お菓子屋の日常➂
「何しに来たんだよ」
「明日の視察よ」
明日の四月四日は四月一日に学園の入学式を終えた新入生の歓迎会も兼ねているが、それ以上にアストラン王国に置いて最も特別な日であり、盛大な催しが開かれるのだ。公共施設、もっと言えば国からも露店の提示が催促される水準で、国王の生誕祭おろか建国記念日すらも差しおくほどの日付である。勿論祝日だ。
「初めてアンタが参加するからびっくりしたじゃない」
今まで全くもって興味の欠片もなかったメシカが初めて参加の意を示したのだ。それが珍しく調査しに来店してきたアトリであるが、堂々としすぎて勇ましいとはこのことである。
「なんで急にやる気になったのよ。しかもよりによって華のある学園なんてね」
露店は公園や役所、はたまた道端まで様々な展開を見せるのだが、場所によっては売り上げ次第でふるい落とされるのだ。その中でも学園は高所得者が集まる猛者区域で、場所を取るにも上から順番で決めて行くのがしきたりである。つまり、メシカの『トゥラン』というお菓子屋はかなり有名なのだ。足手纏いがいるにもかかわらず。
「別にアトリには関係ないだろ」
意欲を出した動機なんて初めから決まっていた。それはとある少女が入学するからだ。 「ふーん。それにしてもあの二人は何をしてるのかしら」
「知らん。ほっといてくれ……」
それは例の二人であり、混ぜるな危険を結びつけてしまった結果、化学反応を起こしてしまってどうしようもできない。
コソコソとメシカの耳に流れてくるのは「お前は歓迎されるぞ!」、
「ならお願いしようかな、えへへ」などと、後戻りなんてもうできないのだ。
「ちょっと何よコレ」
「俺のお願いだ。もうほっといてください。ややこしい事が起こる前に」
「いやいやほっとくも何も酷すぎるわよ。出来上がったスポンジの周りにクリームを塗ってるのは普通よ。でもね、その上のホイップがあるべき場所全て卵黄になってるんだけど」
アトリが食い入るように見ているのは、ショーケースに陳列されているパーティー用のケーキ。その上部には黄身だけが綺麗な円を描いて並べられていた。
「おいカモミル! せめて見た目はちゃんとしろ!」
「あーそれですか。中身だけだと味気ないでしょ」
「確かに味気はないな!」
「だからお化粧しておきました」
「ケバすぎるだろ!」
「女性の心を理解してあげましょうよ店長」
「いつからケーキは女になった?」
「可愛らしいでしょ?」
「原型すら留めてないぞ!」
「よくあるじゃないですか。写真撮っては加工しまくり実物見たら違う人。ケーキの気持ちにもなってあげてくださいよ」
「ケーキもそれ目当てなの?」
「ケーキも食べられたい気持ちはありますよ。特にカッコいい男性だと喜ぶでしょうし」
「どこから来たんだ乙女の気持ち!」
「私は分かるぞ!!」
「お前は分かるな! そのままでいろ!」
セレナはここぞとばかりにねじ込んで、アトリの方は口をぱくぱくと……、
「ショートコント美味いわね」
「それショートケーキな。後勝手に食べるな。食い込む目をしてたのはそういうことか!?」
いつの間にやら客もいないし商品悪いし全てがおじゃんでもうギブアップと、そんなこと思うメシカは「おやっさん! 後は頼んだ! 俺にはもう無理だ」と、投げつけるのである。それは彼の悪い癖だった。
「またどこかいかれるんですかい?」
「モンブラン二つ持っていく」
メシカはそそくさと陳列棚から目当ての物を取り出し、綺麗に梱包しては足軽に扉の方へと向かった。
「わかりやした。お任せくだせえ」
「おい待て! 作ってくれるんだろうな!」
「メシカ店長! 是非モンブランに僕の髪の毛で作るカツラを!」
「ちょっと今きたばっかよ! どこ行くつもりよ!」
「もう勝手にしろ!!」
外枠は木目が流れ、内側は硝子で彫られた重厚な扉をメシカは押し広げた。それも今じゃ軽々しく感じていることだろう。解放される気分を味わっているのか、パタンとした音共にスキップを弾ませていた。
時は四月、季節は夏、空は曇なし。
生暖かい風がメシカの耳を遊ぶが今では心地いいことだろう。メシカは適当な路地裏に隠れて、蓮を練り右小指に嵌められた白い指輪の蓮具を起動させた。蓮具は付与型の蓮華士が道具へと干渉した際に出来上がる代物で、現在メシカが嵌めているのは着衣の華を持つ道具だ。着衣に特化しており瞬く間にして着脱が可能であり、服の収納としての役割もある。雀の時には体内に仕込んでいるのである。
「よしと」
束の間の声は着替えの終わりを示していた。フード付きの白のトップスには首元から垂れる糸紐に、おへそを中心とした両手から仕込める大きなポッケが目立つ。髪と同色である亜麻色のパンツは軽やかに足を運んでいるの見て、余裕があると分かるだろう。オシャレ……とは言えないが現代の極普通とした若者の装いではある。メシカは目的地へ向かうべく、るんるんとした足取りで大通りに出た。彼の目に飛んでくるのはまさしく色の洪水だ。信号機はちらほらと色が入れ替わって存在感を放ち、三色に従う自動車の数もたくさん。歩道の信号が青に変わると歩行者たちは一斉に動き出す。メシカはその流れに身を任せるようにして歩みを進めていく中、黒塗りの車を見つけると手を挙げながら車道沿いへとでた。すると運転手もそれに気づいたのか、やがて車はメシカの元に近づくと静かに止まった。
「どこへ向かいますか?」
「チューチエ公爵様の……お屋敷でいいです」
「はい。分かりました」
──少し遠いけど歩くか。
変につっかえる声をあげたメシカはそう思っていた。それはそうだろう。真の目的地は公爵邸の離れにあるお家だからだ。離れの位置を告げるのを躊躇い、次いで大きな目印の方が分かりやすいと思って導き出した答えなのだろう。車に乗り込んだメシカは商売人である運転手に目的地を告げた後、威圧感のある重低音を鳴かせながら車は動き出した。
窓越しで巡り変わる景色にはオシャレなレンガで仕上げられた住宅や、堅牢を誇る鉄筋コンクリート構造の建物は可愛い塗装で施されていたり、はたまた木の香が漂う建築物と。スーパーマーケットだとか美容室だとか、携帯ショップとかとか、鮮やかな色彩を選んだ看板たちと様々だ。
まるでおもちゃ箱のように賑やかな街並みを横目に、メシカは流れる風景を見つめていた。
『近代文明』へと発展したのは幾つもの理由が挙げられる。
一つ、神の登場により知恵を授けられたこと。
二つ、半数以上の者が蓮を練れず、一般市民の割合の方が高いこと。
三つ、資源物資の華を持っていたとしても、それを上回る供給が保てずに蓮華だけでは自給自足ができないこと。
そうして生まれたのが現在の文明で、行き交う色とりどりの車もその果てである。