

「わたし、目が覚めたわ。今まで私、ぬるま湯に浸かっていたのよ。風邪をひいて初めてこれではいけないと思ったの。心を入れなおしてこれから本気になって勉強するわ。演劇を毎日稽古している人達に、一人ならずも二人にまで追い越されてしまったんですもの、このままボーと過ごしていたら、わたし、わたしとしての人格が崩壊していくわ」

ううむ、どうやら私の叱咤激励よりも、敦君の一発のパンチの方がずっとずっと効果があったようだ。村橋さんの本気モードの明かりが付いた。どこかお嬢様然としてた態度が吹っ切れて、今や受験一筋、ファイト満々の熱気が全身に漲ってる。

次の日、美香、睦美の両氏を昼休みに捕まえた。

「ねえ、お願いがあるの」

「わたし達二人に?」

「そう二人以上欲しい所だけど、今の所二人しかいないから」

「あ、千鶴なら、さっき見かけたわよ」

「え、今学校に来てるの?」

「あ、ほら、居た居た、わたし達に気が付いたみたい。千鶴ちゃーん、ちょっと来てー、真理ちゃんが用があるんだって」

千鶴氏もやって来た。

「3人いれば鬼に金棒ね」

「あなたは加わらないの」

「加わりたいのは山々なんだけど、わたしはその時舞台の上にいるのよ」

「じゃあ劇の掛け声でもするの?」

「そうじゃないの、もっと重要な話、敦君の将来にかかわるね」

みんなの前にもう1枚用意した敦君の自撮りの写真を置く。

「これ敦君だけど、他の二人は両親かしら?」

「当たりー、っていてる場合じゃないわね、この二人の顔を覚えて欲しいの」

「覚えてどうするのよ」

「劇の当日、劇が始まってからこの二人の出きるだけ傍にさりげなく移動して、小さい声で良いけど、はっきり聞こえるように、敦君の演技を褒めまくるのよ」

「え、わたし達が」

「あなた達しかいないのよ、他に彼を欲しがってる高校の先生にも頼んであるけど、同じ中学生の言葉も欲しいわ。彼は演劇に熱心な高校に進みたいと思ってるけど、両親は高校に行ってまで演劇をやらせたくない、普通の進学を目的とした高校に行かせたいの。だから、気の優しいアッちゃんは言い出せなくって、とても悩んでいるのよ」

「成績もアップしてるし、両親も期待してるわよねえ」

「それは真理ちゃんに一人だけ辛い思いをかけたくないと、触発されたからでしょう」

「つまり真理ちゃんが居なければなかった事なのね」

「わたしはね、もし彼が演劇部に入らなければ、今の彼はなかったと思う。昔の敦君を思い出して頂だい。少しどもって、引っ込み思案で体力もなかったし、勉強は普通だったし。それが演劇部に入ってからすっかり変わったのよ。今の彼を支えているのは演技をしたい、演劇を続けたいその思いなの」

「分かる、分かるわ敦君の気持ち。どんなに苦労しても良いから、役者になりたいって言ってたもん」

「うん、わたし達、仲間だもんね、彼の役の立ちたいわ。是非、協力させて、真理ちゃん」

「でも、芝居じみてたらおかしいでしょ、だから台本はなしよ。あ、ここいらが一番谷口君が見えるかな、とかで初めて、あの谷口君が演劇部に入って、本当に変わったわねとか、あの雪にまみれて歩く姿は、雪もないのにあるみたいに見えた、オーヘンリーの寒さしのぎに刑務所に入りたい男もとても面白くて笑ったわねーとか雑談として話すの」

「言うは易く、行うは難しね」

「大丈夫よ、3人いるんですもの、井戸端会議みたいにやって頂だい」

「兎も角、敦君が高校行ってからも演劇が続けられるように、話を持って行けば良いのね」

「そうそう、じゃあお願いね。写真は渡して置くけど、当日は持って行っては駄目。もしかしたらお母さんだけしか来てないかも知れないけど、決行あるのみよ」

3人は少し不安そうな顔はしたけれど、敦君の為に頑張ってみるわと言ってくれた。

これで私の作戦は終わった。後は敦君の両親が見に来てくれるかだ。

「僕、これが中学での部活最後の舞台なんだと、何回も頼んでいるんだけど、親父の方はそんなもん、見に行けるか、下らんと言って来てくれそうにもないよ。お袋は何とか見に来てくれるみたいだけど」

