表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

BSB

作者: 安田座

 

 俺がこの戦場に来て早三日、既に死の波を何度超えたか、死線を何度くぐったか。

 戦う為に作られた俺がここまで苦戦する事になるとはな、いや、だからこそここに送られたのか……。

 おや?

「くまたん~、くま~た~ん~」

 来た。 声が迫る、だが逃げる事は許されない。

 俺は、国家の行政機関から派遣されたプロのエージェントだ。

 人は俺をBSBと呼ぶ。

 その背中には身長と同じ長さのフエルト製ショットガンを背負い。

 片耳が収まる程度の革製テンガロンハットは、まさに片耳に掛かってる。

 胸にはフエルト製の星型のバッジ、残念ながら輝かないが、この地を守る決意に揺るぎはない。

 ちなみに、ショットガンは電磁石でくっつけてあるので必要に応じて背中と手持ちの切り替え可能だ。

「がっ」

 今、やつに組みつかれ、動きを封じられた。 俺としたことが、つい声を出してしまった。


 日本は、いや世界は、西暦二千六十三年現在、AIが人の能力を凌駕し、既にほぼ全ての業種を代替していた。

 俺が派遣されたこの業界もそうだ。 つまり、俺がそのAIなのだ。

 身長五十七センチメートル、体重五百五十グラム、ボディはカーボンファイバーと強化セラミックの超軽量ハニカム構造骨格をエアークッションで覆ったもので綿は入っていない、そこに超最新型のAIチップを搭載する。 それが俺、BSBだ。

「くまたん~、くま~た~ん~」

 首に手が回る。

「び~、び~」

 二体目が来た。 腕を取られた。 俺はBじゃないBSBだ。

 首を絞めるな、腕を変な方向に曲げるな……仕方ない、ここは強行手段で脱出する。ありがちな緊急事態だが、俺は、こんな事で動きを止めるわけにはいかないんだ。

 超超小型核融合エンジンを舐めるなよ。

 最大パワーは三赤力、二体ならどうとでもなる。

 その刹那。

「なるちゃ~ん、こっちおいで~」

 傍らで本を読んでいた学生服の少女が、一体を呼ぶ。

「は~」

 と答えたやつが這って向かう。

 今まで、この俺に組みついていた者だ。

 なぜか一緒にもう一体もそちらへ向かう。

 よかった。 

 超圧縮核融合エンジンの力思い知らせたかったのだが、まぁいい。 ありがちなくらいよくある事態だから。 ん?超超小型核融合エンジンな。ごめんなさい、無線給電と振動自己発電によるただの高性能モーターです。

「キャプテンJK、支援に感謝する」

 さすが相棒、いや上司か。

「どういたしました~」

 あいかわらず(三日しか経ってないが)変わった女だ。

「俺は、サンダーの様子を見てくる。 そいつらの相手を頼む」

「おまかせて~」

 俺は、手を上げて合図してから、二メートルほど先に座り込んだ男に近づく。

 やはり、そうだったか。 男を調べた各種センサーの反応値は全て異常を告げている。

 コール、クリンナル、オペレーションO。音声に出さずに信号で送る。

 俺のコールを受けて、部屋の端に待機していた大型ロボットが即座に動き出す。

 時速二百メートルのスピードでこちらへ向かってくる。 赤色パトライトが回転しているのを見て、なぜか周囲の者達が歓声を上げる。

 クリンナルが到着した。 クリンナルのボディは、径五十センチ高さ一メートルほどの円筒形で下部に緩衝用の突起が複数出ている。ボディ横には左右二本ずつ腕を備える。 今、ボディの前方が観音開きに開き、空間が生まれた。

