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裏の組織『まよーる』


──突然のことだが、一目惚れって信じるだろうか。

 

 レストランにいたお淑やかな雰囲気の女性。

 

 駅でバッタリ会ったイケメンの男性。

 

 彼女の胸が実に豊満。彼の筋肉が触れたいほど堪らない。

 

 目が綺麗だとか、顔が好みとかだとか、時にはネット越しでのラブストーリーだって。

 

 ある時は運命を越えて宿命なんだとか言ってみたり。

 

 時には時には、そう……一目見た瞬間から心を奪われたり。

 

 恋愛小説や映画ではありきたり。突き詰めればとことんいっぱいあるけれども。くだらない、そんなことは作り話の中だけだと、あの日まではそう思っていた。


──カランコロンと、来店を知らせるベルが鳴ったあの日のこと。

 

 その音に反応して厨房から店内に出た瞬間、俺はまるで天啓を受けたかのように身体に衝撃が走った。そもそもそれは卑怯極まりない。不意打ちもいいところ。

 だってそうだ。元々孤児である俺は死に物狂いで子供時代を生き抜いて、優しい老夫婦に拾われて、恩を返したい一心から実家が営むお菓子屋で働き続けた結果、若くして店を任されるまでになって、無我夢中に切り盛りして……と、そんな感じで怒涛の日々を送っていたのだ。


 男女が営む恋愛などもっての他。一所懸命、仕事一筋、そんな生を歩んできた俺がッ──間違っていた。端的かつ明快に言えば、俺は恋に堕ちた。


「あ、あの?」


 小首を傾げる天使に俺の心は鷲掴みにされたのだ。世間に疎い俺でも目の前の人物が誰だか知っていた。だけどそんなこと一切関係ない。だから俺は咄嗟に好きですとでも言おうとしたのだろうか、あの後のことはあんまり覚えていない。ただ店の従業員に聞いたところ、立ったまま気絶していたらしい。


 その日から俺のアプローチは始まった。あの瞳、髪、声、顔、彼女を構成する全ての要素が俺を虜にしたおよそ三年前のあの日から、現在に至る今日この日まで、片時も彼女のことを忘れたことはない。つまり結論、一目惚れは信じていい。


 はてさて、昔の思い出に気を吞まれていたが、目の前の問題もどうしたことやら。なんなら目に入る赤髪ツインテールが目障りだから、意識も強制的にシャットダウンされたまである。


「学園を乗っ取りますか?」


「却下」


 今もこうして耳障りな甲高い声と、まるで子供が考えそうな頭の悪い内容が、俺の思考を上書きしていく。だから俺は即座に拒否を示した。しかし、そんな簡単にセレナが懲りるわけもない。一体何度とこのやり取りは続いているのだろう。もういい加減にしてほしいところだ。


「なるほど神族の末裔と謳われる四公爵を潰すんですね!」


「却下」


 ガラス窓も数多くが吹き抜けて、薄ら寒い風が建物の中へと運んでいる。心霊スポットなどに適しそうな古びた空間には、かつて人が住んでいた名残もちらほらと。くすみながらも渋みのある机や椅子は、無駄なく使い回してお下がり気分。天井から降りる人工的な光が眩しく感じるのは、きっと夜一色に塗られた世界の中だから。もちろん電池式だ。コンクリート剥き出しで冷たい床はまるで冷蔵庫みたいな印象を受けるが、今はどうだっていいこと。


「なるほどなるほど、ならばアストラン王国そのものを『却下』」


 さて、いつもの見慣れた光景なのに、今日は気分最悪、環境劣悪、不満たらたら三拍子。そして今宵は『裏』の『マヨール』のお時間で……。


「僕、おすすめのお菓子屋さんあるのですが手始めに潰しませんか!?」


「却……」


 先程とは低い声に変わり、それはどこかで聞いたような声だった。だから俺は見た。奴を。


「ねぇ、君は何者だ? どうしてここにいる?」


「この者の名はカモミルと申します。王よ、私が推薦した者でありますゆえ、何卒ご容赦を」


 いやセレナさんや、容赦しないよ? 

 片膝を地につけて頭を下げて、いかにも貴族という礼をしていても無理なものは無理だ。


「私の慧眼は王に勝るとも劣らない至高の賜物と自負しております」


 それ自負だよね? 俺が今腰掛けてる廃れた椅子の方が君よりも立派だよ。


「失礼しました。あくまでも自負でありますゆえ、決して王の知恵が低いなどと思っておりません」


 うん、それって君と同等ってことでかなり失礼な事に気付いてないのかな。それとも何か、君の脳内の中では俺のことをそう見えているの?


「ですからこの者に幹部の座……とは言いませぬが末端に連ねることをお許し頂けないかと」


 いくら頭を下げても許さないよ? 

 そもそも慧眼だとか知恵だとか色々抜かしているけれど、初期の発言で頭の悪さが透けてるし、挙句の果てには侮辱の言葉まで吐く始末で……あぁ! 

 

 もう……そんなんじゃ全然足りてねぇから、せめてさっさと這いつくばって詫びろやボケェ!! 


 なんて思いながらも口に出さない俺は自分ながら聖人だと思う。決してティア様の外見に似通っているからといって不体裁な格好を取らないためではない。断じてない。


「却下がないということは決まりですね。やはり僕は素晴らしい。あぁ、貴女みたいな美しい人に会えてなんて幸運なんだ。乙女のような穢れのない白髪が腰元で踊り、竜胆の花を彷彿とさせるその瞳もまた僕を狂わせる。お顔もチャーミングでドストライク。黒いコートも一つのアクセントでそれをより引き立たせてくれる。結婚してください」


 恍惚な表情で口説き文句を言い放つカモミルが気持ち悪すぎて引いてしまったが、それと同時にティア様の美しさを再確認する俺はやはり駄目かもしれないと我ながら呆れていた。さて、いくら俺でも我慢できない。この場を収めるための最善策は何なのか。どう考えてもこれしかないだろう。よし、じゃあ行こう。心を決めて、この場にいる全ての人に聞こえるように俺は宣言した……と言っても俺含めて『四人』しかいないのだが。


「セレナよ。つまみ出せ」


「はっ! 畏まりました」


 了解を得たセレナはどう解釈を得たのか知らないが、抑えきれない笑顔を見せながらケーキを持ってきた。


「私はつまみ出せと言ったはずだが……」


「ですからつまみを用意いたしました。いつもは無関心であられるのに、今回初めてご所望なされたのがあまりにも嬉しくて」


 お酒のつまみみたいにケーキを出すやつがいることに驚かされる。


「君が推薦した者だ」


「これでもかなり推薦した物でございます。ご期待に添えるかと」


 いやそれ配分間違えてるやつだよね。


「ですから是非に!」


 お前たちは気楽でいいよ……本当に。


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