「そう、そうか。うーん分かった、わたしさ、父に話して来てもらう事にするわ。それでさ男一人じゃ恥ずかしいとか言って、あなたのお父さんに一緒に行ってもらいたいと電話をかけてもらうわ」

「え、真理ちゃんのお父さんがぼ、僕の父に電話?そ、そりゃ行くだろうな、親父、真理ちゃんのお父さんの事さ、尊敬してるんだ」

「えーほんとなの、只の准教授だよ、しかもみんなから毛嫌いされてる哲学のだよ」

「ハハ、父はその哲学がとても苦手でさあ、殆ど分からなかったと言ってるんだ。その苦手の哲学の先生をやってるだもん、尊敬するに決まってるよ」

「でも安月給らしいよ、内緒だけど」

「うん、真理ちゃんのお父さんが誘えば絶対行くよ。太鼓判だ」

早速父に相談する。

「あー、真理の劇、前から見に行きたかったんだ。ホントはさ、お母さんと二人で見に行きたいんだけど、ダメかな」

「残念でした。これには敦君の夢がかかっているんだからね、どうしても敦君のお父さんを誘って欲しいのよ」

そこで母の提案。

「わたしは絵の用があって行かれない事にして、こっそり後ろの方で見てるわ。そして終わる頃、近くに行って、用が早く終わったんで急いで見に駆け付けたと言って、合流すれば良いわ」

「成程、多恵さんは中々の知恵者だなあ。じゃ、そういう事にして谷口家に電話するか」

これは大成功だった。翌日来た敦君もニコニコ。

お膳は整った、後はわたし達が名演技を見せるだけ。

その赤毛のアンの幕は開いた。

「この場面はね、アンの両親が亡くなって悲しい場面なのよ。くれぐれもお客さんを笑わせようなんて考えちゃ駄目よ」と山岡先生、三峰嬢にくぎを刺す。

「はーい分かっています、お茶の子さいさい」三峰嬢気安く引き受けたが、どうなる事やら。

村人達が彼女なしで話し合っている間は、横の方で人形のアンをあやしながら百面相。これがお金の話になると、ぴょんと飛び跳ねて、金に執着する意地汚い女性へと豹変するなんて、それこそお茶の子さいさいだ。それがいかにも大げさで会場から笑いと拍手が起きる。特に最後のアンの養育を任された後の、村人に背を向けアッカンべーをしながらパッと一歩前に出て決めるガッツポーズ。

うーんこの後,アンの悲しい場面になるんだけど、如何すればこの会場の笑いにまみれた熱気を冷ます事が出来るのかしら?

場面2が始まる。ナレーターの語りもあの二人の意見もあって、どちらかと言うと喜劇仕立てだ。くすくす笑い声が聞こえる。ええい、少し間をおけ、この笑いのムードが収まる間。兎も角、静かにひざま付く事にしよう。

うん、大体収まったようだ。でもしゃべるのは未だだ、何処から山岡先生が借りたか、あるいは手に入れたか知らないが、真っ赤な三つ編みのかつらをかぶった頭を少し後ろにそらす。静かに静かに、名残を込めて一枚割れ残った本棚(食器棚と使っているが)のガラスをなでる。それから頬ずりをする。ガラスの冷たさがわたしの頬に伝わる。

そこでセリフが始まる。「ねえ、ケテイモリス、わたし達別れなくてはいけない時が来たのよ」ゆっくりゆっくり語る。永遠の別れだもの、名残を惜しんで語り掛けるのだ。

今まで三峰嬢の最後の一発芸で笑っていた観衆もさすがにしんと静まり返った。これによって場面3のヴィオレッタの場面で苦労する事はなかった。木魂の声は名優北山さんがやってくれたので、如何にもそれらしく聞こえ、まるでわたしがやっていると錯覚を覚えた人もいるだろう。ただ、人形を4個乗せた乳母車は山岡先生が八方に手を尽くして探し出し借りたものだ。先生ありがとう。

次の場面4では堀越嬢が、こっちの方は一発芸の心配もなく、子供を手放して見知らぬ土地、多分米国へ働き場所を求めて旅立つ、悲しき運命に立たされた女の役を良く演じていた。