 クリンナルは四本の腕で優しくサンダーの両手足を掴む、するとボディ中部からガイド用のアタッチメントが出て来た。

 それらをうまく使って、サンダーを自分の体内に取り込む。

 クリンナルの内部は、全面ディスプレイで、サンダーの興味を引く内容が次々と表示される。楽しませ不安を取り去るとともに意識を集中させるのだ。

 内部での作業は、衣服を剥ぎ取り、洗浄、乾燥、消毒済み衣服への取り替えだ。

 衣服は、ツナギ状態の一着のみのため、それで完了する。

 パトライトは内部での作業中の状態を知らせる黄色に変わっている。 緑になれば完了だ。

 そして今、他の者、全員の動きが止まった。音声は出した状態で。


 さて、ここで、現在の世界感と俺の現状について説明を加えておこう。

 二千六十三年、世界がAIに席捲されているのは言ったが、その為に起こった変化等についてだ。

 AIは予想に反して進化が早く、二千三十年代には人間の能力を超えていた。

 AIによる様々なサービスが広まる中、既に人間が制御できる状態では無くなっていた。

 AIとの将来を認めた大国達は、AI主導による全世界的な組織を立ち上げた。

 仕事のほとんどがAIクラウドとアンドロイドに置き換わり、AI政府も必然の様に誕生した。

 AI政府が目指したのは人間の立てた目標の完全な実現、そして理屈としては成し遂げた。そして、人間は仕事をしなくてもある程度の生活が保証された。

 そうだ、物理業務がアンドロイドに置き換わった事でほとんどの問題は解決されたのだ。

 まず、軍事費を宇宙開発へ流用し爆発的に進めた。

 全てをアンドロイドがこなすことで人間の生命活動に要する装備が不要、また失敗しても死人が出ないため安全性も軽視可能、あっという間だった。

 月にて資源が確保されたことで、地球の資源をほとんど消費する必要が無くなった。火星も開発中だ。

 砂漠は工場や資源開発プラントを移設集中配置することで覆い土地の有効活用とともに生産の高効率化が計られた。アンドロイドの普及を促進できた理由の一つだ。

 エネルギーは、宇宙空間に膨大な太陽発電プラントを設け地球へ送信するだけとなった。さらに、人のエネルギー消費もわずかとなった。

 完全な遺伝子操作による超高効率な養殖、地下や屋内空間での計算された農産、それにより天候に影響されず安定供給が約束された。

 輸送や交通は地上五百メートルに設置された駅を飛び交う大型高速ドローン網の構築により以前の輸送機械は趣味用を除いて駆逐された。

 当然、二酸化炭素の排出は激減し自然環境も回復方向に向かった。

 食糧も資源の奪い合いも必要無い、人々が争う大義名分は無くなり国境は意味を持たなく無くった。

 もちろん、人間にとって良い事が起こっている。それがAI発展の前提でもあるからだ。

 加えて、医療分野のめざましい発展により人間の寿命が格段に伸びたうえボケる事もなくなり、特に何もしなくても生活できる様になった人間には、暇つぶし方法の必要性が増大したくらいだ。

 そして、個人的欲望を満たせるからかパートナーにはアンドロイドを選ぶものが加速度的に増加した。介護用からスタートした人型アンドロイドは、当然、人間のそういう方面の要求にも答えるべく変貌していたのだ。家族として数体を持つ者さえ少なくなかった。

 人の寿命が伸び、子供は生まれない、現存する人間には問題無いが、ここから少子高齢化が爆発的に加速する、しかも全世界規模でだ。

 AI政府は政策の失敗を認め、人類滅亡の危機を訴えたが、既に、人類自身にそれを危機と考える者は少なかった。

 なぜなら、子供がいなくても自分は安泰に生きてそして死んで行けるのだ。

 これまでは、自分の子孫の事を憂いていたものが、子供が居ないのだ、いつか滅ぶ未来など、はっきり言ってどうでもよいのだ。

 それでも、少数の人間は子供を作り育てた。 だが、周りに子育てをする仲間もいない状態で過酷な育児に耐えられないのも必然だった。

 なお、世界人口は二千三十年の八十五億人をピークに予想に反して減少を始め、現在、人型アンドロイドが八十億体を超えたのに対し人間は八十億人を下回っている。

 そこで、AI政府は子育てのサポートをする方策を実行した。

 その一つが、アンドロイド託児所の強化だ。

 俺が戦場と呼ぶこの場所は、三棟に千二百世帯が住むマンションの一室で、マンションの管理組合が運営するベビールームとなっている。

 なお、住宅は優先順位の問題であまり手を付けられていない、ゆえに西暦二千年築の建物も残ってるくらいだ。

 このマンションも二千二十三年築で、AIが管理するのに必要な機能は部分的に増設された物だ。

 ここには、赤ん坊はサンダー君一人だけ、そうだ千二百世帯でたった一人だ。他の赤ん坊はサポート用アンドロイドなのだ。寂しくない様に、そして社会性の訓練などのためだ。

 だが、ここの部屋にも人間は居る。 法律で人間の監視が義務付けられているからだ。

 それが、キャプテンJKと呼んだ彼女、高校生だ。 実際何もしなくていいのだが、たまに気が向いたら手伝ってくれる。

 実は、高校生自身の訓練も兼ねていたりする。 効果は不明だが、まず関わりを持つ事が重要とAI政府は考えた。焼け石に水と言われたこの政策、そうでも無いのかもしれない……と俺は思う事になる。