場面5ではがやがやと孤児役で前後暇な者たちが出ることになっている。例の一発屋さんも出る。少し心配だが、ここでどんなに会場を沸かせてもらっても全然大丈夫。次に響くような事はないだろう。

しかし、出た出た、彼女のみんなを笑わせないでどうする精神。院長が出てくる前にはほうきを振り上げ男の子の役の子を追いかける、院長御一行が出てくるとほうきを持ったまま整列し、今まで掃除してたように見せかける。

アンがスペンサー夫人に選ばれると、がっくり肩を落としたかと思えば、パッと上を向いてわーと泣き出す演技だ。完全にこの舞台は三峰嬢に乗っ取られてしまった。

場面6、いよいよ敦君の出番だ。黒褐色のボリュウームのある鬘を被った上、顔一面にひげを付け、野良着を着てぽつねんと椅子に座っている。言われなければ、敦君とは誰も気づかないだろう。

彼もまた会場に残る三峰嬢の怪演の余波を感じている。よって彼も静かに椅子に座っている。時たま大きなため息をつきながら、静かに時が去って行くのを待っているのだ。

「あれは中々良い子だよな」ポツリと語る。遠くを見つめる「それに、あんなにここに居たがる者を」又大きなため息「か、返すなんてかわいそうだ」今にも泣きだしそうだ。拍手が起こる。声もかかる。

「そうだ、アンがかわいそうだ、頑張れーマシュー」

「良いぞー、何時もの名演技だ」

「アンもマシューも頑張れー」

誰?誰が言ってるの、しかも3人も。もうこの学校にはヤジを飛ばす連中はいないはずだ。

その声にも動ずることなく、敦君の名演技は続く。アンに向ける優しい眼差し、少し笑いかけてはマリラの睨みに悲しそうに下を向く。勿論篠原女史の抑えた中にもきらりと光る演技がそれを支える。特に馬車で出かける際の、二人の言葉と躊躇する場面は何とも言えない味がある。

場面11ここの場面は、スペンサー夫人とブルエット夫人、それにマリラの絡みになる。特にブルエット夫人の意地悪さがマリラの心を動かす一番の原動力となるので、林さんの演技にかかっていると言っても良いくらいだ。

本当に良くやってくれたと思う、こんな嫌われ役を引き受けて、しかも素晴らしい演技の上、その化粧もだいぶ前から何度も如何にも意地悪く見えるように稽古してきている。眉は細く吊り上げ、目も釣り気味に見えるように細工し、頬はこけたようにシャドーを入れている。どこから見ても意地悪さがにじみ出ている。そのブルエット夫人の話を聞きながら、顔が引きつって行くアン、でもそれは大した事ではない、わたしは役者だもん、今は。

この場面で私の出番は終わりとなる。次の場面12、最後を締めくくるマシューとマリラ、二人の場面だ。

マリラの少し悔しさをにじませてアンを引き取る事を告げる口調。その言葉に喜びを隠しきれないマシューだがマリラの気持ちを考えて、合理主義者のマリラに育児を任せる彼の思い。優しく、優しくなと言う言葉にの中にすべてを込めた演技。

二人でじっと二階を見つめる最後のシーン。幕引きに時間を取らせて余裕を持たせて引いてもらう。

万雷の拍手だ。幕の前にわたし達部長、副部長三人を中心に演劇部、美術部衣服部が全員が並ぶ。

時期部長の町田君が挨拶に立つ。

「えー、ぼ、僕が、いや、わたしが次期部長になる町田です。わ、わたしは前の島田部長のように台本も描けませんし、かと言って谷口副部長のような名演技も出来ませんが、何故か部長に推されてしまいました。でもほんとに島田部長には一年の始めから今まで、何から何までこの演劇部の為台本だけでなく、細々したことまで遣って戴きお礼の言いようもありません。島田部長が居なくなったらこの演劇部はどうなるのかと、心配してる方も多いと思いますが、この度一年の堀崎、三峰の二人が台本は引き受けてくれるそうなのでご安心を。後は微力ながら我々と部員が力を合わせ、この部をここに居る、美術部、衣服部の協力の元、頑張っていく所存です。ええっと後は何を・・・そうだ、花を花を、部長に上げなくちゃいけなかったんだな、では次期副部長の原さんと大山さん、島田部長に花束を贈呈して下さい」