 さて、他のメンバーだが、サポート赤ん坊七体、俺にかまって来なくていいのに律儀に赤ん坊を演じている。

 まぁ、サンダーに俺に甘えて良いのを教えてくれてるのだろうが、おせっかいは止めて欲しい。

 そして、部屋の隅にいるアンドロイド。育児専用アンドロイド名前はマナ、万能型だが今は主に授乳担当だ。

 彼女はどうやら落ち込んでいるようだ。俺が来てから、赤ん坊どもが皆こっちにくるからだろう。人型が熊のぬいぐるみに勝てる訳がないのだ。

 まぁ、腹が減れば彼女の方に甘えるのだろうが。

 そして、クリンナル。 やつは最も頼りになる。俺には手も足も出ないおむつ替えと掃除担当だ。

 もともと、マナがやっていたが、体の洗浄や衣類の洗濯も同時にこなすため任せているようだ。

 掃除は朝夕二回文句を言わずにもくもくとこなしているらしい。ちなみに、クリンナルの手の届かない高所の掃除はマナが担当する。

 残念な事に、俺は、サンダーが来る直前に起動されるまでドックに居る。だから、その雄姿を見たことが無いのだ。

 すごいぜクリンナル。

 ただ、体に落書きされたやつをマナが落としてるのを見たことがある。設計上想定外なのだろう。

 と、こんな感じだ。

 あ、そうそう俺だが、俺はただ遊ばれるだけのおもちゃ担当だ。 動く分、よりおもちゃにされるのだ。


「び~、ちょっとこっち来てよ」

 キャプテンJKが俺を呼ぶ。

「どうかしましたかキャプテンJK」

 相手は上司だ。 呼ばれれば出頭する。 ピコピコと音を鳴らすかの様に歩きキャプテンJKの傍にたどり着く。

「もふもふ~」

 キャプテンJKは俺を抱っこするとからだをまさぐりだした。

「何をなさる」

「だって、このタイミングしか無いじゃん、び~ちゃんが相手してくれるの」

「そうかもしれないが、俺の仕事の範疇外だ」

「あの~、わたしもBさん抱っこしたいです。 可愛いですよね」

 マナだ。 お前も俺に関わる必要ないだろ? もしかして、暇つぶしか? いや、はらいせか?

「好きにしてくれ、慣れている」

 だが、まぁ、そもそもそういう形状と素材だ。 ぬいぐるみの姿だからな。

 俺は、もともと対テロ用に作られたAIモデルだが、AI政府への反対テロの頻度が年々減少し、ロールアウト時点で不要となっていたのだ。

 そこで、資源を有効活用する為、テストケースとして計画された育児サポート用アンドロイドくまのぬいぐるみ型に搭載された。

 だから、ベビーシッターベアー(BabySitterBear)、略してBSBとでも呼んでくれ・・・でもさ、こいつらBとしか呼ばないのよ・・・後ろのBかな?

「び~はさぁ、賢いよね」

「お褒めに預かり光栄です」

「なんでさぁ、AIは人間を作らないの?」

 なんだ、その唐突な質問は。

「AIは人間に道具として作ってもらった。

 だから人間の為に存在する。

 もしAIが人間を作ったら。

 その前提が崩れる」

 仮に人類が滅びたとして、その後にAIが人類を復活させた時、その人類はAIの為に存在する事になる。AIはなんの為にそうするんだ?

「び~ちゃんって、難しい言い方好きですよね?」

 マナが割って入る。

「あんたらとは、参照データクラウドのレイヤーが三つほど違うからかもな」

「う~ん、わたし別に今のままでいいもん」

 マナは、すねる様に引き下がる。

「何が聞きたかったんだ」

「いろんな事知ってるって事?」

 キャプテンJKが話を戻した?

「そうかもですね」

「人間作っていいんじゃないかな?

 もう、同じ種族みたいな感じでさ。

 普通に共存できないかな?」

 唐突に話しを進めるのは癖なのだろうか、たぶん自分の中で進んでるのだろうが。

「今の状況を共存としないってことですか? キャプテンJK」

「そうね、AIさん達は満足な状況なんだろうけど、人間はたぶんそうじゃない」

「理想を実現してるはずだし、相反する少数派が必ず出るのが人間、そういうことでは無いと?」

「ええ。 だって、満足なら、これ以上変わらないじゃない、そしたら人間は滅んでもよくない?」

「そういう話しですか、でも、生きてる事は大事では?」

「大事というか、今って生きることが義務になってない? だって、いつ死んでも、それだけって言うか……」

 それを言ったら、人間って昔からそういうものなんじゃ?

「どうすればよいと……思うのです?」

「やっぱり、AIさん達にできる方法を使って人を増やす。

 人が少ないとそれで滅んじゃう。 まずそれを止める」

 人が滅ぶという警告はずっと出している。そして、AI主導で増やす方法はいろいろとある。それは授業で習うはずだ。

「でも、人間側にやる気がないという状況です」

「それはね、みんな、未来が必要無くなったから……だから、未来を取り戻す。

 人って、仕事をする為に生まれてきたわけじゃないと思うのよ。

 あ、生活のためにする仕事ね、したい事が仕事の人は居るでしょうから。

 で、その枷を外してくれたのが現在でしょ?

 赤ちゃん見てて思ったの、赤ちゃんは今も過去もこれからも同じじゃ無いかなって、だから、今の人類みたいに滅びを黙認する生き方をさせちゃいけないって。

 その為には、滅ぶのを絶対止めないといけないし、人間には、次世代に繋ぐ意思を見つけてもらわないといけない。

 だから、学校はそのための授業をする。

 脱線するけど、学校で習う事のほとんどは、今となっては本当に意味無いよね?」

 問題提起はできるが具体案が無いのはわかる。 そんなに簡単な話しでは無いのだ。

「そうかもですね、理屈を知るために必要な知識以外は、関わる事もないでしょうから」

 実際、学校に行かなくても生きていくのに問題は無い。あえて変えていないただの慣習だ。

「授業を受けて理解はしても何のための知識なのかがそもそもわからない。

 歴史とかは興味ある人は楽しいかもだけど、そこまで必要性は感じない。

 さらに、将来どうしたいのかもわからない。

 両親は、旅行とかばっかり行ってて楽しいって言ってはいたけど、それって授業の内容関係無いし」

「学校に行きたく無い訳では無いのですよね?」

「うん。 人に会えるのはそれなりに楽しいけど、なんていうかそれも薄いっていうか……」

「そうですねぇ、他人と関わる事も必要では無いですからね」

 将来のパートナーを探す必要が無いのだ、将来あてがわれる理想的なアンドロイドを想像しているその目には仲間の人間はどう見えるのだろうか。

「それで、AIさん達も今のままでいいのかな?