島田真理、生まれて初めて花束なるもの貰ったぞ、大感激。

「真理には花が良く似合う」

「お、俺が花束になりたかったぞー」

「ついでに敦にもやってくれー、いやここまでに成長させた演劇部に敦が花束をやるべきだー」

さっきの奴等だ。言わずと知れた武志、健太、沢村の三名に違いない。わたしがお礼の挨拶をする。

「花束、ありがとうございました。今はこれをわたしが受け取りましたが、この花束はここに居る三年生、演劇部、美術部、衣服部の三年全員に贈られたものでして、代表としてわたしが受け取りました。次期部長が述べました通り、少し異色気味ではありますが、台本は一年生の堀越、三峰コンビの手によって書かれることとなりました。今までとは少々味の違う舞台に期待します。なお赤毛のアンは長-い話ですので、役者は変わりますが,暫くシリーズ化されて行きますので、何卒宜しくお願いいたします」

マイクを敦君に渡す。敦君吃驚してわたしを見つめていたが、観念してしゃべりだした。

「えー、副部長の谷口です。ぼ、僕はとてもしゃべるのが苦手で、ハハ演劇部でありながらです。でも、本当に感謝してるんです、島田さんにも篠原さんにも、そして何より山岡先生が指導して下さったこの演劇部に。始め声さえ出なかった僕が、こうやって大勢のみんなの前で演技する事が出来る、違う人物、違うものになって生きることがこんなに素晴らしいものだと言う事を見出すことが出来ました。僕はこれからも少々の困難にあっても負けないで、お芝居を続けて行きたいと思います」

拍手が起こる。軽く頭を下げ敦君はマイクを篠原さんに渡した。

「皆さん、わたしが副部長二の篠原です。あんたは誰かとお思いでしょうが、実は私がいなかったらこの演劇部はなかったかも知れません。何しろ嫌がる島田部長をごり押しで演劇部に入れたのは私ですから。その際、何と谷口副部長もおまけに付いて来たんです。よってみんなはわたしの事をごり押しの篠原と言います、新台本書き二人を入部させたのも島田さんと私の二人です。だからもし何かこの演劇部でどうしてもごり押ししたいことがあったら、お知らせください。もし手が空いていて、気分が乗ったら助けに馳せ参じます」

どどっと笑いが起こった。

「期待してるぞー」

「今日のマリラ、最高ー」

篠原嬢はそれが思い焦がれている沢口君の声である事を聞き逃さなかった。

「あ、ありがとうございます、沢口さんのその一言で全ては報われます」マイクをぐっと握りしめた。

「でも俺はアンが最高ー」健太の声。

その時別の方向から女性の声あり。

「何言ってるのよ、谷口君が一番よー」どうやら睦美ちゃんらしい。

わたしがボーっとしている篠原女史からマイクをひったくった。

「えー本当に今日はありがとうございました。とても楽しい部活動でした。ここに山岡先生始めお世話になった皆様に厚く感謝いたしまして終わりにいたしたいと思います。舞台の上のみんなもありがとう」

これで終わった、本当に終わったんだ。もう台本書く事も、校庭を走る事もないのだ。

貰った花は3年女子で分けた。

でも肝腎の山岡先生は?そう言えば、彼女ずーっと見当たらない、本当は最後の舞台の上に居なくてはならなかったのに。一体何処へ消えたのだ?

まあ、例の栄南や今中高の先生達の所に行って話をしてるだろうと思っていた。

「あ、島田さん、ちょっとお話が」その先生達に声をかけられた。

「それに、谷口さん、篠原さんもご一緒に」

「あちょっと待ってください、わたし達、山岡先生に挨拶をしたいので」

「そう言えば、今日朝あっただけで・・例の写真を見せられ、谷口さんの事宜しくと頼まれましたが」

「どうもご面倒おかけしました」

「それは良いんです。谷口さんには我々も是非演劇の道に進んでもらいたいと思っていますからね。出来たら島田さんにも、何が何でも役者の方でもシナリオライターの方、どちらでも良いから、進んで欲しいのですが・・・」