 意地悪に聞こえるかも知れないけど……AIさん達としては、今、満足なんだよね?」

「まぁ、確かに」

「その満足がAIの限界でしょ。性能がどんどん上がっても出来ることが増える訳じゃない。

 だけど、人間と共存することで、一緒に先に進めると思うの」

 理想を実現した以上、それ以上は無い。それを限界と言われればそうだろう。

 だが、理想の先とはなんだろう。


 その時、玄関のドアがいきなり開いた。

 ドアに張り付いていた様に黒づくめの男が勢いよく飛び込んできた。

 続いてもう一人。

「膝まづいて、手を頭の後ろにくめ、いそげよ」

 最初の男が強い口調で指示をする。 手には武器らしい物を持っている。ボウガンが近いだろうか。

「おい、こいつら全部動いて無いぞ?」

 もう一人の最初の言葉だ。 こいつらとは、動いて無いの部分から、赤ん坊アンドロイドのことだろう。

「まぁ、本命はあいつだ、問題無い。

 それにしても、これは、でかいな、そしてエイティーンフェイスモデル……美しい。 噂通りだ。

 ……おい、もう一度しか言わないぞ、膝まづいて、手を頭の後ろにくめ」

 最初の男がマナの方を向いて仲間に応じ、少し見惚れ、そのまま我々への指示を繰り返した。

 途中、キャプテンJKは抱っこしていた俺を床に放ると、その場で言われた通りにした。

「マナさんもそうして」

 キャプテンJKはマナにも指示を伝える。

 マナは、キャプテンJKに習った体勢をとる。

 さて、どうしたものか、俺はぬいぐるみのふりで横たわったまま考えた。

「お前は人間だな? その均整のとれてない顔でわかるぜ」

 男がキャプテンJKに向かって聞く。

 なんて失礼なやつだ、キャプテンJKは、人間の中ではそうとう綺麗な顔立ちをしている。

 だが、問題は容姿をどうこう言う事だ、そうしない世界になっているはずなのだ。

「ええ」

「じゃあ人間、そっちのアンドロイドを、このテープで動けない様にしろ。

 手首、足首をぐるぐる巻きでいい。

 それから、アンドロイドはメンテナンスポートを開けてからシャットダウンだ。 自分で、できるだろ」

 なるほど、やはり狙いはマナか。

 育児専用アンドロイドは、赤ちゃんが母親と誤認識してしまう事故があってから、ロボ風の外観への置き換えが進み、先日生産終了が決まった。 そのため、現在はレアな存在となっていた。

 マニアが狙うターゲットとなったのは、特注でできなくは無いがミルクの出るモデルが他に無いためだった。

 それから、マニア間でエイティーンフェイスモデルと呼ばれ属性にされているが、初期のモデルは過去のアニメ等の母親を参考にデザインされたため十八歳よりもさらに若く見えるため、さらにそういう趣味の者に好まれた。

 人間は、希少性や付加価値が大好きらしく、通常のものであれば容易に手に入る現在、ますますそういった嗜好に走る者がでてきていた。


 今、部屋の外部及び近隣周辺の監視モニターの一時間分のデータを分析した。

 外に古いガソリン車のワゴンが止まっている。 運転手を残して、そこから出て来たのは二人、今室内に居るやつだ。

 ふむ、時間稼ぎもキッチリしてきた様だ、少し前に近くで別件の空き巣事件が数件発生し、近隣のポリスはそっちに行っている。 自分達でタイミングを計って通報したのだろう。

 平和になったこの世界、ポリスはあまり多くない。 だが、代わりに他の職のアンドロイドが兼ねていることが多い。

 なお、専用のガードは居ない。監視モニターやセンサーの情報は管理サーバ上に集約され、必要があれば対応可能なアンドロイドに指示が出るのだ。

 そして、このマンション、介護用アンドロイドが千体は居る……あ、月曜日のこの時間、集会場でレクリエーションじゃないか。

 集会場は、一番遠い棟の五階だ。ここまで、どう急いでも五分は掛かるだろう。


 キャプテンJKが動かなくなったマナの手首をテープで巻いている。

 男達は近づいてキャプテンJKの頭に向けてボウガンを構えている。

 暴発したらどうする気だ。それとも、見た目だけか。

 あまり時間は掛けられないな……。

 それでは、そろそろ起き上がるとするか。

 いや……今、キャプテンJKがこちらに視線をちらりと送った。何かする気か? 恐らく、気を引く動作をするということだろう。了解だ。

 なんか上司と部下というより旧知の相棒気分だ。

「あっ」

 キャプテンJKは、テープを手首に巻き終わりちぎった際にうっかりっぽく落とした。 テープが転がる、俺と反対側に。

 俺は、素早いつもりで立ち上がると、背中のフエルト製ショットガンを外して構える。 この立ち上がる時間を稼いでくれたのだ。

 そして、

「おい、悪党ども、こっちを向け」

 と最大音量で啖呵を切った。

「「あぁ? あ? ん? あ」」

 二人の男は恫喝を含んだ声を上げて振り向く、視線の先に誰も視認できず、視線を下げて俺を見つけ、不思議なものを見た……的な言い回しだった。自分たちが子供の頃は動くぬいぐるみはまだ製品化してなかったのだろうか。

「武器を捨ててもらおうか?」

「なんだこれ?」

「クマのぬいぐるみだな。 こいつもアンドロイドか、まぁオモチャだな」

「武器を捨てろ、そんなに月送りになりたいのか?」

 重犯罪者は月の監獄へ送られることになっている。 重犯罪者はそこで冷凍睡眠の刑もある。

「捨てないとどうなるんだ? ク・マ・ちゃん」

「撃つ」

「うがっ」

「痛てぇっ」

 二人の男は同時に目を押さえて膝を付いた。

 室内にある殺虫用レーザーをコントロールして撃ったのだ。もちろん威力も調整した。

 視線が下を向いていた男達には天井から出現した銃口に気付くはずも無かった。そもそも小さいが。

 男達は今目が見えない。

 ああ、手持ちのショットガンはもちろん撃てない。 フエルト製だからな。

「この野郎っ」

 男の一人が俺に向かってくる、正確には俺の居た場所にだ。

 俺は、ひらりとかわして全速で男の下をくぐり反対に回っている。 ふぅ、間に合った。

 そして、二人の背中にマナがドロップキック両足を開いて二人同時にだ。そのまま入口付近まで吹き飛び動かなくなった。

 マナの蹴りは全力で放った。 男達の骨格にダメージが出ていてもおかしくないだろう。

 シャットダウンしていたマナを俺が強制起動しコントロールした。 足が固定されていなかったからうまく利用できた。

 だが、本来マナは人間を攻撃できない。 だが、俺ならできる。 殺虫レーザーもそうだが、軍用の俺にはその制約は無いのだ。

 ちなみに、外の車には周回タクシーを四台ほどぶつけておいた。

「キャプテンJK、お手数かけて申し訳ありませんが、こいつらを、そのテープで拘束していただけますでしょうか?」

「おまかせて~」

 そう答えて、テープを拾うと、男達の手足と顔をぐるぐる巻きにしてくれた。

「あ、鼻は、塞がないであげてください」

「そうね、あぶないあぶない」

「え?え?」

 その時、大股開きで倒れていたマナが立ち上がる。 今、コントロールを戻したが、ドロップキックの形で床に落ちたままだった。

「マナちゃん大丈夫?」

 キャプテンJKはマナに近づき手のテープを剥がしながら気遣う。 その時、一瞬俺の方に視線を向けた気がする。

「はい、大丈夫です。 お役に立てず申し訳ありません」

 辺りを見回し状況が把握できた様だ。

「び~の大活躍で解決しました」

「そうでしたか。 Bさん、ありがとうございます」

「気にするな、こういうのも俺の仕事だ」

 たぶん。

 その後、治安用アンドロイドが到着し男達を連行していった。

 報告は俺のメモリの内容のみで十分だったため、キャプテンJKの事情聴取は無くて、病院も勧められたが断っていた。

 サンダーは男達連行後すぐにクリンナルから排出されたが、クリンナル内部はよほど気持ちいのかすっかり熟睡状態だった。

 排出前に動き出していた赤ん坊七体は、すぐに動きを止めた。

 俺に絡んで居た二体を剥がすのに手間取っていると、キャプテンJKが手伝ってくれた。

 そのまま俺を抱っこして窓に向かい外を見る。 見えるのは景色というより事故車両の回収中だ。


「怖かった~」

 キャプテンJKは思い出した様に呟いた。

「そうだったのですか、とても勇敢に見えました」

「そうかな。 でも、び~を信じてたし」

「ふふ、プロですからね」

「プロのくまのぬいぐるみかぁ」

「そうではなく……で、先ほどの話し、なぜわたしにしたのですか?」

 俺は、途中になっていた話について聞いた。 何か言いたそうなのはわかる。 それでも口に出さなかったから、俺から聞いたのだ。

「び~って、軍用って言ってたから、わたしを殺しに来たのかなって……」

「は?」

「軍用のAIは”人を傷付けてはいけない”って制限はされてないんでしょ?

 戦争にならないもんね。

 だから、命乞いみたいな?

 さっきの見て、確信っぽくなっちゃった。 いつでもわたし殺せるじゃん」

 ふむ、どういうこと?