「首尾は上手く行ったのでしょうか、少し心配です」

「そうですね、ご両親の少し後ろの席に居て、はっきりお二人の様子は伺えませんでしたが、何か、周りに伏兵が多くて、谷口君の話で盛り上がっていましたよ」

「それにあの掛け声も、もしかしたら伏兵だったのかな?」

「彼らは去年の卒業生で・・仲間ですが、頼んでいません、わたし自身も驚きました」

「でも山岡先生、如何されたんでしょうね」

「あ、向こうから。先生ー早くー、みんな待ってますよ」

「ごめんなさーい、わたし、ちょっと感動し過ぎて・・少し体の熱が冷めるのを待ってたの」

「良かった、お中でも壊したんじゃないかと心配してました」

演劇部のみんなが先生の周りに集まって来た。

「待たせて悪かったわね、今日の劇、とても良かった。特に3年のみんな、感動的に素晴らしい演技だったわ。本当に本当にみんな上手くなった、2年1年のみんなも先輩のように稽古に励み、体も鍛え、勉学にも気を抜かないで頑張って欲しい。それから、島田さん、あなたには始めから終わりまでお世話になりっぱなし、頼り切っていたわ、もうこれからは今までのように頼れないと思うと不安と心配で、おかしくなりそうよ。それなのにあなたからお礼を言われるなんて、本当にさっきまでトイレの中で泣いていたのよ。改めて先生からありがとうを言わせてね。それに・・もしかしたらこれからも頼るかも知れないけど」

「そんな先生、わたしは生徒として当然の事をやって来たまでです、先生から礼を言われるなんて飛んでもないです、恥ずかしいから止めて下さい」

「先生、僕からはありがとうを言わせてください。僕が大きな声も出せなかったのを運動と発声練習をすれば大きな声が出る事を教え、その役に没頭すれば何も怖いものがない事を教えて下さったのは先生です。僕は演劇をする事で生まれ変われました。ありがとうございます」

みんな口々に「ありがとう」と言った。当然わたしもだ。

先生は又泣いた。

「わたしが体力増強演劇部と陰口を言われながらも、何とかここまで来れたのはみんな、みんなが頑張ってくれたからです。本当にありがとう、今日はお疲れさまでした」

舞台の掃除も終わり、部員も、その周りで見物してた人も帰って行った。

残った我々3人と高校の先生達、山岡先生は顔を見合わせた。

「来月からは入試も始まってしまいますので、今ここでこれからの事を決めたいと思いまして、さっき、この3人に声をかけた所でした」と高校の先生の中で一番年長者と思われる人が説明する。

「あ、そうですね、いよいよこれからの事を決めなくてはならないんですね」山岡先生が溜息をつく。

「ここでは何ですので、学校の前の喫茶店に席を設けて置きましたので、そちらの方で話しましょう」

「はい、では、学校の方にはそのように言って置きます」

山岡先生はちょっと職員室の方に向かい直ぐ戻ってきた。

「では参りましょうか」みんな、ぞろぞろ学校を後にする。我々3人は舞台衣装を入れたバックも一緒だ。

喫茶店の中はとてもあったかい。

思えば、学校は大分寒かった。しかも今年は暖冬と言われ、学校の方もエアコンの温度は低めに設定し、ストーブの燃料もケチり気味だった。まあ、ウクライナとロシアの戦争の影響もあるけれど。

「わあここはあったかい」篠原女史が感動の声を上げる。

敦君とわたしも顔を見合わせにっこり。

大人たちはコーヒーを頼み、我々にはココアが来た。これが実に旨い。

「えー、で、ですね、先ずは島田さんがどちらの高校を選んでくれるか、それが一番問題です」

「我々は始めっから島田さん一人に来て欲しかったんです」

「そ、それは内も同じです」小競り合いが起きた。

「あのう、先ずは島田さんに意見を聞いたら如何でしょうか?」山岡先生が口を挟んだ。

「あ、これはお恥ずかしい事を。そうでした、では、島田さんはどちらの高校を選ばれるお積りですか」

いよいよそれを聞かれるのか、まだはっきり決めてはいないのに。

「は、はい、わたし、申し訳ないのですが、未だはっきり決めていないのです。先生方の熱意はありがたいと思っていますが・・」

「ま、まさか何方も行きたくないと」

「いえ、約束ですから参ります。そして一生懸命演劇部を盛り立てて行きたいと思っています」

「それを聞いて安心しました」一同胸を撫で下ろす。

「では何を迷っているのか教えて下さい」

「実は、わたし、大学にも進みたいのです。それも理系、出来たら医学部に行きたいと思っています。だから、推薦でなく、普通の入試で入りたいと思っています」

「では、演劇部には入らないと?」

「いえ、演劇部には入ります。でも、台本書いたりはしない積りですし、高校の劇を見てると、社会問題を扱ったものが多く、しかも入賞したものもそう言ったもののようです。わたし、そう言ったのは少し苦手ですから、控えさせて頂きたいのです。社会問題も大変大切な事ですが。わたしとしては、それを剝き出しにして劇にするのでなく、出来たら文芸もの中にほんわかと紛れ込ませて劇にしたい、そういう考えですから、今までそれを得意にして書かれた方たちにお任せします」

「ああそれね、NHKか何かの放送を見たんでしょう。うーん、そう言えばそうかも知れないわねえ」

「昔はごく普通の文学や劇話をやってたんだけど、段々社会問題を取り上げたものが注目を浴びるようになり、我も我もとなっている状態なの」

「あんまりそういうものばかりだと、見る方は嫌になりますよね、審査員はもう高校生なんだからちゃんと社会問題に取り組まなければいけないと思い込んでいるし・・」

「でも、そう言った芝居でも、あんた達はやってくれるんだろう?」

「もちろんやります。ただ青年の主張みたいに一律に声張り上げてしゃべるのは勘弁して下さい。言ってる事は確かに素晴らしい事を喋っているけれど、心には半分しか届いていないと何時も思うんです」

「ハハ確かに、みな判を押したみたいにマイクに向かって声張り上げてるな」

「マイクのない時代だったり、マイクの性能の悪い時代だったら解りますが、今はマイクの性能、抜群に優れています、もしかしてささやくような声で青年の主張を言ったら、みな吃驚して聞くかもしれませんよ」

「うーん、人は小さい声の方がより聴き耳を立てる傾向にはあるから、それは良いアイデアだな」

「では、来てくれることは間違いないんですね?」

「はい試験が通ったらの話ですが」

「聞けばあなたは3年生の中ではトップを維持してるとか聞きました、それに塾の勧めで受験に強い女子高も受けるとか聞いた」

「ええ、塾の方は3校ばかり、日にちが重ならない限り」

「それでも我々の所に来て劇をやってくれるんですね」

「はい、今の所どっちと決めてはいないんですが・・そうですね、今中高校の方が、我が家の近くの駅から行くと、少し近いのでそうしたいなあとは思わないではないです」

「え、ホントですかあ、嬉しいな。もし君が医学の方に進みたいなら、学校でも特別にバックアップしてしてくれるように学校に頼んであげよう、学校だって一人でも多く、良い大学に行って欲しいのだから」

「じゃあ谷口君、君はわが校へ来てくれるんだろう?」

「え、ぼ、僕は・・・僕は島田さんと同じ高校を受験します。僕は島田さんに演技する楽しさを知り、劇の台本も書きながら勉強にも手を抜かない態度に、僕の不甲斐なさに気付いたのです。僕は島田さんと一緒に受験し、一緒に演劇部に入ります」

「はあ、こうまではっきり言われたんじゃ、望みはないなあ。篠原さん、君も同じ考えなのかな?」

今まで蚊帳の外にいた篠原さんに声がかかった。

「いえ、もし、貴校が私の演技を認めて下さって、わたしに来て欲しいと思って下さるなら、勿論喜んで推薦入学、お受けいたします。必ずや演劇部の為死力を尽くし、ああこの子を取って良かったと思われる事を誓います」

「まあ、あなた、素晴らしい張り切りようね。ね、先生方、島田さんや谷口君が来てくれないのは返す返すも残念ですが、今日の演技を見て、篠原さんも輝く演技の才能が眠っていると私は思いました、ここは彼女が来てくれるだけでも良しとしましょうか?それに他の子たちとも交渉しなくてはいけませんもんね。山岡先生、あなたの中学校には素晴らしい演技者が揃っているわ」