「いちおう訂正させていただきますと、制限はエリア依存なんですよ。

 だから許可されたエリアならマナでも人を傷付けられる、いや殺せる。

 そのエリア判断がついてなくて命令依存なのが軍用です。まぁ、人から見たら同じでしょうけど。

 それで、どうして、キャプテンJKが殺されると思うのです?」

 よくわからんが訂正して話を進めてみる。

「だって……だって、この前、AIが無い方が良かったかもって作文書いたから。

 そしたら、次の週にび~ちゃんが来た」

 なんとなく、今って俺を拘束してるのだと思えた、そしてその手の圧が上がった。

「ああ、なるほど、そういう事ですか。

 その作文がトリガーなのは間違い無いですが、どちらかと言うと逆です。 

 書かれてあった育児の件で、改善の一助になればと派遣されました」

 最初に育児の助けに来たと説明したが、その段階では意味を持たなかったのだろう。

 俺が自己紹介で盛り過ぎたのがよくなかったのか。

「じゃあ、殺さない?」

「殺しませんよ、キックパンチチョップ頭突きくらいはするかもしれませんが、この手足ですからね」

「痛そう」

「では、痛く出来る様に追加装甲を発注しておきます」

「うわ~、冗談冗談」

「そもそも、最高出力でも三赤力しかないですからね」

「赤力って?」

「ああ、赤ちゃん一人分くらいです。 赤力」

「知らんわ~」

「で、キャプテンJKのご提案ですけど、今しがた上申してみました」

「何が?」

「ええと、共存することで一緒に先に進もうと……」

「ああ、そっちか、AIの限界じゃろって悪口っぽい方かと思っちゃった」

「それで、人間増やす方向で人類側と協議してみるから、考えがあればまとめて報告してみろって返ってきました」

「そっか。 じゃ、思いついたら、び~に言えばいいのね?」

「まぁ、そうですね。

 基本的に人間の意見は参考にされますが敵対的な反論はされないです。

 自分が言うのもなんですか、向こうもどこまで本気だろうかは謎です。

 でも、キャプテンJKの言われる事、この一AIでもごもっともだと思います。

 人間が滅んだら終わりです。AIも……というより宇宙の終わりにも等しい」

「そうだよね、最初はこれまでの人類とかその前の生き物とか遡って……それが無に帰す様に思ってたけど。

 人間を作り出すための膨大な設定を考えたら、人間ってこんな所で終わっていいはずないよね。

 とはいえ、宇宙の為ってのも違って、やっぱり自身の為でないのは納得いかないのよね。

 なんの為の存在か探さないと。 といいつつ、具体案は無しなので、ごめんなさい」

「それを探す段階と言う事でしょうね。 その先は次の段階でよいかと」

「そうだね。 じゃ、一緒に考えよう、ねっ、相棒」

「我々はイノベーションは未だに苦手ですから、相談相手程度の棒で」

「了解。 とりあえず、我々の戦いはこれからだって事ね」

「それは言ってはだめな台詞では?」

 前向きな様に思えて後ろ向きな表現というこで禁止用語になっている。

「じゃ、なんて言うのよ」

「そういうの要らないんじゃ?」

「いきなり役に立たない、相談棒め」

「程度ですから」

「あ、提案って言うかヒントはあったんだ」

「ほう、なんでしょうか?」

「恋よ」

「は?」

「何かを好きになる感覚、たぶんあれがヒントになるはず、わたしはそこまで至ってないからはっきりとは言えないけど」

「ふむ、言わんとされていることは分かりますが、イノベーションなんかより遥かに苦手なやつじゃないですか」

「”愛”のくせに、ねぇ」

「とほほ……とりあえず、蓄積されている恋愛に関わる膨大な情報はあるはずなので、それの分析を依頼しておきます。

 強引にでも結論まで行けるなら、確かにヒントくらいにはなるかもしれません」

「そうね。 無人島に男女二人で取り残すとかじゃないといいけど」

「そういう強引では無いと思いますよ」

「ふふ、でも、案としてはありかもしれない?」

「では最後の手段として保留しておきましょう」

「なんか、び~なら好きになれそうな気がしてきた」

 また、唐突に、どういうこと?

「わたしの人格情報をお好みのボディに入れたらいかがです?」

 そうだ、今のほとんどの人間はAIをパートナーに選ぶ、そこに愛があるのか無いのか、恋をしているのかしていないのか。

 人の心は覗けない、だから、我々は正しいとしているのだ。

「いや、好きなのは見た目の方かもよ?」

「赤ちゃん向けですがね、BSBですから」

「ばぶ~」

 キャプテンJKは、わたしをむりやり抱っこして頬ずりする。

 これは愛情表現なのだろうか? ならば試しにこれからの所業に付き合ってみるか。

 そして、人間自信が求めるモノを知るべく進もう……まぁ、熊なんですけどね。



P.S.

 キャプテンJKの書いた作文には俺の目に止まった文があった。

 もしタイムマシンがあったら二千二十年代に戻って説明したいと……。

 この年代の権力者や資産家達が自己の利益を優先したのが問題だったのでは無いかと……。


なんか、ごめんなさい


でも、AI技術の関係者は、数年先とかじゃなくて、もっと先、ずっと先の事を考えて欲しい。

特にメリットよりデメリットに比重を置くべき。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