「ええ、みんな立派な演技をするようになりました、ホントにありがたいです」

そう言って、多分もう冷めてしまったであろう目の前のコーヒーを飲みほした。

喫茶店での談合はこうして終わった。

余談だが,栄南高は沢口君の行ってる西南高のすぐ近くにあるらしい。

 「良かったわよー、最後の劇。劇も良かったけど、終わった後のセレモニーもちょっとジンと来たわ」

珍しく母が劇、いやセレモニーに感動した事を述べる。

「うん、それにしてもみんな、甲乙付け難い位上手いなあ。マシューやマリラも良かったが、車いすの子も凛として院長の風格が出てたよ。それにスペンサー夫人やあの意地悪役の夫人も言う事なしだな」

「ほんと、あの意地悪そうな夫人をやってる人、良くあそこ迄化粧出来たわね」

「うん、随分前から研究してたみたい、如何すれば意地悪に見えるかって」

ここで敦君の両親の反応を聞いてみなくちゃいけないな。

「所でさ、敦君のお父さんの様子、どうだった?」

「ああ、そうだな、始めは髭面で登場してたから、自分の息子だと気が付かなかったらしいよ。で、喋りだして暫くしてから気が付いたらしい。敦君てさ、随分人気があるんだねえ、何しろ後ろにいた集団みたいな大人の連中がさ、君と敦君の噂をしてたし、我々の前に居た中学生の女の子達は、敦君の話を盛んにしてたようだよ」

「そう、それで敦君のお父さんの反応は?」

「そうだなあ、男だし、それを聞いてどうって反応はなかったみたいだが、お母さんの方が何か動揺してたみたいだなあ」

「お母さんの方か・・・」

「お母さんの方でも良いじゃないの、敦君が今輝いているのは演劇があるからだって理解すれば」

母が少しがっかりしている私を励ますように言う。

「そうだね、敦君のお母さんが味方に付いてくれれば心強いか。あそうそう、高校の方でわたしを医学部に行けるようにバックアップしてくれるようにするんですって」

「まあ、そうしてもらえたら真理ちゃん、助かるわねえ、帰ってから塾に行くのも大変だから」

「敦君のお母さんにそのことを伝えて、敦君も一緒に勉強することにすれば、いくら頑固なお父さんでも折れてくれると思うかな」

「うん、それは良い案だ、。わたしから今日一緒させてもらった礼の電話をする時に、それとなく話してみるよ」

じっと聞いていた父が頷いた。

「わあ本当、嬉しい。これで鬼に金棒だな。敦君の望み叶いそうだ」

 翌日から冬休み。受験を控える我々にはあってなきがごとき物。

塾で敦君に会った。朝からあったのでばらばらに行ったのだ。彼がにこにこしている。成果ありか?

「どう、首尾良く行ったかな?」

「ありがとう、アレからさ、家に帰ったら父の機嫌が悪いんだ。それであー、やっぱり駄目だったのかと思っていたらさ、お袋が僕の劇を続けさせてやりたいって言うんで機嫌が悪いんだって言うんだ」

「そう、それは少し残念だね」

「ところがさ、真理ちゃんのお父さんから電話があって、暫く考えていたんだけど、何やら決心がついたらしく、僕を呼んでこう言ったんだ。お前の芸が上手いと云うのは素人の俺でも分かる。それにお前のファンが多いのも分かった。そう言った者達からの話から推察すると、どうも勉強の成果が上がったのも、演劇に目覚めたらしいからとか。母さんはだから直ぐにお前が演劇を続ける事に、賛成したがね、俺はやはりお前には演劇をやめて、勉学だけに打ち込んで欲しい気持ちに変わりはなかった。さっき島田さんから今日一緒してくれた事のお礼の電話があったんだ。良く聞くとあそこの真理さんは医学の方に進むらしいが、演劇の方もやるとか。それでその為に、高校では真理さん等の勉強のバックアップを整えると言う話があるそうじゃないか。もし、敦君が同じ高校に進学して、一緒に勉強させてもらえたら真理もさぞ心強いでしょうねえと言われた。そこでお前も真理さんと同じ高校に行きたいのかと聞くんだ。心の中では最初からその積りだと思っていたけど、はあそんな話があるんなら、僕も真理さんと一緒の高校に行って勉強しますって言ったんだ」

うん、これで敦君のことは大体片付いたようだ。みんなに協力の礼を言わねば。

美香と睦美千鶴には電話でお礼の電話をし、敦君が両親の賛同を得たことも報告する。睦美にはあと一つ、訪ねたいことがある。

「ねえ、睦美ちゃん、この事を健太、健太さんに言ったでしょう?」

「ええ、言ったわよ、これは敦君の将来にかかわる問題よ。と言う事は我々グループの問題なのよ。ここは女子だけでなく男子諸君にも応援してもらわなくちゃいけないじゃない。だから健太さんに男子諸君の方をまとめるように頼んだの」

成程ムッちゃんの言う通りだ。

「ありがとう、け、健太さんにもお礼言っといてね」

「本当は、彼奴は真理ちゃんに直接言って欲しいんだろうけど、でもこのことは私から報告するわ、きちんとね」

次に隣の武志君の所へお邪魔する。

「ふーん、俺達も色々小細工したけどさ、これはお前の所の親父さんが一番活躍したんじゃないか?」

「そうかも知れないけど、その前の下地を作ってくれたから、父の電話が効いたのよ。もともと谷口さん家のおじさん、わたしの父の事尊敬してるって敦君、言ってたし、それも大分力になったかなあ?」

「まあ兎に角敦の思いが通って良かった良かった。本来ならみんな集まってお祝いしたい所だけど、何しろお前たちは受験生、そういう訳には行かないよな、我慢我慢」

「そうだね、一応受験生なんだから。それにあなたも大学受験生よ、互いに頑張れ頑張れ」

終わりに沢口君にも電話する。

「うわー、島田さんから電話あるなんて嬉しいな」

「この間の劇、見に来てくれてありがとう」

「俺たちの声、分かったかな」

「勿論よ、篠原さんなんか感激して泣いてたわよ、と言うのは嘘だけど、彼女も気づいていたわ。おかげで敦君も希望通りの高校に行けるみたい、兎に角めでたしめでたしと言う所に落ち着きました」

「うん、何かお祝いをしたいけど、君たちは一応受験生だから・・・」

「武志君も同じ事を言ってたわ。そうね春になったら少しだけ羽を伸ばしましょうか、それまでは自粛自粛うーんその後も、多分自粛だろうな」

「え、なんで?」

「ここだけの話、武志君、もしかして医学の道に進む積りなの」

「えー、彼奴が。そう言えば、この所彼奴、付き合い悪いなあと思っていたんだ。まあ大学受験を考えて付き合い悪いと思っていたんだけど・・そうか、彼奴は本当は島田さんと同じ大学に進みたいと思っているんだろうな、それには猛勉強しかないから。うんこれからは武志の応援をしなくちゃいけないな、山下にも良く言っとこ」

「でも、この話はここだけの話なの、あまり健太には言って欲しくないの、彼、おしゃべりだから」

「そうか・・じゃあ武志は受験で忙しいらしいとだけ言っとこうかな」

「うん、その位に留めていてね。あそうそう、篠原さん、あなたの行ってる高校の近くの栄南高校に行く事が決まってるのよ」

「でも、君はどこに行く事にしたんだい?」

「わたしと敦君は今中高校を受験するの」

「推薦でなく?」

「ええ、その方がずっと演劇部に縛られないでしょう。敦君は私が一人で受験するのが寂しいだろうと、一緒に受験するんだって」

「そうなんだ・・今中高校か、うん、でもそれほど離れている訳じゃないから、もしかしたらばったり会うかも知れないよ、ハハハ」

最後は一番功労賞を上げねばならない我が父だ。

「お父さん、昨日谷口君のおじさんに電話してくれてありがとう。おかげであっちゃんわたしと一緒の高校を受験することになれたんだ」

「そうか、それは何よりだね。彼も演劇の研究に熱心な大学を目指して、真理と一緒に勉強すればいいね。もっと深く演技について勉強すれば、演技それによって気の弱い人間も強くなれたり、性格的に問題ある者も治って行けるような研究も出来ると思う」

「流石、大学の先生だね」

「ハハハ、そう、わたしはこれでも大学の先生だったんだ」

母も加わって親子三人大きな声で笑った。

もう直ぐお正月がやって来る。今年に冬は暖かいと天気予報は行ってるらしい。

           次回に続く お楽しみに

 尚、モンゴメリ「赤毛のアン」は村岡花子氏、中村佐喜子氏等の翻訳を参照いたしました。

          ありがとう御座いました。








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